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神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
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第二七五話 戌とグラジオラス

 

◆◆◆

 

 申輪(さるわ)さんがスマッシュを決めたことでわたしたちのペアはマッチポイントを取って、新人戦の最後の試合も勝って終わらせることができました。

 ネット前で整列して相手のペアの方たちに挨拶しながら、心の中では勝てた喜びよりも、緊張してた試合からようやく解放されたという安堵の方が大きくて。

 挨拶を終えてベンチに戻る途中でも、肩から力を抜きながら胸の中でホッと一息ついていたのですが……。

戌丸(いぬまる)さん! やったな!」

「はい。ありがとうございました」

 申輪さんが歩きながら手のひらを向けてきたので、わたしもパシンとハイタッチして応えながら、さすがにお礼を伝えさせていただきました。

 今日ずっと申輪さんが積極的にポーチに出たりと攻めてくれてて、どう考えてもそのおかげでわたしたちはここまで勝ってくることができた気もしてますからね。

 ベンチに戻ると顧問の大鰐(おおわに)先生たちが迎えてくれて、状況を聞くと部長たちも勝てたとのことで。

 団体戦なので三組中の二組が勝てばいいわけですし、わたしたちのペアも勝ったから、これでひとまず新人戦の優勝も決まったようでした。

 たとえ地域の大会といえども、とりあえず念願の新人戦優勝を果たすことができて、ようやくジワジワと嬉しい気持ちが湧き始めつつあったものの。

 三番手の試合がまだ終わっていないので、優勝を喜ぶよりはまず応援せねばと、ほかの部員の子たちと一緒に応援に加わったのでした。

 

◇◇◇

 

 最後の試合も終わって、そして今の試合が決勝戦だったこともあり、このあと閉会式などを行うとのことで。

 ただその準備のため、一旦はしばらく空き時間ができるようですね。

 閉会式が終わったらすぐ帰れるように支度をしたり、あとは念のためお手洗いを済ませといたりしようかなと考えながら。

 わたしたちの学校用のスペースとして確保していた、荷物を置いたり休憩するための場所に向かうその途中で……。

「ねぇ……あれ不審者かな」

「うわっ、ホントだ。覗きとか? 先生に言った方がいいよね……」

 ほかの学校の子たちが話していた、そんな不穏な会話が耳に入ってきました。

 今日は女子ソフトテニス部の大会でしたし、負けてしまった学校の方たちですでに帰宅しているところもあるとはいえ、それでもまだ女の子はたくさん残っているわけで。

 そんな女子高生をコッソリ観察したり、さらにはあろうことか盗撮したりと、そんな不届者がどこかに隠れていたのかもしれません!

 せっかく新人戦で優勝できたのに、そんな喜ばしい日に水を差してくるような不審者に憤りを覚えつつ。

 (くだん)の不審人物を発見した女の子たちの視線を追って、わたしもその姿を確認してやろうと思ったわけですが……。

 はたして向けた視線の先には、たしかにどこからどう見ても不審者にしか見えない格好の人影が、校舎に半身を隠しながら双眼鏡をキョロキョロと動かしていたのでした。

 う、うわぁ……あんなわかりやすく、まるで『不審者のコスプレをしてますよ!』みたいな出立ちの不審者が、今日日ほんとうに存在するなんて……。

 目立たないようにか全身黒づくめですし、身バレ防止のために帽子やマスクで抜かりなく顔を隠すような工夫までしてますし。

 誰が見ても『怪し過ぎんだろ……』という感想しか出てこないほどに、視線の先にいたのはまさしく不審者や変質者のそれでした。

 あれはたしかに大人に報告した方が良いのではなどと思案しつつ、もっとしっかりその特徴を確認しようと目を凝らしたのですが……。

「……あれ?」

 細部をよくよく確認するごとに、なんか知っている女の子じゃないかとジワジワ察しだしまして。

 身体のサイズとか、その至る部分の華奢さとか。帽子からこぼれてる髪の色や長さの感じとか。

 散々っぱら怪しいだなんだと思ってた不審者が、なんか神さんにしか見えなくなってきていたところで。

 タイミングよく双眼鏡を下ろして、そのお顔が見えた瞬間……。

「すいません! あの人わたしの友だちなので不審者じゃないです!」

 あわや通報でもされようものなら大事件なため。

 先ほど不審者を発見して不安がっていた他所の学校の子に向けてそれだけ言葉を残しつつ、わたしは慌てて駆け出したのだった。

 

◇◇◇

 

 距離が近づけば近づくほど、不審者に見えた人影は間違いなく神さんであるという確信が強くなっていきました。

 どうしてこの学校にいるのかは、多分わたしたちの応援に来てくれたという理由しか思い当たるものがなかったのですが、そのためにここまで来てくれたのだとしたらすごく嬉しくて。

 さっきまで試合で走り回っていたはずなのに、その疲れも感じることなく、一分一秒でも速く神さんの元に辿り着くためにタッタカと駆けていき……。

「神さん!」

「ぅいやぁ!」

 その名を呼べば、聞き間違えるわけもない神さんの声が耳に届いて安心しました。

 ここまで走ってくる間にも神さんはずっと双眼鏡を覗き込んでましたし、不意に声をかけられたためか、とても驚いている様子でしたが。

 そこにいるのがわたしだと認めた途端に、神さんもホッとした表情を浮かべたあと、いつどこで見ても可愛いと思わせてくれる笑顔を向けてくれたのでした。

「い、戌丸さんでよかった……急に話しかけられたからビックリしたよぉ」

「驚かせちゃってすいません! でも、あの、どうしてここに? もしかして応援にきてくれたんですか?」

「あっ、えっと……うん」

 想像どおりの答えが返ってきたものの、神さんはバツが悪そうに表情も言葉も濁しておりまして。

 わたしの反応を窺うようにキョロキョロと視線を動かしながら、手元では双眼鏡をいじくり回したあと。

「あの、勝手に応援とか来ちゃってごめんね……」

 イタズラしたのがバレて怒られるのを怖がるような、そんな気まずそうなご様子で。

 むしろこちらとしては感謝してもしたりないくらい嬉しいのに、なぜか神さんは応援に来てくれたことを謝ってきました。

「いえいえいえ! とても嬉しいです! すごくすごく嬉しいです!」

「ほ、ほんと?」

「はい!」

 百合花女学園からは多少なりとも離れたこの学校まで、しかも昨日は体育祭があって疲れてるでしょうし、ゆっくり休んで過ごしたくてもおかしくないはずなのに。

 それでも神さんはわたしたちの応援に来てくれたのですから、いま伝えた気持ちに嘘とかお世辞なんて全くないに決まってるじゃないですか!

「よかった。許可とかもらってなかったし、だからコッソリ応援しに来たつもりだったんだけどね……」

「コッソリですか……あぁ、なるほど!」

 人知れず『コッソリ』と応援するために、神さんはきっとこのような格好をしていたのでしょう。

 たしかに身につけているものも、一個いっこだったり、もっと控えめであれば自分の正体を隠すのに一役かってくれるかもしれませんし。

 ただまぁ……全身真っ黒で、帽子もマスクも眼鏡もつけて。

 さらには物陰に潜んで双眼鏡で覗くなどなど、全部のカモフラージュ要素を詰め込んでしまったがゆえに、残念ながら怪しさが何倍にも増しちゃってましたが……。

「遠くから見たらまるで不審者みたいに怪しかったので何事かと思いましたが、そういう理由で不審者みたいな格好なら納得です! ほかの学校の子が『不審者がいる』って話していて『あっ、ホントだ』って思ったんですが、不審者じゃなくて神さんで安心しました!」

「うぅ……あんま不審者って何度も言わないでよぅ」

「あっ! ごめんなさい!」

 わたしの配慮が足らず、思ってたことをありのままツラツラとお話ししてしまったせいで、神さんをショボンと落ち込ませてしまいました。

 いけないいけない。たとえやり過ぎなきらいはあったとしても、別に神さんは意図して不審者のような格好をしようとしたわけではないんですもんね! 言葉を慎むべきでした!

「それでね、あの……もう試合って全部おわっちゃったんだよね?」

「あっ、はい! 今さっきの試合が決勝戦でしたので」

 気を取り直してくれたのか、あるいは、もう今の格好の件については触れないでほしいのか。

 一呼吸おいたあとで神さんは、おそらくわたしたちが今いちばん話題にすべきだった新人戦の話を切り出してくださって。

 わたしも、どうあっても気にはなってしまう神さんの特徴的な格好の件は一旦考えないように努めつつ、その話題のレールに同乗するようにお返事しました。

「やっぱりそうだよね。うん……それでね、あの、戌丸さんたちの結果って……」

「はい! わたしたちの学校は優勝できましたよ!」

「えっ!? ほんと!?」

 あらためて自分の口から『優勝した』って、その報告をしたおかげか。

 決勝戦に臨んだ際の残滓のような緊張感とか、直後に不審者みたいな格好の神さんを発見したこととか。

 そういったアレコレによって、『待て』をされていたみたいにわたしの心のどこか隅の方に避けられていた『優勝した』という実感が、胸にフツフツと少しずつ湧いてきまして。

 そんな感動を抱いているわたしに向けて……。

「よかった! 戌丸さん、おめでと!」

 神さんが輝かんばかりの笑顔とともに届けてくれた、そのお祝いの言葉のおかげで。

 わたしの中で顔をみせはじめた実感や嬉しさたちは、さらに何倍も大きいものに膨れていったのでした。

 

◇◇◇

 

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