表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
310/314

第三一〇話 虎とハナキリン

 

◆◆◆


 衣装班のリーダーとして、同じ班の子と協力しながら、休憩所の接客んときに着ることになるエプロン作りを進めてきたわけだけど。

 ここ最近、日を追うごとに危機感とか焦燥感みたいな感情が少しずつ心んなかに滲みはじめていて。

 だからまぁつまり、ぶっちゃけると……進捗がわりとヤバい気がしていた。

 衣装班の子たちはみんな頑張って、ちゃんと毎日エプロンを作り続けてくれている。

 最初は不慣れだった裁縫にも慣れてきたのか効率も良くなってるとは思うし、一着あたりにかける作業時間も短くなってはいる。

 それに先日から一人二人と徐々に増員があったりして、ありがたいことに人手を増やしてもらえていたりもする。

 ただそんな状況であるにも関わらず、ジワジワと焦り始めるほどには進捗がヤバいっつうのもおかしな話なんだけども。

 その原因となっているのが……いま目の前の机の上で存在を主張してる、この小さな布地の山のせいなんだよなぁ。

 エプロンのデザインを考えたとき、うちの学校の名前にも入ってるし、良かれと思ってポケットに百合の花の刺繍なんかを描いちゃってたんだけども。

 いざエプロンの制作を開始してみたら。

 百合の刺繍に費やす労力やら時間やらで、わりと洒落にならないほどに手間がかかりそうなことに、その時ようやく気づくことができたわけで……。

 衣装班の担当になった子たちはみんな、ただでさえ裁縫に慣れないながらもエプロン本体の作り方を覚えるとこから頑張ってくれてるっつうのに。

 さらにそれに加えて、たとえば茎の部分のステッチがどうだとか花のステッチはこうだとかって、刺繍のやり方をまたあらためて覚えてもらうっつうのは、そりゃまぁそこそこに負担だって大きいだろうしなぁ。

 っつうことで、そんな手間がかかりそうな部分をデザインしちまった張本人だし、あとは一応衣装班のリーダーでもあるし。

 刺繍部分の担当は全部あたしが巻き取って、裁断が済んだポケット用の布地だけを預かって、こうして一人で刺繍作業を進めているわけではあるんだけども。

 さすがに永遠と同じ刺繍を繰り返し続けているせいでシンドさもハンパねぇし、まだまだ手付かずの布地もこんな山のようにありやがるし……。

 そんなこんなで、一向に減っていかない布地の束を見るたびに疲労感と焦燥感に襲われまくってるっつぅのが、今あたしが陥ってる状況なのだった。

 いやでも一応は学園祭当日までには、予定してる枚数のエプロン製作も間に合う計算ではある。

 エプロン本体の方は衣装班のほかの子たちに任せちゃってるけど、今の効率の良さならたぶんギリ間に合うだろうし。毎日進捗の確認だってさせてもらっていて、その上でたぶん問題なさそうだし。

 んでこっちの刺繍の方も……まぁ今度の土日ぜんぶ作業に費やして、あとは平日も睡眠時間を削りまくって刺繍に時間を費やせば、ってのを含めた勘定ではあるんだけど。

 たぶん、おそらく……間に合うだろう。いや、絶対に間に合わせなきゃいけねぇんだけどな。うん……間に合わせなきゃいけない。そだな。うん。

 でも時間が足りないかもって可能性が頭をよぎった時点で、たしか先週くらいからはもうすでに、コッソリ布地を寮に持ち帰って刺繍の続きをしてたりはするものの……。

 もしも寮で同室の卯月(うづき)に見つかったらなんか言われたり、あとは進捗の心配をかけちまうかもって思って、卯月が寝たあとにコソコソ作業してるせいであんま効率は良くないんだよなぁ。

 そもそも卯月だって、最近は寮ん部屋で遅くまで行事委員の書類仕事してるわけで。

 あいつが眠るまではあたしもベッドで寝たフリして、それからようやくこっちも作業に取り掛かれるから、寝る時間はメチャクチャ少なくなっちまってるし。

 そんなここ数日の睡眠不足のせいであきらかに頻度が多くなったアクビを、ほかの生徒は誰もいない校舎の隅の空き教室であるのをいいことに、人目も憚らず大きくかましたりしつつ。

 あたしは新しい布地を手に取って、チクチクと刺繍を再開しはじめたのだった。

 

◇◇◇


 作業に没頭していると、頭ん中にポツポツと浮かんでくる思考の破片も無視できるくらいには縫い物に集中できてたんだけど。

 一枚分の布地に針を通し終えると途端に集中の糸も切れちまったのか、『疲れた』とか『間に合うんかな』とか、そんなネガティブな感情が脳の中に滲みはじめた。

 まるで水泳で息継ぎをするように現実に浮かんできた感覚のなかで、今しがた縫い終えた布地をひっくり返して問題ないかを確認したあと。

 まだ作業できそうな時間が残っているかを確かめるため、時計を見ようと顔を上げると……。

 そのときになってようやく、すぐそばであたしの手元をジッと眺めながら立っている神さんに気づくことができたのだった。

「のわぁっ!」

 今の今まで作業中はまったく気付かなかったから、急に現れた神さんにマジでビックリして、思わず情けない悲鳴をあげちまったんだけど。

 そしたら神さんもあたしの大声に驚いたのか、大きな目をさらにまん丸くしながら身体をビクッと震わせていた。

「ビ、ビビったぁ……神さんか」

「あっ、ご、ごめんなさい。驚かせてしまって……」

「いや、あたしも大きい声だしてごめんな」

 みっともなく悲鳴をあげるなんつぅ姿を、あろうことか神さんに見せちまったことが恥ずかしくて。

 頬に火がついたように熱が集まってくのを感じながら、ダッサい自分の醜態を紛らわせるために神さんから顔を逸らして時計を確認すると、最終下校時刻まではまだ幾分か余裕がある時分ではあった。

 いやでも、神さんに見つかっちまったしなぁ……。

 今日学校で進める作業としてはここまでにして、いったん荷物まとめてもう寮に帰るかと思いながら振り返ると。

 神さんはなんかいつもよりも元気なさそうな暗い表情をしながら、山になったポケット用の布地の束を眺めていた。

「あの、これ……」

 神さんが布地の山を指差しながら、何事かを口にしようとしたんだけど……。

「あ、ああ、なんでもない! それより神さんはこんなとこでどうしたの?」

 あたしは遮るようにそう言いながら机の上の布地を引っ掴んで、そこら辺に放っていたビニール袋のなかに突っ込んだ。

 誰にも見つからないように、わざわざこんな人気のない空き教室を探し出して、ひとりでコソコソ作業をしていたんだし。

 それが偶然にも神さんに見つかっちまったことで、あたしは神さんの普段とちがう様子にも気づくことができずに焦っちまっていた。

「いや、でも……」

「あたしもう帰るけど、神さんも帰る? カバンもコートも持ってるもんな」

 あたしがしていた作業のこととか、こんな校舎の端っこでひとりぼっちで作業してる理由とか、そういう都合の悪いことを質問されるのが嫌だったから。

 神さんに目も向けずに一方的にベラベラ喋りながら、机の上に広げていた針やら糸やらの道具をサッサと片付けようとしたんだけど……。

「あ、あの! 私も、手伝います……」

 セコセコと動かしていたあたしの腕を掴んだ神さんが言い放った、そんな言葉が耳に入ってきちまったもんだから。

 ぶっちゃけ正直な心象としては、思わず天を仰ぎたいような気持ちになっちまったのだった。

 いや。その申し出も、そう言ってくれた神さんの気遣いも、それ自体はすごい嬉しいし有難いのはモチロンそうなんだけど。

 ここ数日のうちに、すでにほかの人からも何度か言われた似たような言葉……つまりは『手伝おうか』って申し出を、避けに避けてここまでやってきちまった手前もあり。

「あー、いや……大丈夫だいじょうぶ。こんくらいあたし一人で何とかなるし」

 腕を掴む細っこい指をやんわり引き剥がしつつ、あたしは当然のようにそう言って神さんの提案も断ったのだった。

 進捗がヤバいのに、こんな風にみんなからの助力の提案を断ってる場合かよって、頭の中でごもっともな意見を言ってくる自分もいるんだけども。

 それでもみんなに手伝わせて負担かけるのは悪いし、『あたしみたいな奴に衣装班のリーダーを任してくれたんだから』っていう責任感みたいなのもあるし……なんて。

 ぶっちゃけそれは格好つけるために考えた、断る理由を聞かれたとき用の体裁の良い言い訳でしかなくて。

 本当の理由としては……結構シンドイ今の状況ん中で、また誰かに何かをレクチャーしなきゃいけないこと自体が億劫だから。

 エプロンの作り方を衣装班の子たちに教えたとき、たくさんの誰かに何かを教えることに慣れてないせいか、あとはあたしの性格的な原因もあるかもだけど。

 正直いってかなり精神的に疲れちまったってことが、最近よく言ってもらってる『手伝おうか』をずっと断り続けている理由なのだった。

 それに、ただでさえ神さんには手伝わせられねぇだろ?

 刺繍っつったらどうしても針を使わなきゃいけねぇ作業なわけで、慣れないことを手伝わせたせいで神さんが指を怪我でもしちゃ大変だし。

 万が一にも神さんの綺麗な肌に傷がつくような事態の原因が、まさかあたし自身であるなんて、そんなのどう考えてもあっちゃなんねぇしと。

 これより先に神さんが食い下がっても、ちゃんとお断りする理由の準備を頭ん中で整えながら。

 逸らしていた視線をあらためて神さんに向けた、そのさきで……。

「わ、わたしだって……お、お手伝い、できるのに……」

 声を震わせながらそんな小さな声をこぼした神さんは、両手で自分のスカートをギュッっと握りながら。

 大粒の涙をポロポロと流して、あたしの目の前で泣き出してしまったのだった。

 

◇◇◇

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ