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神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
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第二八一話 巳とサラサドウダン

 

◇◇◇

 

 指につまんだ紙っキレをピラピラとたなびかせて歩きながら、うちはちょっぴり悩んでいた。

 おそらく文化祭に向けた作品づくりのために、隣町にある美術館の入場チケットが顧問のセンセから部員に配られたんやけど。

 作品を仕上げるためにモチベ上げろとか、なんか参考にできるモンでも得てこいとか、多分そんな意図でみんなにチケットくれよったんかな。

 ケツ叩かれてるみたいで微妙な気分ではあるものの、それはそれでいいとして……。

 なんの気遣いか、ひとりにつき二枚もチケット押し付けてきたんは何なんやろか。実はチケット余りまくっとるん?

 まぁ……とチケットにチラと視線を向けると、使える期限がすぐそこまで差し迫っとるし。

 顧問がどこで手に入れたんかは知らんけど、もしかしたら余った大量のチケットをたまたま手に入れたとかで、扱いに困ったが故にうちらに大盤振る舞いでバラ撒いた可能性はあるな。

 配るときにも『足りなかったらまだあるからね!』とか、センセも言うとったくらいやし……。

 そんな経緯により、うちは二枚のチケットっちゅうアイテムを手に入れたはいいものの。

 一緒に行こうと思っとったはずのたつみーの都合が悪くなってしまい、一枚分のチケットが急に余ってまう羽目になってしもうた。

 チケット使える期限ギリギリの、中間テスト明けの休日に行こうと予定してたんやけど。

 たつみーが入部しとる吹奏楽部の方でその日、文化祭に向けてミーティングすることになったっちゅう話やし、まぁそんな理由ならしゃあないわけで。

 んで今さっき、同じ美術部でそこそこ仲良ぉしてる豚座(いのこざ)を誘ってみたら、ルームメイトと行くっちゅうふうに言っとったからなぁ。

 そこに混じらせてもらって邪魔すんのも何やし、もう一人で行くか、あるいは行けんでも仕方ないかとも思いはじめたんやけど……。

 その時なぜかふと、一人の女の子の顔が頭の中に浮かんできた。

 同じクラスなわけやし、それ以外にも同じ寮の中で寝泊まりもしてるし、普段からそりゃ交流自体はあるわけやけど。

 なんかここ最近、偶然にも関わる機会が妙に多かったのも影響してるんやろか?

 ダメ元で最後に一応声でもかけてみて、それでその子も予定があるっちゅうんならもう一人で行ってくるかと思いながら、教室に戻るために廊下のかどを曲がったら……。

「わっ! あ、巳継(みつぎ)さん」

 なんちゅう偶然の重なりか。

 美術館へのお出かけに誘おうと思っとった神さんと、そこでバッタリ出くわしたのやった。

 

◇◇◇

 

 数秒前に思い浮かべてた神さんと都合良く鉢合わせたことに、ちょっと面食らいつつ。

 ちょうどええし、事情を簡単に話したあとで美術館に誘ってみたところ……。

「行ってみたいです!」

 そんな風に、なんともアッサリとオッケーをもらうことができてもうた。

 ひとまずは余ったチケットの行方も決まってくれたことに、大して重くなかった肩の荷を下ろしつつ。

 そういやと思い至ったのは、夏休みにみんなで遊び行ったりはしたけれど、今まで神さんと二人でどっか出かけたことはなかったなっちゅうことで……。

 『二人きり』ってところに少し緊張しはじめながらも、そのことから気を逸らすため、『どっかのタイミングで寮母さんに外出届を出し行っとかんとな』とか考えてたんやけど。

「美術館って行ったことないので楽しみです!」

 一方で神さんときたら、緊張なんかまったくしとらん純度百パーみたいな楽しそうな顔でそんなこと言うとったもんやから、うちも拍子抜けしてちょっと肩の力が抜けてもうたわ。

 こっちだけ一人勝手に緊張しとんのもアホらしいっちゅうか恥ずかしいっちゅうか……んまぁそんな感じやしな。

「あんま大きな美術館ちゃうし、有名な作家の企画展とかやってるわけでもなさそうなんやけど大丈夫そ?」

「えっ、あっ、どうなんでしょう……」

 さっき『楽しみ』って言うてくれとったから大丈夫やとは思ったものの。

 有名な作家の展示とかを期待してて、行ってみたらガッカリみたいなことにはならんよう、一応それだけは伝えといた方がええかもと思っただけなんやけど、むしろ神さんは不安そうに表情を曇らせてしもうた。

 そりゃ美術館に行ったことないんに『大丈夫そ?』とか聞かれても困っちゃうか。

「あんまり美術のこととか詳しくないんですけど、むしろ一緒に行くのが私でも大丈夫なんでしょうか……」

「ぜんぜん大丈夫やで。ただ絵ぇ見に行くだけやし、神さんが大丈夫なら一緒に行こうや」

「私で良いなら……よろしくお願いします」

 あんま気負わず、図書館とか動物園とかそういうとこに行くぐらいの気軽さで問題ないしな。

 軽く遊びに行くくらいの気持ちで問題ないことを伝えたら、神さんもホッとした様子で笑ってくれたわ。良かたよかた。

 そのままふたり並んで、当日の予定を詰めるために話しながら歩き始めたんやけど……。

「そいや神さんって好きな作家とか絵とかあるん?」

 目的地が美術館ってこともあり、話のついでにふと気になったことを聞いてみた。

 ピカソでもゴッホでもモネでも、本やらテレビやらで目にする機会はそこそこあるかもやし。

 うちも一応は美術畑でボチボチやってきた経験はあるから、作家の名前やら有名な絵画やらの話題を出してもらいさえすれば、話を広げられる自信はあったんやけども。

「えっ……うーん」

 さっきの『美術は詳しくない』って言葉はそっくりそのまま受け取った方が良かったみたいで、なにやら神さんを渋い顔にさせた上にウンウンと悩ませてしまったみたいやったわ。

 自分が好きで美術史とか学んできたからそれが普通だと思い込んじゃってただけで、あんま美術に興味ない子からすれば、別に好きな作家とかおらんもんなんかな。

 あんま悩ませ続けちゃうのも悪いし、別に好きな作家とかおらんでも平気やとか伝えようと口を開きかけた矢先。

「うむむ……あっ、でも好きな絵ならありました」

 パッと表情を明るくした神さんが、自分のお気に入りを思い出してくれたみたいやった。

「おっ、ホンマ? 誰のなんて絵かわかる?」

 有名な絵ぇなら蘊蓄(うんちく)のひとつでも披露できるかなとか、うちの得意分野での会話がまだ続きそうなことを呑気に喜びながら。

 何かと愉快なこの少女はいったいどういう画風の絵が好きなんかと、湧いてきた興味のままに聞いてみたんやけども……。

「巳継さんが描いてくれた絵です! あの絵、私いちばん好きです!」

「んぐっ」

 そない真っ直ぐにそんなこと言われたら、どうあっても誰だって照れるやろってなくらいに神さんがそれを伝えてきて。

 うちはガラにもなく、なんや一瞬で頬がやたらと熱くなってしまう感覚に襲われた。

「一学期の中間テスト前に私のこと描いてくれたじゃないですか! あの絵のおかげですごい元気もらいましたし!」

「そ、そか……」

「お母さんにも見せたんですけど『すごい良い絵だね』って言ってましたもん! 部屋にも飾ってますし!」

 それやのに神さんは勝手に照れくさってるうちのことなどお構いなしに、手心くわえてくれることもなく、えらい褒めまくりよる口は閉じてくれんし。

 これでも公募やらコンテストで受賞歴あるし、周りから『上手い』だ『才能ある』だとかって褒め言葉はそこそこ貰ってきた自負はあるんやけど。

 うちが描いた絵をこない素直に思いきり『好き』とか言われたことはなかったし、そりゃまぁ照れちゃうのも仕方ないやろって話なわけで……。

「私やっぱり、巳継さんの絵がすごいすっごい好きです!」

「も、もうわかったて……ありがと……」

 さっき廊下でバッタリ会うたのも、なんか猫西(ねこにし)センセから呼び出されて職員室に向かってたらしく。

 話しながら辿り着いた職員室に入ってった神さんの背中を見送ったあと、うちも踵を返して教室に足を向けたんやけども。

「いや、恥っず……」

 文化祭に向けてやる気だすために美術館に行く前から、単純にもほどがあるやろってほどに絵ぇ描くモチベが上がっていくのを感じながらも。

 うちは少し先に生まれた予定を、はたして飄々と余裕をもって乗り切ることができるのかが、少し不安になってしまったのやった。

 

◆◆◆

 

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