第三一五話 巳とサントリナ
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今週いっぱつめのお勉強を一日ほどほどに頑張ってから、ようやく迎えた月曜日の放課後。
クラス担任の猫西センセとお話しするっつう野暮用を済ませて美術室に顔を出すと、こないとこでは珍しい可愛い顔がふたつ、うちのことをお出迎えしてくれたのやった。
「あれ? 神さんと羊ちゃんやん。なんでこないとこにおんの?」
「あっ、巳継さん。おつかれさまです」
ヒラヒラ手を振りながら近寄ってくと、うちに気づいた神さんはお利口さんにペコリと会釈してくれたんやけど。
一方で羊ちゃんは可愛げなく『ウゲッ』みたいな顔を向けてきたもんやから、たぶん今日のお昼休みにイタズラして揶揄ったことをまだ根に持っとるんやろうな。ちゃんと謝ったんに、んもう。
うちのホームとも言える美術室でこうして会えたんに、そんなイケズな態度の羊ちゃんと仲直りしようと思て。
そばに寄ってってボリュームのある髪の束にズボッと手を突っ込むと、羊ちゃんたらまるで飛び回るハエを追い払うみたいに、すぐにうちの手をパッパと振り払ってきおったわ。
友だち同士のコミュニケーションを邪険にするなんて……ほんま悪い子やで。まったくもう。
「やめてよ! 巳継さんがそういうことするから……あ、ほら! 神さんだって真似してくんのよ! 神さんもやめて!」
うちに向かってピーピーと文句を言うとる隙を狙って、神さんも後ろから羊ちゃんの髪におててを突っ込んだみたいやけども。
すぐに羊ちゃんに怒られて、神さんはショボンと残念そうにしとった。
あはは、このふたり見とるのホンマ和むな。授業で溜まった疲れも癒やされそうやわ。
「天文部の出し物の準備で、絵の具を使うんです」
プンスカとヘソを曲げてる羊ちゃんを横目に、神さんが教えてくれた話によるとそういう背景があるとのことで。
天文部の部長さんがうちの部長と話をつけたらしく、美術室の余ってるスペースを貸し出すことになったんで、こうしてふたりでここまで作業しに来たっちゅう事情みたいやった。
「惑星の模型やったっけ。あぁ、あの机の上んやつか」
「はい。なのでいま少しずつ部室から運んできてるんです」
美術室の端っこにある机の上には、先週ん金曜日の放課後にはなかったはずの大小さまざまな丸い玉みたいなんが、いくつか置いてあった。
つまり神さんたちは、あれらに絵の具を塗り塗りする作業をこれから始めるために、コチラさんまでいらっしゃったっちゅうことなんやね。納得なっとく。
「だから美術室のスペースちょっと貸してもらうけど……邪魔したりしないでよね」
神さんの話を聞いてフンフン頷いとると、ジトっと胡乱げな目を向けてきやがりながら、羊ちゃんがそないヒドイ言葉で釘を刺してくるんやもん。
天邪鬼な羊ちゃんのことやし、こりゃきっと『寂しいから、ちゃんとあたしにも構ってよね』って意味やろうからね。
そこまで言われちゃ、うちだって致し方なく構ってあげるんもやぶさかではないっちゅう話やんな?
「あれで全部なん?」
ほっぽっとくと拗ねちゃうかもやし、羊ちゃんの頭でポンポンポンポンと手をバウンドさせつつ、件の丸い玉を指さして質問すると。
神さんもうちに倣って、羊ちゃんの頭の空いたスペースでポンポンと手を跳ねさせながら……。
「いえ、まだ何個か運んでこないといけないんです」
そない答えてくれたんやけども、うちらの間に挟まれた羊ちゃんは黙って俯いて、なんやプルプルと震えとった。
そうかそうか。二人がかりで構ってもらえて、そんな震えるほど嬉しいんか。そりゃ良かったわ。
「んじゃうちも手伝うで。人手は多いほうが早よ済むやろ」
「えっ、でも……良いんですか? 巳継さんも絵を描かなきゃだったりとか」
「平気へいき。進捗も順調やし、いくらでも頼ってくれてええで」
なんつぅ風に、クラスメイト同士で仲良く交流しつつ。
せっかくこんなにも和やかムードを醸し出してたっちゅうにもかかわらず……。
「……だからウザいっての!」
「ウッ!」
「びゃん!」
まずはうちの土手っ腹に一発いい感じに肩を入れて、女子高生らしからぬ呻き声を無理クリ上げさせてきおってから。
さらには神さんの肩もドンッてな具合で押しのけながら、羊ちゃんはその後もうちらにギャーギャーと止まることなく不満声を浴びせてきたもんで。
そんなおかんむりな羊ちゃんを宥めてご機嫌をとったりもしつつ、うちらは三人で協力して、天文部の部室から他の惑星を運搬する作業に取り掛かったのやった。
◇◇◇
みんなそれぞれ両手で残ってた惑星を抱えると、幸いなことに往復一回分で済んだみたいやったし、こりゃ手伝った甲斐もあるってもんで。
再び戻ってきた美術室の端っこで、筆やら絵の具やらって道具の支度も済まして、『さぁいざ色塗りを始めよか』って感じにモチベ上げてたんやけども……。
「……巳継さん、なんなの? 暇なの?」
対面の席に座ってた羊ちゃんが、道具の準備と並行してジャン負けした神さんが買ってきてくれたジュースをチューチューしたあとで。
うちのことを呆れたような目で見つめつつ、そない素っ気ない言葉を向けてきたのやった。
「なんでそんな塩っぱいこと言うねん。うちかて泣いちゃうで」
「いやだって……ねぇ?」
「う、うん。巳継さんも準備とか、その、大丈夫なのかなって……」
目を合わせて戸惑いながらも、羊ちゃんと神さんはどっちもうちのことを心配してくれてたみたいで。
可愛いふたりからの心遣いを感じて、うちは感動で涙ちょちょぎれそうになってもうたわ。
アカン、うちメッチャ愛されてるやん……気分ええわぁ。
「大丈夫やって。それに色塗りなんかうちの十八番やし、いろいろ教えたるわ。任せんしゃい」
「でも、なんか面白がって変な色を塗るように嘘ついてきたりとか……」
「ねっ? 巳継さん、どうせ嘘しかつけないんだし……」
やっぱブチのめしたろかな、このチビっ子ども。
百歩譲って偏見もつのは自由やけど、それを本人に言うのはもうケンカ売っとるやろ。
いやまぁ日頃のうちの行いに難があるせいって自覚もあるし、神さんたちの暴言を責められるような素行の良いお口も持っていないわけやけど。
でも神さんや羊ちゃんからなんて言われようとも、うちは手伝いから離脱するつもりは全くなかった。
やって……この量の張り子に色付けしてく必要があって、それを美術部でもないこのふたりだけでやるってなったら、どんだけ時間も労力もかかるかわからんし。
せっかくここまで頑張って、こんないっぱいの張り子を作ってきたわけやん。
それなのに学園祭に間に合いませんでしたなんてことになったら、あまりにも神さんも羊ちゃんも報われへんし、すごい悲しむかもしれへんしな。
あぁヤバ……うちったら、なんて大人なんやろか。
そりゃ目の前のジャリガキどもにいくら暴言を吐かれようとも、こんなにメンタルがアダルティなうちからしたら、マジでコレっぽっちも気にならへんもんな。
『つくってあそぼ』を頑張ってきたお子ちゃまに、むしろ粋な気遣いができるほどには精神年齢が大人なんやし。
まさかそんな憤ったりなんか、モチロンしとるわけないやんな。あはは。
「巳継さんのことだし、ふざけて一個くらい食べだすかもね」
「うわぁ……羊ちゃんの作った水星とかピンチじゃん。ギリギリ頬張れそうな大きさだし……」
「そんなことするわけないやろ! ちゃんと真面目に手伝う気満々やっての!」
ちくしょう。そんな言うなら大人ぶろうとする余裕もかなぐり捨てて、おもクソふざけ倒したろうかマジで。
そもそも普段から、優しいうちはこのふたりを揶揄うときにも手心くわえてやってるちゅうのに。
せっかくの殊勝な心意気ってやつも不要やってのなら、もう遠慮せんで時も場所も弁えずにイジクリ倒したるでホンマ。
「あはは、冗談です。ごめんなさい」
「巳継さんだって、いつも同じようなこと言うじゃない」
うちがプンプンと可愛らしく頬を膨らませてるのを見て、神さんたちは小憎たらしく楽しそうに笑いながら、かるーい調子で謝ってきおったけれども。
なんや下剋上でもされた気分で負けた気になってもうたし、そない意地悪すんなら、ちょっとお灸でも据えてあげたろかとも思ったのやけど……。
「それじゃ、あの……巳継さん、手伝っていただいてもいいですか?」
「面倒をかけちゃって悪いけど、お願いしていい?」
神さんも羊ちゃんもズルいことこの上ないほどに、今度は素直にそんな風に可愛くお願いしてくるんやもん。
まぁ、うちもべつに鬼やないし、素直なふたりに免じてこっちも素直に手伝うことにしようと思い直して。
さぁさぁ早速はじめましょってな感じに、色塗り作業のスタートを切ろうとしとったっちゅうのに……。
「ちょっと待ったぁー!」
出鼻を挫くとか空気読めんヤツってのは、まさにコイツにピッタリな言葉やなってほどに。
和気あいあいとしとったうちらにチャチャ入れるような邪魔を、同じ美術部員の豚座が、ここぞとばかりに挟み込んできたのやった。
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