第三〇五話 子とミモザ
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きょう最後の授業だったロングホームルームは、先生たちのはからいで学園祭準備に充ててよいということになりまして。
そのような事情のおかげで、いつもならまだ授業中となるような時刻にもかかわらず、校舎の中は賑わいをみせていました。
みなさん各々に忙しなく、作業につかう道具や資料をもって作業場所に向かっていきます。
ただそうなってしまうと割り振られている担当が内装班でも衣装班でもない私は、どちらを手伝えば良いか戸惑ってしまうのですが……。
「虎前さんは……あれ?」
衣装班の作業進捗が、あまりよろしくない状況であると聞き及んでいたため。
そちらのお手伝いをしようとクラスメイトの虎前さんの姿を探しても、すでに教室からは出ていってしまったあとのようでした。
最近、教室でも部活でも虎前さんはずっと縫い物をしていて、どことなく焦っている様子もあって。
でも家庭科部の活動中は私も調理班の作業や話し合いがあったために、全然お手伝いすることができていなかったんです。
なので今日この時間、ようやく何かお力になれそうだったにもかかわらず、どうやら虎前さんにお声かけするのに出遅れてしまったようでした。
学園祭当日に休憩所として使用する多目的室がここ最近の作業場所になっているようですし、虎前さんもそちらにいらっしゃるでしょうか。
でもミシンを使われるのであれば……被服室?
どちらにせよ私も移動して、虎前さんやほかの子が進めている、お手伝いできそうな作業を探そうとしたところで……。
「あっ子日さん! いま手、空いてたりする?」
「はい。大丈夫ですよ」
教室で書き仕事の準備をしていた辰峯さんに声をかけていただいたので、ひとまず辰峯さんや卯月さんのお仕事を手伝うことになりまして。
そのあともキリが良いタイミングで次の作業に移り、人手が必要な作業を転々としました。
辰峯さんたちの書類の清書作業や、内装班のみなさんが進めていた壁宣伝の作成、ほかにも休憩所のインテリアとして飾り付けに使用するお花の作成など。
だけど……その最中で学校内をちょこちょこと移動しましたが、いずれの場所でも虎前さんの姿を見つけることはできず。
私たちの教室からも、先輩たちと一緒に準備作業を行なっていた多目的室からも多少離れた場所にある、被服室にも足を運んでみたものの。
そこにも探している姿は見当たらず、今日この作業時間中に虎前さんのお手伝いをすることが、結果としてまだできておりません。
一コマ分の授業時間という限りある時間も、あと十数分ほどで終わりを迎えてしまいますし。
最後に被服室の隣にある家庭科室を覗いて、そこに虎前さんがいなければ流石に教室に戻ろうと思いながら、ドアの窓から家庭科室を覗き込むと……。
何かの書き物作業を行なっていた、家庭科部の部長である烏星先輩がおひとりで家庭科室にいらっしゃいまして。
ドアの外から顔を出した私に気付くと、ニコリと笑ってこちらに向かって手を振ったのでした。
◇◇◇
指示いただいた通りにペンを走らせると、筆先が紙面を走るふたつの小さな音だけが静かな家庭科室に流れ出しました。
授業の調理実習とか部活の活動とか、いつもなら他にもっと人が多くて賑やかな印象のある場所ですし。
静かな家庭科室というのも新鮮で、『まるでべつの場所みたい』などと考えながら手を動かしていると……。
「ごめんね? もうすぐ作業時間も終わるのに手伝ってもらっちゃって……」
筆先の動きを止めて次の書類に手を伸ばしつつ、烏星先輩が申し訳なさそうな表情を浮かべながら、そのようにお声かけしてくださりました。
ですが私の方から先輩の手伝いを申し出た手前もありましたし、少しでも誰かのお役に立てるのは有り難かったので……。
「大丈夫です。先輩のお手伝いができて嬉しいので」
私も素直に思っていた気持ちをそのままお伝えしました。
そのまま作業を続けながらも、さきほど辰峯さんたちのお手伝いをした時にも感じましたが……。
クラスでも部活でも、それぞれで生徒会や先生たちに提出しなければいけない書類って、こんなにたくさんあるものなんですね。
とくに指定の用紙にボールペンで清書しないといけないところとか、大人がするお仕事みたいでちょっと緊張しますし。
でも大人の人たち……たとえばクラス担任の猫西先生たちは、いつももっと難しいことをたくさんしてるのかな?
私も将来働くようになったら、こういう作業くらいは日常的に行えるようになるのでしょうか……。
下書きの上をなぞって、書き間違えないように気をつけながら、頭の片隅ではそんな将来への不安を少しばかり抱いていると……。
「パソコンとか使えれば、もっとラクなのかもしれないんだけど……」
べつの紙に書かれている内容を見つつ、提出用紙にシャーペンで下書きを進めながらも、烏星先輩は小さくため息をこぼしました。
そういえば、たしかに大人の人ってパソコンを使って作業しているイメージがあります。
私はぜんぜん使った事はないのですが、実家にもパソコンがあってお父さんが使ってましたし。職員室でも、猫西先生やほかの先生のデスクにはノートパソコンがあった覚えもあります。
「パソコンを使って書類を作るのは禁止なんですか?」
パソコンで出来る事をあまり理解してはいないのですが、いま私たちが作成しているような書類をパソコンで作れるのなら、たしかに作業は減りそうですよね。
でも烏星先輩も、それに辰峯さんや卯月さんたちだって、こうして手書きで書類の作成を頑張られているということもありますし。
私が知らないだけで、なにかそういったルールや決まりがあるのかもと思って聞いてみたところ。
「ううん。禁止されてはいないかなぁ。私がただパソコンの操作に慣れていないだけ」
首を振った烏星先輩がどこか気恥ずかしそうに自分の頬を指先で突きながら、そう教えてくださいました。
「パソコンをつかって書類を作ってる子たちも普通にいるのよ? なんか、えっと……フォーマットのデータ? とかいうのも生徒会が配布してくれてるらしいんだけどね」
「な、なんか難しそうです……私、ぜんぜんパソコンって使ったことなくて」
「二年生になったら情報の授業があるから、そのとき少しだけ習ったりはできるんだけどね」
チラリと時計に視線を向けた烏星先輩にならって私も時刻を確認すると、あと数分で授業終了の時間になりそうです。
書きかけになってしまったことをお詫びしつつ手元の書類を先輩にお渡しすると、お礼の言葉でお返事してくれながらも、烏星先輩が書類の束や筆記用具を片付け始めました。
「パソコンの操作って、やっぱり難しいんでしょうか……」
筆記用具の片付けもお手伝いもしたあと、座っていた椅子を机の下に戻してながら。
来年から習うことになる、未知の授業への不満をついこぼしてしまったのですが。
「うーん……正直いって私はあまり得意じゃないかも。なんか壊しちゃいそうで怖いし」
「そ、そうですよね。私もです……」
「でも大丈夫よ。私や子日ちゃんみたいな子も周りにいるもの。それに授業ではちゃんと先生が教えてくれるから」
そう言いながら、『心配しなくても大丈夫』と伝えてくれるように、烏星先輩は私の頭を優しく撫でてくださりまして。
「みんなスマホは普通に使っているけど、パソコンってなるとあまり馴染みがない子も多いみたいね」
「私も来年、パソコンの授業がんばります」
「うん。あと清書作業、手伝ってくれてありがとね」
そのあと二人で家庭科室の中をササっと確認して、退室しても問題ないことを確認したうえで。
終業のホームルームを受けるために、それぞれの教室に戻るべく廊下を並んで歩き出したのでした。
◇◇◇




