第二八七話 巳とツクシ
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展示室に入ってからは、神さんとふたりで壁にかかっとる絵を一枚ずつノンビリと観てまわった。
ほかの客もちょいちょいおったけど、ほとんどうちらの貸切みたいなもんやったから、待ち時間とかのストレスもなく美術鑑賞を満喫することができたわ。
地元おったときにデッカい美術館に行った時なんかは、他の客も多くて全然進まん列が焦れったかった記憶もあるし、閑散としてる市立美術館もそういう面ではストレスフリーに過ごせてええかもしれんな。
飾られとった絵はほとんどが日本画で、うちも思っとったよりかは収蔵されてた美術品を楽しむことができたし。
一応は美術畑でいろいろ見聞きしてた経験やら知識やらを使うて、合間合間に神さんに解説もどきみたいな話しをしてあげると、神さんも興味深そうに聞いてくれとった。
「って感じの絵がいわゆる日本画ってやつやな。この絵とかもそやね」
「ほえ〜……そうなんですね」
まぁ興味ないことについてペチャクチャといろいろ喋られても、場合によっちゃ退屈なこともあるやろけど。
神さんの反応を見とる限りではそんなこともなく、うちのガイドも含めて美術品巡りを楽しんでくれとるようで良かったわ。
「まぁ美術に興味ないと、普通は日本画やら油絵の違いなんてどうでもいいやろしな」
「す、すいません」
「いやいや、それが普通や。謝らんで?」
なんて世間話もちょくちょく交えつつ、自由気ままに美術館の中をブラブラしたんやけども。
収蔵されとる美術品の数もそれほど多いわけではないし、待ち時間なしでおおむねスムーズに観てまわれたこともあってか、けっこうアッサリと展示室をひとまわりできてしまった。
うーん……今日ここまで来たんも、学園祭用の作品作りのためって目的があったはずではあるものの。
うちが描こうとしてる油画のモチーフとかテーマと、展示されとった美術品の作風は全然ちゃうかったし、参考になったかっちゅうと微妙だったかもやなぁ。
それでも構図とかは参考になることもあったし、今後ほかの絵を描いてくときには活かせそうな経験にはなったかもしれんから……まぁええか。
あと、神さんと一緒に観てまわれたのも大きかったしな。
今までそれほど深くは美術の分野に触れてこなかった子の感想を聞いてみたら、うちとはぜんぜん違う視点で絵を観てたり、聞かせてくれた感想も面白かったし。
それに神さんの様子を見るに、うちにからかわれたことなんかはもう既に忘れちゃたかのように、オーとかワァーとか声をもらしながら楽しそうに美術館を満喫できとったみたいやもんね。
まぁ、貴重なお休みにせっかくここまで来たわけやし。
今も真剣な顔で絵の解説を読んでる神さんの姿に微笑ましさを感じながら、うちもどうせなら出来るだけ多くのお土産を持って帰ろうと、もう少しだけ美術鑑賞を続けたのやった。
◇◇◇
小一時間くらいでひと通りの絵を鑑賞し終えてから展示室を出たあとで、同じ施設ん中にあった喫茶店に入ってちょいと休憩してから帰ることになったんやけども。
神さんも絵を観てまわる前までよりかは美術ってもんに興味が湧いたんか、うちに聞いてくる質問も増えて、なんかの雑誌のインタビューみたいなやり取りがしばらく続いとった。
「巳継さんは今までどういう絵を描いてきたんですか! 写真とかあったら見たいです!」
「写真かぁ。うちあんまり自分の絵とか写真に撮らんのよ」
「えぇ……見たかったのに」
べつに嘘とかイジワルとか、そういう理由で神さんのお願いを断ったわけでは勿論なくて。
自分で描いた絵をわざわざ写真に残すんもなんや恥ずかしかったし、事実として今すぐ神さんに見せられる絵なんかが、データとしてスマホに保存されとらんだけではあるんやけども。
でも、ここまで残念そうな顔されたもんにゃと少し考えて。
スマホのブラウザでちょいと調べてみたところ、お目当ての絵を無事みつけるこができたのやった。
「あぁ、っと……これとか、うちが描いたやつなんやけど」
なんや自ら見せつけんのも少し恥ずいなとは思いつつ、中学んときに公募に出品して賞とったときの絵を画面に映したまま、スマホを神さんの差し出すと。
残念そうにしとった顔をピカって明るい表情に変えながら、神さんがうちの手ごとスマホをガッチリ掴んで嬉しそうに画面を見つめとった。
「わー! すごい上手!」
「そ、そう? ありがと」
「前に描いてくれた絵もこの絵も、私すごい好きです!」
「うぐっ」
興奮しとるせいか、前のめりになってうちの顔を見つめながら『好き』とかまっすぐに感想伝えてくるし。
さっきから握りっぱなしの手にも、なんやギュウギュウと力込めてくるし……。
そんな神さんの一挙一動のせいで柄にもなく照れてしまって、つい変な声がもれちゃったやないか。
「手、手をいったん離して……」
「あっ! ごめんなさい!」
たがいの手同士の熱い抱擁も指摘したらすぐ解放してくれたんやけども、サスサスと摩った手の温度は明らかに、もう一方の手よりもぜんぜん違っていて。
滲んだ汗でじんわりと湿っていることすら妙に気恥ずかしくて、なにかを紛らわすようにアイスコーヒーのグラスを掴んでストローを咥えた。
ったく……さっき散々からかった意趣返しやないやろな?
うちの心をほんの少しばかり乱してきた当の本人は、こっちの動揺なんかにもまったく気づいてなさそうで、その手の中に身代わりのように残してきたうちのスマホを依然として見つめ続けとるし。
「そういえば、学園祭で展示するための絵も描いてるんですよね?」
ご披露しとったスマホに映った絵にもある程度は満足したのか、スマホをうちに手渡してきながらも神さんからは新たな質問が飛んできて。
なんとなく話の行く末を予想しつつ、嘘つく理由もないし頷いて返事を返したんやけども……。
「その絵もみたいです! 今度見せてくれませんか!?」
案の定、神さんの口からは予想通りの言葉が飛んできたのやった。
「んー、今はまだ無理やなぁ」
「えぇ……残念です」
「まぁアレや。もし学園祭の当日にも覚えとったら、美術部の展示見に来てよ。ほかの部員の子らが頑張ってつくっとる作品とかもあるし」
「わかりました! 楽しみにしときます!」
いうてうちの絵なんて、ただの学生レベルで大層なもんやないし、きっと友だち贔屓とかのお世辞みたいなんも多分に含まれとるんやろうけど。
それでもこんな風に期待してくれとるようなことを言って貰ったからには、学園祭までの残された時間もキバって製作せなアカンなと、多少は前向きな感情も湧いてくるっちゅうもんよね。
そんな感じで学園祭に向けてのモチベを上げられた訳だし、なんだかんだで休日を使うてまでこの美術館に来たのも実りはあったかもなと、んなことを考えていたところで。
「それじゃあ、あの……どういう絵を描かれてるかのヒントだけでも聞きたいです!」
「あはは、ヒントて。クイズやないんだから」
美術の世界に対する興味が燃えとる今の神さんは、みずから期待感を上げて美術部の展示を心待ちにしたいのか。
キラキラと瞳を輝かせながら、うちへのインタビューを続けてきたのだった。
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