第三〇四話 亥とスグリ
◇◇◇
振り返って舞台の上を見ると、話し合いに参加していた先輩がひとりふたりと立ち上がり、その場から少しずつ離れだしていた。
あの様子なら、じきにバスケ部の活動もはじまるかもしれない。
「アンタもう良いから、とっととどっか行きなさいよ。ありがとね」
用意する道具もあとはコーンとか得点板くらいなもんだし、これ以上は蜂起に手伝ってもらう必要もないだろう。
舞台の上をチラッて指さしてから、蜂起に向けてそんな一言だけをその場に残して体育倉庫に入ったのだけど……。
「もー、最後まで手伝うっての! ったく亥埜はさぁ、遠慮すんなー?」
いつもの調子でケラケラと笑いながら、蜂起もあとについてきて馴れ馴れしく肩を組んできやがった。
ていうか生徒会って忙しいんじゃないの? こんなとこで油を売ってていいのかコイツ……。
「遠慮とかじゃないっての。はぁ……」
「あれは確かぁ……一学期の中間テストが終わったくらいの頃だったっけぇ」
ベタベタくっついてくる鬱陶しいバカを押し退けたあと、倉庫の壁際に置いてあったコーンを抱えようとすると、流石に全部はもちきれなさそうだったんだけど。
残りのコーンをササっと抱え上げた蜂起が突然ひとりで何事かを語りはじめたもんだから、私は聞く耳もたずにスタスタと足音を立てて体育倉庫の出口に向かった。
「たまたま亥埜のクラスの前を通ったときに目にした光景のせいで、あたしゃビックリしちまったよ。『えっ……マジかよ』ってね」
「そろそろ黙ったら?」
私が無視しようとも、あるいはそのうるさい口を閉じろと言おうとも、蜂起のおしゃべりはいつも通りに止まることもなく。
先をゆく私の背中を、コーンの先っぽと鬱陶しい語りで突っついてきやがるし……。
「『仏頂面しか表情のパターンねぇのかコイツ』って思ってた部活仲間がだよ? 神さんの前ではデレデレと気持ち悪ぃニヤケ顔を浮かべてんだもん」
「ぶっ飛ばすわよアンタ」
「脳がピキーンって凍りついたけど、アタシはそのとき必死にその場から離れたんだよ。そして笑ったね……この学校に入学してから一番笑ったかもしんね」
「ぶっ飛ばすわよアンタ」
「その時から亥埜とは仲良くならなアカンなと思い直したね。コイツおもれぇなと」
運んできたコーンをバスケットボールカートの隣に下ろして振り返ると、蜂起は語り終えて満足いったのか、ムカつく顔でウンウンと頷いていた。
いくら辛辣な言葉を投げつけても、仕返しとばかりにこっちの抗議の声には耳も貸さず、ベラベラとしょうもないことを言い続けやがってからに……。
「ってことでそろそろアタシにもさぁ? あんときの百分の一くらいでいいからデレてくれてもいいんじゃねぇの?」
「キモいこと言わないで」
「んだよぉ……ま、いっか」
蜂起も抱えていたコーンを床に下ろしたタイミングで、話し合いを終えた先輩たちが近づいてきて。
部活の準備を私たちに任せちゃったお詫びをしてきたあと、蜂起ともちょっと会話を交わして、更衣室に向かって歩いていった。
「……ほらね。さっき言った通りじゃない」
「んー……そうみたい。『生徒会がんばってね』だってさ。アタシの気にしすぎだったかぁ」
ポリポリと気恥ずかしそうに頭をかきながらも、先輩たちの背中に目を向けていた蜂起の表情は、どこかホッとしているようにも見えて。
いつも能天気なアホが、なに一丁前にナイーブ気取ってんのよってツッコミを入れるため、私はその丸い頭に軽くチョップを落としたのだった。
◇◇◇
先輩たちが練習着に着替えてる間に、私たちは三度目の運搬のために体育倉庫に足を向けた。
残りは車輪のついた得点板だけだし、今度こそ蜂起の手助けなんぞは必要なかったんだけど……。
さっき先輩たちから目的の書類を受け取っていたにも関わらず、お節介にも最後まで部活の準備に手を貸したいようだった。
「まぁアタシはさ? いっつもツンツンしてる亥埜でも、ドンとこいで受け入れてあげられる器の広さは持ってるけどさぁ」
「アンタ口とじると死ぬの?」
「亥埜がクラスでうまくやれてるのか心配だなぁ! ってか学祭の準備とかちゃんと手伝ってる!? アタシいちおう生徒会役員だし、協力的でない子には流石に苦言も言わないとだよ!?」
コイツほんとに……さっきは珍しく神妙そうな面してると思った矢先にコレだもん。
私も蜂起の話なんぞはいつも話半分だけど、そんなのお構いなしにピーピーギャーギャーとやかましいっての……。
「ちゃんとやってるわよ。余計な心配すんな」
「ホントかー? んじゃコレからはときどき覗きにいくかんなー? 『うちの子はちゃんと頑張ってるかしら……』ってさぁ!」
「こんな狭い場所で大声だすなっての。アチコチ響いてうっさいのよ……あと絶対に見に来んなムカつくから」
さんざん騒ぎながらも私よりも先にフレームを掴んだ蜂起が、ガコガコと得点板を引っ張り出そうとしていてもなかなか出てこなかったから。
たぶん得点板の足が運動マットに引っ掛かっちゃってんだろうと当たりをつけて、私が奥に回ってフレームをグイと持ち上げると、今度こそ得点板はスムーズに床を滑り出した。
「んまさ? アタシたちにとっちゃ初めての学園祭だし、お互いガンバろうぜ」
「言われなくても、やるべきことはちゃんとやるっての。なんてったって神さんがスゴい楽しみにしてるみたいだし」
「あはは。そんなら亥埜も準備サボったりはしないかぁ」
べつに二人がかりで運ぶような物でもないのに、私は蜂起と向かい合いでフレームを握って得点板を押している。
しょうがない。だって言うだけ無駄だろうから。
もう半年ほどの付き合いで、この女の強引なところは嫌ってほどみてきたし……。
「部活でも普通にやれてて、クラスの方も問題なさそうかー。よしよし。亥埜も成長してるんだな!」
「なんでアンタにそんな心配されなきゃいけないのよ……」
「あっ、寮は!? ルームメイトの……戌丸さんだっけ? 最近どうなん?」
蜂起から何故こんなにも絡まれなきゃならんのだと、そう思うことすら無駄だってことにも最近気づいてきた。
ちょうどさっき蜂起が言っていたのと同じ時期、一学期の途中から会う度会うたびベタベタ構ってくるようになって、コイツの面倒なとこも散々みてきたし。
だとしても誰目線で私の心配してんのよ。人見知りして周りに混じれない子の母親かお前は。
「だから余計なお世話だっての。戌丸ともべつに普通よ。最近はときどき一緒に出かけたりくらいはしてるし」
「えっ!? やるじゃん!」
「まぁ、近くのコンビニとかスーパーとかだけど」
得点板も体育館に出し終えて、練習着に着替えた先輩たちも揃いはじめ、みんな駄弁りながらストレッチを始めてるし。
もうじきコーチもやってきて、バスケ部の練習がボチボチ始まったりもするだろう。
そうなるとさすがに自分の仕事に戻らなきゃと思ったのか、ほかの部員に挨拶なんかをしていたあと。
「んじゃ今度はアタシともどっか出かけようぜー」
わざわざ私の前まで戻ってきて、蜂起がそんな言葉を残しつつ手を振って歩き去ろうとしていたから……。
「はぁ……いつか気が向いたらね。あと準備、手伝ってくれてありがと」
「おう!」
いちおうは手伝ってもらった手前、お礼とともに手を振りかえしてやると。
うるさいくらいの笑顔と返事を残して、蜂起は生徒会役員のお役目に戻っていったのだった。
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