第二九一話 神とネリネ
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学園長先生からの壮絶で過酷な抜き打ち面談試験を乗り越えた、その日の夜。
クタクタに気疲れした疲労感と試練を乗り切った達成感を両脇に抱えながら、私の頑張りを讃えてもらうため、今日も今日とてお母ちゃまに電話をかけたのだけども。
「あのね、今日はね、私にとんでもないことが起きたんだけど……どんなことだと思う?」
「なによいきなり。んー……とうとうテストで零点でも取った?」
お母さんから返ってきた答えが私が望んでいたのとはぜんぜん違うものだったから、私はイラッてしてプツッと電話を切った。
なにさ!
大切な愛娘ちゃんがとてつもない窮地を乗り越えて、でもそんくらいには私も成長したんだよって教えてあげるためにわざわざ電話したってのに!
っていうか『とうとう』ってなに!? いつかはテストでやらかすだろうなって思ってたってこと!?
あまりにもイケズなお母さんの言葉にプンプンと憤慨して、もうその勢いのままに電話だってブチって切っちゃったよ!
でも、お母さんだって今までに意地悪で電話切ってくることあったし、そんときの私みたいに反省しながら掛け直してくればいいんだよ!
などと思いながらスマホの画面を見つめて、五分、十分待てどもアッチから電話がかかってくることはなく。
しょうがないから私の方から、本日二度目となるラブコールを渋々ながらもする他なかったのである。
「……なんで電話かけてこないの」
「いや、どうせ待ってりゃアンタの方からかけてくんだろなって思ったから……」
「んもうっ!」
あした学校中のみんなに向けて、うちのママの冷酷さを訴えてやりたいほどの意地悪な言葉がかえってきたもんだから。
寛容であることを人生の目標に掲げている私であっても、さすがにプンスカパースカと怒っちゃうのも、そりゃ無理はないだろってなもんだった。火にかけたヤカンのようにピーだよ。ピー!
「それよりもさ、こっちもアンタと話したいことあったのよ。学園祭のこと」
「待って。まず『ゴメンね』って謝って。もしくは『世界でいちばん愛してる』って言って」
「ゴメンね」
「なんで謝る方なの! 愛してるって言って!」
「はいはい。そんなことより学園祭の話だっての。今日アンタの学校のポータルサイトに事務連絡きてたんだけどさ」
私の意見なんぞ軽〜くいなしながら、血縁上は母であるこの意地悪なおばさんはサクサクと話を進めていきおって。
そんなに人の話を聞かないんなら職場でも不満に思う部下の人いるんじゃないのと諭しても、「アンタにだけよ」とか嬉しくねぇ特別対応を告げられて、どんな文句を伝えてもとりつく島はなさそうな雰囲気でしたんで。
私の中で燃え盛っていた怒りのボルテージも、私が勝手に自然消火させていかざるをえないのだった。ぐすん。
「んで保護者として面談の希望時間を提出せないかんのだけど、アンタだって当日の都合とかあるでしょ? 出し物のシフトとか友だちと学園祭まわる時間とかさ」
「ん〜……でもまだシフトとかぜんぜんわかんないよ。今度のロングホームルームで初めて学園祭のこと話し合うくらいだもん」
実際にいまお母さんに言った通りで、先日まで中間テストだったこともあり、ホントにまだぜんぜん学園祭のことなんかクラスで話し合ってなかったし。
シフトとか当日の都合を聞かれても、申し訳ないけれどなんもお答えできる情報などは持ち合わせていないだよね。
「あぁそうなんだ。んじゃこっちの都合に合わせて、アンタの方でシフト希望とか出してもらうしかないのかな。ほかの子はどうしてるんだろ。知ってる?」
「ううん。ごめんね」
「いや、まだ回答期日にはぜんぜん余裕あるし大丈夫よ。もしなにかわかったら教えてね」
「うん!」
そう頷いて返事しながら、なんかお母さんと学園祭のことを話したからか、『もうすぐ学園祭なんだ』って実感が沸々と心の中に沸いてきた。
去年は受験生であるにもかかわらず、見学も兼ねて百合花女学園の学園祭には来るなんてことも出来ていないし、シフトだ準備だってことはおろか、お祭り当日の雰囲気さえも知らないのが実際のところなんだけども。
それでもこの学園で過ごした日々の中で、ちょくちょく学園祭の話自体は話題に挙がることがあって。
そのなかで得た知識として、学園祭が開催される二日間の中で、同時に先生との三者面談も行われるということだけは知っていた。
たしかに実家から遠く離れて寮生活をしている子もいるし、学園祭に家族を招待するついでに三者面談を行っちゃう方が、みんなのお母さんたちからしても先生からしても都合が良いのかもしれない。
そんな背景もあったりで、つまりは入学して以来、初めてお母さんがこの学校にやって来るわけである。
学園祭のおかげでお母さんに会えるってだけでも嬉しいのに、さらにそのうえクラスとか部活ごとの出し物といった、楽しみでワクワクしちゃうような色んなイベントもきっとたくさん待っているわけで……。
マンガやアニメでは何かとハプニングだったりロマンスだったりが起こりがちな、そんな『学園祭』という学生にとってのビッグイベントが、もうすぐそこまで迫ってきていることもあってか。
さっきまでのムカムカしてた気持ちなんぞはいつのまにか綺麗さっぱり忘れて、私はそのあともお母さんと学園祭の話を楽しんだのだった。
◇◇◇
お母さんの若かりし日の思い出として、学園祭での体験談なんかを聞かせてもらったり、出し物としてはどんなものがメジャーであるのかを教えてもらったり。
ホットなトピックとして学園祭の話を引き続き話していたんだけど、その中で……。
「あっ、そういえば小蟹さんも絶対に行きたいって言ってたし、たぶん私と小蟹さんの二人で行くことになると思うから」
「えっ! ほんと!?」
「うん。ほら、今はアンタも、あと小蟹さんの娘さんも先生として学校にいるわけだし。アンタと娘さんに会えるの楽しみにしてるみたいよ?」
「やったー!」
これを朗報と言わずになにを朗報と言おうかって、そんくらいにはすごく嬉しいお知らせが転がり込んできたもんで、私も思わずテンションがドッカンバッコンなってしまった。
食堂で献立表を確認したとき、同じ月の中でからあげ定食が二回も夕ご飯として登場することを知ったときくらいの朗報だよ。つまりはとんでもないほどのビッグニュースってわけね。うん。からあげ食べたい。
……あれ、でも待って待って。おかしいぞ?
そんな嬉しいサプライズなわけだけど、なんで今日このときまで、私は小蟹さんが学園祭にやってくること知らなかったのさ。
そんでなんでお母さんだけはそれを知っているの? 私は知らなかったのに、なんでお母さんは知ってるの?
なんで? なんでなんでなんで?
「ねぇ、待って待って待って待って待って。小蟹さんといつどこでそんな話してるの?」
「はぁ? どこでって、普通にラインとか電話とかだけど」
「つまり私の知らないとこでってことだよね。それってつまり……浮気じゃん」
「なに言ってんのアンタ」
だって私のことを仲間外れにして、お母さんと小蟹さんだけで裏でよろしくやってたってことでしょ!?
お母さんも小蟹さんも私の飼い主みたいなもんだし、私が二人に毎秒かまってもらえないと寂しがるのなんて承知の上なはずなのに、それでも蚊帳の外にしたってことでしょ!?
「ふたりだけでやり取りしないで! 私も入れて! 寂しいでしょ!」
「うちの子ヤバ……嫌よ。ふつうに」
ある意味ネグレクトみたいなことをしてたくせして、自分のことは棚に上げて娘に向かって「ヤバ……」とかほざきおった。
愛する我が子とは常に意思疎通を図っておきたいって、そう思ってくれるのが普通のお母さんなんじゃないのかな!?
それがいうに事欠いて嫌ってなにさ! えぇっ!?
「なんでそんな、人をおじゃま虫みたいに!」
「実際おじゃま虫にしかならんでしょ。私と小蟹さんが連絡のやり取りしてるときに、ワーとかギャーとかアホみたいなこと言って邪魔してきそうだし」
「ねぇえっ! 私そこまでお子ちゃまじゃないじゃん!」
「ははっ。ウケる」
ムカちん! こんのっ、なに笑ってんだぃ!
そのあともぞんざいに扱われた抗議をピーピーとぶつけても、お母さんはまったく悪びれずに私の言葉なんて話半分な様子で、全然まったく聞く耳持ってくれなかった。
あげくの果てには「なんで今日のアンタ、そんな情緒不安定なのよ……」とか言って呆れ始めた始末で、あまりにも冷酷な扱われ方をしたもんで、あたしゃ悲しくなっちまったよ。メソメソ。
「だってぇ、学園長先生とお話して退学になりかけたから、心が不安定になってるぅ……」
「退学て……一体なにをやらかしたのよマジで」
そいえばさっきは学園長先生とタイマンはってきたことを話そうとしたのに、お母さんが意地悪して電話切ったせいで、その機会を失ってしまっていたことを思い出し。
今度こそと私の武勇伝を語って聞かせてあげると、お母さんは呑気にも「心配して損した」などとのたまっておりまして。
とんでもなく緊張しながらも学園長先生からの口頭試問をやり遂げた私の功績は、ついぞお母さんから褒めてもらえることはなかったのだった。
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