第二九六話 辰とランタナ
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放課後が始まったばかりのまだ明るい学校の廊下を歩きつつ、隣を歩くクラスメイトの会話を聞きながら私は呆れていた。
だって教室とか寮にいるときと変わらず、こんなときでもいつも通りに口げんかしてるんだもん……。
「また小言ばっか言いやがって。この前は『ウチのためにありがと。チョコあげるね』とか健気なこと言ってたくせによぉ」
「んなこと言ってないし! ちょっと優しくしてあげたからって調子のんな!」
今日はこれから、学園祭で休憩所担当になった学年合同で打ち合わせをするということで、行事委員の卯月さんたちに頼まれて、クラス委員長の私も参加することになったのだけど。
虎前さんも衣装班のリーダーを任せられてるため、私たちのクラスの代表として一緒に同行しているものの、卯月さんと虎前さんが揃ったからには当然とでも言いたいようにワーワーと口論を始めてしまったのだった。
「ちっ……夜中にチョコ食ったせいでニキビ出来かけてんだから、べつにお前の化粧水つかうくらい良いだろうが」
「だから勝手に使うなって言ってんの! ひとこと声くらいかけらんないの!? しかもバシャバシャ無駄に使うのもムカつくしさぁ!」
「やめてやめて、恥ずかしいから。もうすぐ教室つくから」
目前に迫った集合場所の教室のドアが見えて、もうすでに先輩たちがいようものなら我がクラスの恥を晒すことにもなりかねないし、流石に私も口を挟まざるを得なかった。
顔を合わせた後輩たちが初っ端からギャーギャーとケンカしてたら、先輩たちだって何事かと思うわよ。
だけどそんな心配も杞憂ではあったようで、入り口の外からソッと中を窺った教室のなかにはまだ誰もいなかったから、どうやら私たちの方が先に到着したみたい。
とりあえずみんなで教室に入って、机をくっつけたりと打ち合わせの準備をして待っていると……。
「やぁやぁおつかれー。よろしくね」
そんな声とともに二年生の先輩たち数人が到着して、少し時間をおいて三年生の行事委員の先輩も二人、待ち合わせ場所の教室に到着したのでひとまず役者は揃ったかたちとあいなった。
学園祭で休憩所の運営をメインでするのは一、二年生であることは事前に聞いていたし、たぶんこれからも三年生からフォローくらいはしてもらえるだろうけれども。
それでもこの場に集まった参加人数の数だけ見ても、頑張んなきゃいけないのはやっぱり私たち一年生と二年生の先輩たちなんだろう。
「んじゃ、さっそく始めようかねー」
おのおの席について、打ち合わせの様体がひとまず整ったあと。
若干気張っている私たち一年生とは正反対にリラックスした先輩の掛け声をもってして、休憩所担当会議が始まっていったのだった。
◇◇◇
まずは、ということで最初にそれぞれ軽く自己紹介なんかをしたところ。
先ほどから仕切って発言してくれてたのは、二年生クラスの行事委員である白熊さんという先輩であるとのことで。
率先して書記係をつとめてくれながらちょくちょく白熊先輩のフォローなんかもしていた、同じく行事委員の黒亀先輩との息のあった進行のおかげで、打ち合わせ自体は順調に進んでいったのだけれども……。
「……ひとまずはー、このまえ卯月ちゃんや申輪ちゃんたちと挙げてった当日までのタスクはこんなもんかなって」
「『これ足りないんじゃない?』とか、『これも必要じゃない?』ってのがもしあれば言ってね。あっ、もちろん三年生の先輩たちもお願いします。なんかあれば」
白熊先輩が卯月さんたちを親しげに『ちゃん』付けで呼ぶほどに仲が深まるくらいには、これからクリアしていかないといけないタスク探しに時間をかけたのだろう。
そうとわかるほどに、説明してくれたタスクは想像以上にたくさんあった。
それでも黒亀先輩が三年生にも意見を募っているくらいだし、やっぱりタスク漏れが発生する可能性はできる限り避けるべきってことで。
しばらくみんなで頭を捻ってみたけれど、現時点ではあまり抜けてそうなタスクは挙がってこなかったので、それは今後の作業時に発生した都度で報告していこうってなった。
そっか……学園祭本番に休憩所で給仕することだけじゃなく、クラスTシャツとか、あとは当日のシフトも決めないといけないのか。
当日は休憩所の担当や三者面談に加えて、人によっては部活の方でも出し物があったりするだろうし。
あとはみんな、友だちとか久しぶりに会えた家族と学園祭を回ったりもしたいだろうから、そういうのを考慮してシフトを決めていかなきゃいけないんだもんね。
かくいう私も所属している吹奏楽部で、講堂での演奏発表が一日目にも二日目にも控えている。
生徒の子たちはそれぞれで予定の数も違うだろうけれど、それでもやっぱりうまい具合にシフトを組むのは難儀しそうだなぁと、これまでの話を聞いての感想を頭の中でまとめていると……。
「それでー……つぎは衣装、当日に着るエプロンのことね」
限られた時間の中でたくさんのタスクについて確認していかなきゃいけないって状況もあり、話題はサクサクと次の内容にと進んでいって。
話の矛先が自分に向くことを勘付いた虎前さんが隣でピクッと身体を震わせていて、そんな虎前さんに視線を向けた白熊先輩がニコリと微笑んだ。
「エプロンのアンケート回ってきたよー。あのデザイン、虎前さんが考えてくれたんだってね?」
「あっ、ウス……いや、はい」
気恥ずかしそうに頭をかきながら、さっき廊下で見せてくれた卯月さんとケンカしてた時の声のボリュームがウソみたいに、虎前さんはモゴモゴと小さな声で返事をかえしていたのだけれど。
その心の中に不安や心配みたいなネガティブな感情が浮かんでいることを、今日この集合場所に向かう前に、教室でチラッとこぼしていた弱音を聞いている私は知っていた。
私たちのクラスの子たちはもれなくみんな、虎前さんが考えてくれたデザインを『可愛い』と褒めていたんだけども。
二年生や三年生の反応としてはどんな声があがっているのかはわからなかったせいか、何やらこの打ち合わせの場で何か言われるんじゃないかとすごく心配ではあったようで……。
「どれもメッチャ良かったからー、三つの中から選ぶの迷ったよ!」
「うん。ぜんぶ可愛かった」
だけど白熊先輩も黒亀先輩も、つづいてほかの先輩たちからだって、みんな口々に好感触な反応を示していたし。
そんなポジティブな感想を目の当たりにして、ようやく虎前さんもホッと安心できたように身体の力を向くことができたみたいだった。
「ねっ? さっきも言ったけど、やっぱり大丈夫だったじゃない」
「あ、あぁ……そだな。ありがと委員長」
さっき教室では『絶対にそんな心配しなくても大丈夫』とかって、少しでも慰めとか励ましになればと言葉をかけてはいたものの。
それでも実際の先輩たちの反応を目にするまでは、胸中に漂った不安はどうしても拭えなかったようだったし、廊下で卯月さんと言い争ってたときだってどこか曇った顔をしたままだったんだけど……。
今は虎前さんも晴れやかな顔をして笑顔を浮かべていたから、私も安心したのかつられて笑ってしまった。
そんな微笑ましい雰囲気で場が和むような、ちょっとした時間を挟んだりなんかしながらも。
山積みのタスクをどうにかこうにか、みんなで協力してやっつけていくための打ち合わせは、そのあとも窓の外が暗くなるまで続いていったのだった。
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