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神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
289/301

第二八九話 神とコルチカム

 

◆◆◆

 

 学校指定のカーディガンを着ているおかげか、秋めいた涼やかな北風のせいで寒さに凍えることもなく、私は学校の中庭をブラブラ気ままに散歩していた。

 中間テストを乗り越えて、少し先には学園祭が控えているとはいえ準備期間が始まるのも来週からっぽいし。

 学校行事の合間に生まれたそんなわずかの平穏な日々、最近ハマっている学園散策をしながら呑気に過ごしたりしてるのだけども……。

 校庭のどっかに勝手に秘密基地つくっちゃダメかな?

 実のところのそんな目的を達成するために、風に飛ばされたビニール袋がごとく、あちこちウロチョロしているのが最近のマイブームなのだった。

 ほら、今では私もこの学園の一員なわけだしさ。ちょっとくらいは敷地の一部をプライベートな空間にしちゃったりとか……ね?

 小学生だった時にも秘密基地に憧れて、お母さんの部屋にあるクローゼットの端っこを少しずつ秘密基地に改造しようとしたんだけども。

 すぐに気づかれて、お母さんたらケチだから無理やり撤収させられたあの時から、秘密基地にはずっと憧れてたんだよね。

 だからマイ秘密基地の二号店を、この学校のどこかにひっそりつくっちゃったりとかね。そんくらい、いいじゃんね?

 なんつぅ感じに、元ひきこもりのくせしてこの学校でお世話してもらってる感謝も忘れて、そんな自分勝手な願望を抱いていた罰が当たったのか……。

「あらあら。神さん、よね? こんにちは」

 無情にも周りに助けを求められる人もいない、静かで寂しい学園の中庭で。

 この学園で最も偉いボスである人形(ひとかた)学園長先生に、私は偶然にもエンカウントしてしまったのだった。

 

◇◇◇

 

 たぶん学園長先生っちゅうご立派な立場のお方ともなると、私ごとき小娘の心ぐらい容易に読むことができるんだろう。

 うちのお母さんですら、いつも私の隠し事なんか簡単に気付いたりしちゃうんだし。そのお母さんよりもずっと年上で人生経験も豊富な人なら、いとも容易くチョチョイのチョイってなもんなんだろう。

 だから『敷地内に秘密基地つくっちゃお!』とか生意気なこと考えてたのもきっとバレてて、『う〜ん小賢しい。天誅天誅』って罰を与えにきたんだよぅ! 絶対そうに違いないんだぁ!

「私ずっと神さんとお話したいと思ってたの。いま少しだけいいかしら?」

 悲しきかな学園の大将からそんなこと言われたもんにゃ、私にできる返事なんて「おおせのままに……」くらいのもんで、半ば強制的に学園長先生と恐怖のタイマンせにゃならんくなってしまったわけである。

 ってか私はわりと察しが良い方なので、もうすでにわかってるんですわ。これ絶対に抜き打ちテストとか、そういう類の試練さえもついでに行われてるやつだよぉ……うぎぃ。

 とりあえず座りましょとのお言葉に従い、中庭のベンチにならんで座ったりしちゃったわけですけども。

 全身凍りついたようにガチガチになっちゃって、北風で冷えてるはずのベンチですら、むしろ温かいくらいだった。いや、やっぱりお尻が冷てぇわ。この世にあるものぜんぶ冷たい。泣いちゃう。

「お仕事があるからあんまり出来てはいないんだけど、ときどきこうして生徒の子とお話してるのよ〜」

「そ、そうなんですね……へへ、へへへ」

 学園長先生はニコニコと優しそうに笑っておられる一方で、私ときたら、いま自分がどんなひでぇ面してるのかもわかんないほど緊張しちゃってるし。

 というか、その『ときどき話してる生徒の子』っての、もしかしなくても学園長先生が目をつけてる問題児に……ってことなんじゃなかろうか。んじゃやっぱ、このお話も抜き打ちテストとか素行調査ってやつやないかい!

 終わったわ私。一時間後には風呂敷かついでトボトボと実家に向かってるかもしれない。一年もたずに退学とは……トホホ。

「あらあら、もしかして緊張しちゃってる? 私そんな怖いかしら?」

「い、いえいえいえいえ! とん、とんでもないです! とても怖いなんてことないです!」

 はいドモった。マイナス十点。

 そもそも『とても怖い』とかちょっと本音もれちゃってますやん。取り繕うために言葉を重ねても、バカみたいに余計なことしか言えないなら黙っとれってな感じですよね。あばば。

 学園長先生様と直接言葉を交わした機会なんて、入学試験の面接のときくらいしかないわけで。

 だからどういう人なのかも知らないし、一見して穏やかな表情を浮かべているその裏で、私の一挙一動を隅から隅まで観察してんのかもしれないわけじゃん。

 そもそも地位も名誉も、この世の全てを手に入れたような大人と会話した経験なんて、私ごとき哺乳ビンがお似合いの小娘には今までそんなにあるわけないんだし。礼儀作法とか言葉遣いとかも、ちゃんと出来てんのかわかんないしぃ……。

 大丈夫かな私。同じベンチに腰掛けるなんてちょっと流石に頭が高すぎるかな。今すぐおでこを地面に擦り付けてへーコラすれば許してもらえりゅ?

「そう? ならよかった。神さんは学校生活どう? 楽しい?」

「はい、はい! と、とても楽しいです!」

「そっかそっか。それなら私も嬉しいわ」

 そのあといくつか学校や寮での生活のことを聞かれたりして、空っぽの頭の隅からなんとか返事を探したりしながらお答えしたんだけども。

 まさに入学面接のときにも同じ状況に陥ったことを思い返し、今更ながらこんなテンパリながらもあの時の面接をよくもまぁ合格できたもんだと情けなくなりましたがな。

「あら、私のほうから質問してばっかになっちゃったわね。神さんは私に聞きたいこととか話したいこととかある?」

「えっ……えと、えと」

 そんなこと言われても、いま質問したいことなんて『私、退学ですか?』ってそれ一択なんだけど。

 だけどもしそんなこと真っ直ぐ聞いて『うん。バイバイ』なんて答えが返ってきたもんにゃ、もうどうなるかわかんないよ私。多分だけど泣き喚きながら足にしがみついたりするよ? いいんですか?

 まぁ、そんな醜態を晒して良いわけねぇことくらいは判断できる思考力は残っておりましたし、だけども自分の進退が気にならねぇわけもなかったので……。

「あの、私……どうですか?」

 退学の判断が下されるのかどうかを遠回しに探ってみようとしたためか、突然そんな漠然としすぎてもう意味わかんねぇアプローチをしてしまったのは、本当に私ったらしょうもないやつだなと思いました。あはは。おえっ。

「えっ、『どう』って?」

「あっ、あっ、あの、なんか、あの……質問されたことにうまく答えられなかったり、失礼なこと言っちゃってたら、あの……退学、みたいな」

「えっ!? 退学?」

 あっ、いま言ったね。退学って言ったよね?

 お母さん、あなたの情けない娘は退学ですって。良かったね。これからおうち帰るよ。新幹線なんか私にゃ贅沢だよね。歩いて帰るよ。良かったね。別に良くないけどね。

 学園長先生が退学だなんて酷いこと言い始めたもんだから、あぁもうやっぱりそうなんだってな感じに、絶望の穴にメタクソ勢いよく叩き落とされたような気分になっちゃってたわけですが……。

「ないない、大丈夫よー。退学なんてそんな簡単にならないから安心して?」

 続いて垂らされた救いの糸が絡みついたお言葉により、土と涙にまみれる前に、なんとか地表まで戻ってくることができそうだった。

 安心してって言われたからにゃ、その言葉を信じて安心させてもらいますけどもね。絶望しろって言われたら絶望するし、靴を舐めろって言われても、今の私ならぜんぜん普通にぺろぺろ舐めるよ多分。すごいでしょ。えへん。

 あ、でも『簡単には退学にならないけど、お前はダメだから簡単に退学になったな』みたいなことを言われるんじゃなかろうか。

 などと身構えていくら待てども、学園長先生の口からはそんな恐ろしい言葉が続くこともなさそうだったため、一旦は退学の窮地を脱したのだと私はようやくひと息つくことができたのだった。

 ふぅ……やるじゃん私。泣かずにやり遂げられたし、めっちゃ自分の成長を感じてる。すごいが過ぎる。略してすご過ぎる。ガハハ!

「そ、そうなんですか……よかった」

「それとも何か、いけないこととかしちゃってるのかしら?」

「な、ないです! してないです!」

「でしょ? なら大丈夫よ」

 ひとまずこの学校から私をつまみ出そうという意思がないことはわかったおかげか、学園長先生の笑顔がなんだかとても優しいものにみえてきて。

 身体の節々を硬直させていた緊張も解きながら、さっきよりかは気を抜いて学園長先生とのお話を続けられそうではあったものの……。

「なんかあの、もしかしたら素行調査? みたいなやつかなって勘違いしちゃって。えへへ」

「えっ? あぁなるほどね、素行調査かぁ……んー、どうかしらね?」

「ひぃぃ!」

 気が緩んでしまったせいか、私のお口はおバカにも墓穴を掘るような余計なことを言ってしまいまして。

 依然として笑顔のままだけど、さっきまでよりもその笑みの深さが増したような表情で、学園長先生がなにやら思わせぶりな態度をお見せなすったもんですからね?

 私ゃまた目ん玉とか心臓とかが、オヘソの穴からぜんぶ吹っ飛んでいきそうなくらいビビり散らかしてしまったのだった。

 心臓はいつもドキドキしてて他の臓器よりビビりだし、たぶん一目散にポーンと飛んで逃げていったと思う。ずるい。私の脳みそだけ置いて逃げやがって。ずるすぎる。助けて……。

「うふふ、ごめんなさい。冗談だから大丈夫。本当にただ神さんとおしゃべりしたかっただけよ」

「じょ、じょうだん……よかった」

 だけどもしかし、素行調査うんぬんの匂わせも、そのお言葉を信じるのであれば学園長先生のご冗談とのことですんで。

 この学園では神様のような学園長先生のお茶目なお(たわむ)れに一喜一憂しつつも、矮小な一匹の蟻んこでしかない私はガチのマジで安堵しながら。

 ここに至ってようやく、学園長先生とリラックスしておしゃべりすることができそうなのだった。

 

◆◆◆

 

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