第三一二話 虎とナガミヒナゲシ
◇◇◇
最終下校時刻までのわずかに残った時間も引き続き神さんに手伝ってもらいつつ、あたしの方でも作業を再開したんだけど。
ふたり並んでチクチクと針を繰りながら、ポツポツと途切れとぎれに雑談していたなかで。
神さんから『なんでわざわざこんな目立たない教室でコッソリ作業をしていたのか』って、なかなかどうして心に突き刺さる質問をズバッとされちまった。
その理由がダサくて、そんで何よりひたすらに自分勝手な自覚はあったし。
しかもしかもで白状する相手があろうことか神さんってこともあり、自分の情けない様を見せつけることになっちまうから開く口はかなり重くはあったんだけど。
まぁこうして手伝ってもらっている手前、少しでも格好つけるためってだけで嘘を吐くのも悪かったし……。
もう観念して、本当は進捗がわりと厳しいにも関わらず、ほかの子からの手伝いの申し出も『誰かにモノ教えんのが苦手でしんどい』から断ったり避けたりしていて。
そんな理由がゆえに、こうして誰にも見つからないような場所を探して、コッソリ作業を進めていたことをぶっちゃけたのだった。
小さな声で「なるほど」とこぼれた呟きのあとは、ドキドキしながら待てども神さんの口から続く言葉はなかったんだけど。
そのままタイムアップで放課後の作業は終わりにして、使った道具の片付けをしている最中に、神さんからひとつの提案があったのだった。
◇◇◇
そんな放課後から時間はほんの少しだけ流れて、その夜のこと。
今あたしは神さんの部屋で、黙々と針を布地に通していて……。
そんであたしの周りには、神さんだけじゃなく数人のクラスメイトが集って、同じように刺繍作業に取り組んでいた。
「神さん、ごめん。このあとは表から縫い始めるんだっけ?」
「あっ、はい。ここら辺から針を入れて、あとで縫いはじめを隠すように縫うんです。お見せしますと……」
手伝ってもらってるみんなに刺繍のやり方を教えてくれてんのは神さんで、今も亥埜の質問に答えたりお手本を見せたりしている。
さっきの放課後に神さんがしてくれた提案……寮に帰ったあとも手伝いを申し出てくれたり、それだけじゃなくて神さんの部屋を作業場所として提供してくれたり。
それだけでも、もう十分にありがたいことこの上なかったんだけども。
寮で着替えとか晩飯を済ませてから、布地とか糸とかを抱えて神さんの部屋にお邪魔すると……。
「みんなにも声かけときました!」
「……えっ、みんな?」
「はい! あ、でもほかの子には私が教えるので、虎前さんは作業に集中して大丈夫ですからね!」
っつう感じに手伝ってもらえそうなクラスメイトへの呼びかけも、さらには刺繍のやり方の手ほどきまで担ってくれたのだった。
どうしよう……最近ずっと悩んでいたことが、なんかアッサリと諸々ぜんぶ解決しちゃってるんだが。
神さんからは『自分の作業に集中して良い』とは言われてるものの。
それでもデッケェ感謝とか、ほかにもいろんな感情でモヤモヤして、あんま刺繍に集中できずにチラチラと神さんの顔を盗み見ていると……。
「……だから最近、授業中にウトウトしてばっかだったのね」
となりで刺繍を頑張ってくれてたクラス委員長の辰峯が、布地をあたしに差し出しながらもそう話しかけてきた。
学園祭の準備期間が始まるまえの、なんでもない普段のときなんかには。
授業中に寝こけてたりするヤツがいると、それに気付いた委員長があとから注意していることがままあって、あたしも何度か叱られたことがあるんだけども。
そういえばここ数日、あたしは授業中に寝ちまってたことが結構あったはずなのに、前までのように注意された覚えはなかった。
でもやっぱ委員長も気付いてはいて、それでもきっと最近はあたしに気を遣って、それで何も言ってこなかったんだな……。
察していろいろと気をまわしてくれてたことに申し訳ない気持ちがまた湧いてきつつ、差し出された布地を受け取った。
みんなに教えんのは神さんがやってくれるとはいえ、ぜんぶ任せっぱなしなのも申し訳ないしってことで、さすがに縫い終わった分の確認くらいはあたしも手伝わせてもらっていて。
自分の作業の合間に確認作業も進めてはいるんだけども、べつにあたしが修繕しなおす必要もないくらいにみんな上手に縫ってくれていた。
「ごめん。睡眠時間けずってたから……」
「まったく……もっと早く相談してくれて良かったのに。教えるのが苦手ってのも含めてね」
そう言いながら新たな布地を手に取った委員長は、ぜんぜん怒ってる様子もなくて、むしろちょっと揶揄うみたいに笑ってすらいてくれたから。
そんな表情のおかげで、あたしも気楽に笑いながらお礼を言うことができたのだった。
◇◇◇
そのままみんなで作業を進めていると、コンコンっとドアをノックする音が耳に届いた。
ドアに一番近かったってのもあるけれど、やって来た子の用事も予想がついて自分が対応すべきと思ったんで。
腰を浮かしたほかの面子を手で制してから、立ち上がって来客の対応にあたると、ドアの向こうには予想通りに子日さんが立っていた。
「お疲れ様です、虎前さん。縫い終わった分を持って来ました」
「ありがと! マジ助かるよ!」
子日さんがもってきてくれた布地を受け取ると、さっき渡してお願いした分の布地には百合の花の刺繍が綺麗に繕ってある。
神さんの部屋だけではスペースが足りないってことで、ここから一番近い子日さんの部屋でも作業を手伝ってもらってるんだけども。
受け取った布地をパッと見る限りでは、とくに刺繍の手順とかで困ることもなく作業を進められてるみたいだった。
まぁさっき神さんが子日さんたちの部屋にも出張して、丁寧に刺繍の手順を教えて来てくれてたらしいから、モチロンそのおかげもあんだろうけれど。
でも子日さんたちも、慣れない刺繍をこんなにも綺麗に仕上げてくれるほど真剣に手伝ってくれてんだから、本当に頭が下がるってなもんだよな。
こんな突然の手伝いのお願いだっつうのに、みんな快く引き受けてくれてるわけだし。
ただ、手伝ってくれてる面々の中でも、子日さんにだけは感謝の念以外にもやっぱり思うところはあって……。
「ホントありがとう。あと……ごめんな。結局手伝ってもらうことになっちゃって……」
まだ手伝ってくれるっつうことなんで、新たな布地や糸を部屋に戻って見繕い、それら材料を追加分として子日さんに渡すとき。
胸に刺さっていた小さなトゲを抜くために、お礼だけじゃなく詫びの言葉もようやく伝えることができた。
子日さんや、あとは家庭科部の部長である烏星先輩も、ここんとこずっとあたしの心配をしてくれてることには正直いって気づいていた。
それは衣装班としての作業の進捗だけじゃなく、あたし個人がシンドい思いしてんじゃないかって、むしろそっちの方で優しい心配をしてくれてることに……。
だけどあたしはずっと強がって、そんな気遣いを無下にしちゃっていたにもかかわらず、子日さんは今こうしてイヤな顔せずに手伝ってくれてるわけで。
せっかく衣装班のリーダーに抜擢してもらってんのに、いろんな立ち回りが下手くそだったから、結局こんなに心配も迷惑もかけちゃってるのがマジで申し訳なかったんだけど……。
「そんなこと、ぜんぜん気にしないでください。虎前さんのお手伝いをすることができて、私とても嬉しいんですよ?」
あたしの瞳に映ったその笑顔と、そしてまっすぐに伝えてくれたその言葉は、心ん中から抜け落ちたトゲの穴を癒してくれるほどに温かくて。
子日さんという大切な友だちの優しさのおかげで、ずっと『申し訳ない』って思いが占めていたスペースの分も、今はもう胸のなかが感謝の気持ちだけでいっぱいになったのだった。
溢れそうになる気持ちの収まりがつくまで、何回言ったか自分でもわかんないほどに、そのあとも感謝の言葉を伝えまくったんだけど。
そんなあたしのアホみたいに連呼する『ありがとう』を聞いて、子日さんはおかしそうに笑いつつ、手を小さく振りながら作業を続けるために部屋に戻っていった。
その背中を見送ったあと、子日さんと交わした時間のおかげで、あたしもまだまだ頑張んなきゃなと自然に思い直すことができて……。
スッキリとした心地で部屋の中に戻ったあたしの顔を見た神さんは、どこか嬉しそうに優しく微笑んでいたのだった。
◇◇◇




