第三〇三話 亥とアンスリウム
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一日の授業がすべて終わったあと、学園祭めいてるせいか随分と騒がしい校内を歩いて、部活に参加するために体育館までやってきたら。
なんかバスケ部の先輩たちと、あとぜんぜん話したこともないようなよく知らない女子たちが、舞台の上にそこそこの人数で集まって顔を突き合わせていた。
アーだコーだと何事かを話し合っているそんな様子を横目に、とりあえず体育館の中を横切っていって。
その集団を少し離れた場所で眺めている見知った顔に近寄って、確認したいことだけひとまず聞いてみようと声をかけた。
「なにあれ? きょう部活ないの?」
「んー? なんだ亥埜か。先輩たちの話し合いが終わってから始めるらしいよ」
声をかけた同じバスケ部の蜂起からはそんな答えが返ってきたので。
ひとまずもう少ししたら部活はやるってことで、わざわざ体育館まで来たのも無駄足にはならなかったみたいね。
「ふーん。んじゃアンタはなんでこんなトコで突っ立ってんの?」
今日の部活をやるのかわからなかったのも、先輩たちや蜂起がみんな制服姿のままだったせいもあるし。
アホみたいにボケーっとしてないで、練習着にでも着替えてくればいいじゃないって、そんな言葉を向けようとしたんだけど……。
「先輩たちから提出書類を受け取ったら生徒会室に戻んないといけないからね。だから部活も不参加だよ。寂しがんないでね」
「は? ウザ……寂しいわけないでしょ」
「あはは、相変わらずツンツンしてら」
行事委員の仕事で参加できないとあらかじめ聞いていた卯月と同じように、目の前でヘラヘラ笑ってるこの女も、今日の部活は不参加とのことだった。
まぁコイツが部活に参加しようがしまいがそんなことはどうでもいいし、当然のように寂しがるはずもない。もし目の前にいたのが神さんなら、『どこにも行かないで!』と懇願するほど寂しかったかもしれないけれど。
ひとまず私はこのあと部活に参加するつもりなわけだし、なんの心残りもなく蜂起のそばを離れて、着替えるために更衣室に向かいながら。
そういえば蜂起はちょっと前から生徒会に入ったんだっけと、どうでもいいことをふと思い出した。
前に神さんと二人きりでランチタイムにイチャイチャしたとき、生徒会の話なんかもした覚えがある……っていうか確実にそんな話はしたけれど。神さんと話したことの内容は全部しっかりと記憶してるから、確実に生徒会についての会話をしたのは間違いないんだけれども。
もし神さんが生徒会に入るつもりだったのなら私も一緒に入ってただろうし、そしたらさっきの私と蜂起の立場は逆だったかもしれないのよね。
そんなことを考えながら、先輩たちの話し合いを呑気に眺めている蜂起を横目に、練習着に着替えようと私は体育館を後にしたのだった。
◇◇◇
十数分くらいで着替えを済ませて体育館に戻ってきても、さっきとなんら状況に変化はなかった。
相変わらず先輩たちは舞台の上だし、蜂起に至っては欠伸なんかしながら暇そうにしている。
「なによ。まだ話し合ってんの?」
「んー。なんかちょっと揉めてるみたいだよん」
なにが楽しいのか、ヘラヘラと笑いながら舞台の上を見守ってる蜂起の視線を追って、私も先輩たちに再び目を向けると。
たしかにさっき体育館に来たときよりかは、話し合いの様子もワイワイと賑やかに白熱しているように見えた。
「そもそも何をあんなに話してんの? 学園祭のこと?」
「うん。ほら、バスケ部とバレー部と……あとバトミントン部か。みんな合同で出し物すんじゃん?」
「このまえ先輩がそんなこと言ってたわね。毎年そうだって」
たしか先週だったか、学園祭の話題が学校中のいたるところで湧きはじめたような時期。
その日の部活をはじめる前に、私たちバスケ部もほかの部活と一緒に体育館で出し物をする、みたいな話が先輩から伝えられたことがあった。
「いつも体育館をつかって巨大迷路やってるし、そこは変わんないみたいなんだけど……今年は謎解き要素を入れるかー、とか。去年と違ったことしたいから話し合ってんだってさ」
「ふーん。なるほどね」
まぁひとまず、あんな風に大勢でワイワイしている状況については、蜂起の説明で一応は納得することができたし。
学園祭の出し物に関して、いまは私が出来ることもないだろうから、先にバスケットボールでも出しておくかと体育倉庫に向かったのだけど……。
「まだ時間かかりそうだし手伝ったるかー」
キュッキュという上履きが鳴らす音に首だけ振り返ると、蜂起が私の後ろについて来ていて軽い調子でそんなことを言ってきた。
「いいわよ別に。アンタ制服だし、汚れるかもしれないでしょうが」
「まぁまぁ気にすんなってー。暇つぶしだよ、暇つぶし」
一度は断ったものの、蜂起の方が部活の準備に乗り気だってのならこれ以上は遠慮する必要もないだろう。
バスケットボールが詰まったカートやらコーンやら、重い物を運ぶのに人手があって困ることはないわけだし。
「アタシさぁ……まぁあと卯月もだけど、最近あんま部活でれてないじゃん? そのことについて先輩たちなんか言ってたりする?」
重い引き戸を開けて体育倉庫に入ると蜂起がコソッとそんなことを聞いて来たもんだから、その様で『あぁ、なるほどね』って納得した。
一年生の自分たちが部活の出席率が落ちちゃってるのを気にしてんだろうし、大袈裟にいうとその罪滅ぼしみたいな意味でもこうして部活前の準備を手伝いたかったのだろう。
「とくに何も……ってことはないけど、別に悪く言われたりはしてないわよ。生徒会やらの仕事で忙しくて大変そう、って程度」
「あっ、マジ? なら良かった」
もとより活動が緩めの部活ってのもあるけど、蜂起たち以外にもクラスでの学園祭準備に参加するために、バスケ部のほうを休んでるような人も普通に増えてきてるし。
この学園のノンビリした空気感がそうさせるのか、部活への参加を厳しく強いてくるような先輩とか、参加しない子を非難するような先輩自体がそもそもいないわけで。
だとしても部活に参加してなければ、陰で自分たちがどう思われてるのかの実際のところはわかりようがないから、蜂起も多少心配ではあったんだろう。
薄暗い倉庫の中でもホッとした表情を浮かべた蜂起の顔くらいは確認することができたため、私も軽く頷いて返したあと。
ガラガラとバスケットボールの乗ったカートを押しはじめると、蜂起もすぐ隣に横に並んできた。
「手伝ってくれるのはいいんだけど、なら他のもの運んでくんない?」
「まぁまぁ、いいじゃん? 仲良くおしゃべりしながらでもさぁ」
「なんでアンタと仲良くおしゃべりしないといけないのよ……」
「いつもどおりの塩対応で良いねー。それでこそ亥埜だ。安心するわー」
さっきの不安げな表情はどこへやら、なんかウザったいことを言いつつ一転して楽しそうな顔を寄せてきながら。
ほかの道具の準備を進めてくれる気は全くないらしく、蜂起はツンツンと肘で私を小突いてちょっかいまでかけてきやがるし。
ひとまず押してきたカートは壁際に寄せておきながら、次いで他の道具を出してこようと倉庫に戻る途中。
「はぁ……ウザ」
「まぁアタシはツンケンしてる亥埜に慣れてるし、そっちのが見てて安心すんだけどさ?」
悪態を吐かれたってのになおも含み笑いを浮かべるというか、笑いを堪えるような顔をした蜂起がそんなことを言ってきて。
というか冷たい対応されてのにも関わらず、さっきから『安心』とか何度も口にしてんのも、被虐嗜好でもあんのかって不気味だったのもあり……。
「なにがどう『安心』なのよ。蜂起アンタ、情緒とか大丈夫?」
体育倉庫にあらためて入る前に、つい訝しげな視線になってしまうのもそのままで。
『お前マゾか、または情緒狂ってんの?』と、暗にそんな意味の言葉を投げてみたところ。
「あはは! 情緒はこっちのセリフなんだよ! 亥埜の神さんへのバグりかた思い出すからやめて!」
もう堪えきれなくなったと言わんばかりに大笑いしつつ、ムカつく部活仲間がバシバシと私の肩を叩いてきやがったもんだから。
イラッとした感情を乗せて、私も蜂起の肩に一発ビンタをかまし返したのだった。
◇◇◇




