第三十二話 神は誘われる
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いつも通りひとりぼっちの何でもない一日が始まると思ってたのに、まさか朝から、こんな非現実的な状況に直面するなんて……。
とうとう空想のクラスメイトでも召喚しちゃったかと思ったけれど、流石にそこまでは孤独を患ってはいなかったようで、見れば見るほどモノホンのクラス委員長がそこにいた。
「いいん……た、辰峯しゃん……?」
クラスの子たちはみんな委員長ってあだ名で呼んでるし、私も委員長って呼びたいなとは思ってるんだけど。
流石に本人を前にして、馴れ馴れしくあだ名で呼ぶ度胸はなかった。
私なんかが『おっ! 委員長じゃあねぇか!』とか呼ぼうものなら、『……は?』とか言われて怒らせちゃうかもしれないし……羨ましいよぅ、あだ名ぁ。
「うん、おはよう神さん。となり、座ってもいい?」
「ひゃ、ひゃい……」
首のネジがユルユルになったみたいにコクコクコクコクとうなづいた。
てか、結構かなりメチャクチャにテンパっていたから、たぶん何を言われても頷いていたと思う。
よかった……右目ちょうだいとか言われなくて。
「ありがと。それじゃ、座らせてもらうね……ふぅ」
辰峯さんはイスに座るやいなや、やっぱ私の横に座るのを後悔し始めたのか、ため息を零しなすった。
アワワ……私でごめんなしゃい。隣に座ってるのが陰気なボッチでごめんなしゃい。ふぇぇ。
おかず全部あげれば少しは機嫌なおしてくれるかなぁ。でもウインナーぜんぶ食べちゃったよぉ。どうしよう……。
なんとか機嫌を取れないかと考えながら震えていた私の視線に気づいた辰峯さんは、私ごときがウインナーを食べたことも許してくれるのか、不機嫌そうな顔を崩して、ちょっと恥ずかしそうに笑ってくれた。
「あっ、いきなり溜め息ついちゃってごめんね? 用事があったからさっき学校に行ってきたんだけど、それでちょっと疲れちゃって」
こんなソーセージ女にわざわざそんな気を遣わんでも良いのに、辰峯さんは私に謝ってきた。
お寝坊したあげく、ひとりぼっちでソーセージを食していた私なんかと違って、辰峯さんはきっと朝から委員長のお仕事をこなしてきたわけである。ご立派様である。偉すぎる!
「お、お疲れ様です……」
「あはは、ありがとう。っと、時間無くなっちゃうから食べよっか?」
そこからは二人並んで、少しの時間、静かに朝ごはんを食べ進めた。
チラと横を見ると、たしかにそこにはクラスメイトがおった。
これは絶対に一緒に食事をしたと誇ってもええじゃろ!
『ともだちとお食事』の金トロフィー達成じゃん! ぃよっしゃぁ!
あ、ダメだ。そもそもまだ、ともだちじゃないじゃん!
トロフィーの獲得条件むずかし過ぎるって! そんなん誰も達成できないじゃん! バグだよバグゥ!
『入学以来、何のトロフィーも獲得できてなくねぇ?』と、現実を上手に生きることの難しさに不満を抱きながらも……。
それでも実は、初めてのおともだちに一番近いのが、お隣に座っている辰峯さんなのではないかとも期待している。
なぜなら、クラスメイトの中でも一番話したり関わったりする機会が多いのが、こちらの辰峯さんだからなんだもん。
たぶん委員長の仕事の一環なのかもしれないけど……ていうか、委員長みたいな人気者が私なんかに自ら関わろうとするはずないから、絶対そうなんだけど。
たとえ委員長のお仕事なのだとしても、ひとりぼっちのジメジメみじめな私がヤケになって非行に走らぬよう、ちょこちょこ話しかけてくれるのだ。
何より大きいのが、体育の時間に準備体操でペアを組むとき、なんと私はひとりあぶれることなく、辰峯さんとペアを組んでいる。
そうなったキッカケは……あれは今でも思い出して胸が痛くなる、体育の最初の授業のことだった。
◇◇◇
「んじゃ適当にペア組んで柔軟しといて。仲いい子でも、前後の子でも何でもいいから」
体育の担任教師である南鶴先生は、ボッチの寿命を減らすようなデススペルをさらっと口にして、私たちの前から歩き去っていった。
南鶴先生は体育教師だから算数苦手なのかな!? 私たちのクラス、全員合わせて人数が奇数なんだけど!
奇数って知ってる!? 二で割ると一余るんだよ!? それがわたし!!
ヤダー! ヤダヤダやだヤダやだぁ! 帰りたい帰りたい! ヤダァ!
そもそも既に寮で二人一組ができあがってんじゃん! 最悪それで……ってなっても私あぶれるじゃん!
んじゃいいよ先生と組むもん! そうすればいいんでしょ!?
そう思って南鶴先生の姿を探すも、体育館のはるか遠くで、えっちらおっちらと私たちのために重そうなマットの準備をしなすっていた。
んもう! それじゃ怒るにも怒れないじゃん! 私たちのためにありがとございますねっ! くそぅ……。
先生はボッチの私を救ってはくれなかったけれど、それでもヒントは残してくれていた。『前後の子で良い』と。
名前順で並んでいるいま、私の後ろにはひとりクラスメイトが立っているはず。
勇気を出して『ペアになってください』とお願いするしかないんや!
チラと後ろを振り向いてその子と目が合うや、私の唯一の希望は、バッと目を逸らして遠くに逃げていった。
逃げていった。逃げて、いきました。逃げて、逃げ……あ、ダメ。泣きそ……。
泣くのを必死に堪えて、その子が逃げていった方向を見やって気がついたんだけど。
なんか『私』と『私以外のクラスメイト』に群れが分かれてない? いや、私ひとりだから群れじゃないけど。あはは……ウケる……かなしぃ。
こんなにもわかりやすく距離的な意味でボッチが晒されること、そうそうないでしょうが……。
普通に私とみんなの間にスペースあるよね?
心の距離って、こんな顕著に可視化できるもんなの? 集団生活怖すぎん?
あまりの居た堪れなさと、なんかみんながこっち見てヒソヒソ話している気がして……ってか絶対みんなで私のことヒソヒソ話してたようにしか見えなかったんだけど。とにかく心がプレスされてペチャンコになりそうだったから、皆の方に視線を向けるのをやめた。
大丈夫。慣れてるでしょ?
うん……こんなんヘッチャラだわよ。いや無理。流石に耐えらんねぇでしゅ。
たぶんみんなで、『誰があのゾウリムシと組むの?』って罰ゲームを押し付けあう派閥と、『いや放置で良くね?』って派閥に分かれて、楽しいディベート大会でもおっ始めているんだろう。
『誰が組むの?』とか『私はヤダ!』とか、『だってあの子、暗いしチビだしオッパイ小さいもん!』とか言ってんだろう。
ひぎゅぅ、ミャミャ、けぺちゃ、もゅ……あ、辛すぎて心が一瞬バグった。ペチャパイ……。
もしかしたら南鶴先生も、私と組むのが嫌で逃げてったのかな。賢明なご判断ですこと……さすが大人。さすおと。
口からプカプカ漏れ出た私のお魂が、現実を離れて解脱しようとしていたそんなとき……。
「……あの、神さん。私まだペアの子が見つかってないんだけど、よかったら私と組んでくれない?」
そう言って誘ってくれたのが、紛うことなき辰峯さんなのだった。大好き。
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