第二十七話 子と丑は仲が良い
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「……ぅしさん。今丑さん」
最近聞き慣れつつあるその声で目を覚ますと、ベットで寝ていた私を覗き込む子日さんの小さな顔があった。
「……んん」
「あっ、ダメですよ、また寝ようとしちゃ! 大浴場しまっちゃいます!」
なんとかかんとか私を引き起こそうと頑張っているけれど、私は体が大きくて子日さんはかなり小さめである。
うぐぐと頑張っていはいたものの、私の身体は数センチ持ち上がっただけだった。
「起きてぇ……!」
「……起きる。起きるから。ごめんね」
流石に申し訳なくなったから、観念して起き上がった。少しでも仮眠できたことで眠気もちょっとは解消されたし。
というか大浴場を利用しなくても、私は部屋のシャワーで構わないんだけどとは思いつつ、それを口にすることはしなかった。
子日さんは大浴場の広い湯船が好きらしく、私をよく誘ってくる。よく、というか毎日なんだけど。
一人で行ってきても良いのにと入寮したてのころには思ったこともあったけれど、同年代くらいの人やらたくさんの人やらに裸を見られるのが恥ずかしいと思う子たちも結構いるらしく、子日さんもそういう子らしかった。
だからルームメイトの私と一緒に大浴場を使うことで、少しは羞恥心とか気まずさとかを紛らわしているんだろう。
私はそんな恥じらいなんて全然感じないから、そういう子たちもいるってのは入寮してから初めて知った。
そんで、『いつも子日さんにはお世話になってるし』とご一緒するようになってからというもの、たびたびお供させられているのである。
「ほら! 今丑さんの分の着替えもタオルも用意しときましたよ! 行きましょう!」
なんともまぁ輝かんばかりの可愛い笑顔である。この顔をされたら文句も言えずについていくしかないよ。
2人で着替えやらの入ったバックを持ち、部屋から出て大浴場に向かう途中。
「あの、今丑さんって食べるの好きですよね?」
子日さんがおずおず、といった感じで確認してきた。聞いてくるのではなく、確認といった感じ。
だって朝昼晩いつも一緒にご飯してるし。子日さんの苦手なものもよく食べてあげてるし、子日さん少食だから残しそうな分もよくもらっているし。
私がよく食べるヤツだって、この寮で一番理解しているはずだ。
だからきっと今のも本当に話したいことではなく、本題の前の、念のための確認なんだろう。
「うん。好きだよ?」
「それなら……あの、甘いものとかも好きですか? 結構たくさん食べれたりとか……」
なるほど。こっちが本題か。
「女子高生だったら、みんな甘いものなんていくらでも食べれると思うけど、私はさらにその倍は食べれるよ。甘いもの、すごい好きだし」
「そうですか!? あの、それじゃあ……今度お菓子を作ろうと思うんですけど、作ったら食べてくれたり、とか……」
「食べる。絶対に食べる」
不安そうに話し始めるから何事かと思ったけど、そんな話なら大歓迎だよ。
子日さんは私と違ってすごい女の子らしいし、お菓子作りなんてあまりにもピッタリすぎる趣味だな。
「そんで、何作るの?」
自分達で作る定番のお菓子っていったら、クッキーとかマドレーヌとか、もしかしたらケーキとかかも。
でも今はネットでいくらでも作り方なんて調べられるし、わりと作りたいものなんでも作れちゃうんだよなぁ。
「……あの、まずなにを作ればいいと思います?」
「……ん?」
その後お風呂に並んで浸かりながら、くわしく聞いたところ。
私の想像は見当違いも見当違い、子日さんは今まで一度もお菓子作りなんてしたことがなかったらしい。
「それで、土日は申請を出せばキッチンを借りられるって、クラスの子に教えてもらったんです。それでお菓子を作ってみようと……」
「なるほどねー。なんか勝手にお菓子作りとか得意そうって思ってたよ。新しい趣味とかで始めたいの?」
本当に他意もなく何気なく聞いたつもりだったんだけど。
子日さんはなんか気まずそうに、私に何かを言うか言うまいか悩んでる様子だった。
そんな様子を数分ほど眺めながら、気持ちのいいお湯に浸かっていると。
「……くわしくは恥ずかしいのでアレなんですが、ちょっと前に助けていただいた人にお礼をしたくて」
「それでお菓子を渡そうと」
「……はい」
そりゃまた、なんとも可愛らしい理由である。
頬が赤いのもお湯でのぼせたせいではなく、恥ずかしいながらもそのワケを話してくれたせいだろう。
そんなイジらしい子日さんを見ちゃったら、もちろん断るつもりなんてなかったけれど、試食くらいいくらでも付き合ってあげようと思った。というか断るもなにも、私にとって良いことしかないし。
さらにそれだけじゃあなく。
もっとお手伝いしてあげたいなとも思ったから、私は自然と口を開いていた。
「もし良かったらだけど、教えてあげようか? 簡単なお菓子の作り方とか」
「えっ!? 今丑さん、お菓子作りしたことあるんですか?」
「まぁ、ちょっとだけだけど。あんま期待はしすぎないでね……」
自分で作れたらいつでも好きな時に好きなもの食べれるじゃんと、一時期お菓子作りにハマっていた時期があったけど、まさかその経験がこんなときに活かせるとは。
母に教わったり本を読んだりしていたけど、なんかやっぱ面倒だなと思い始めて、受験を機に一切やらなくなったんだけどね。
それでもクッキーとか簡単なお菓子だったら、事前にちょっと調べとけばまた作れるだろうし。
「ほぇー……すごい……」
「いや、ぜんぜんだよ。素人レベルだからホント」
子日さんにキラキラした目で見られるのも、なんかこそばゆかった。最近お世話されてばっかだったし。
でもまぁ今までお世話になったり、これからもお世話してもらうお礼もできるんなら、私としても願ったりだろう。
「そんでキッチンはいつ借りられるの?」
「あ、実はさっき、今度の土曜日に申請してきちゃってまして」
土曜日なら空いてる。てか割といつでも空いてる。休みの日なんて寝ているだけだし。
あっ、そいや部活どうしよ……そろそろ決めないと。
土日は休める部活にしないとな。寝ていたいし。まぁ今はいいか考えなくて。
ひとまず今度の土曜ってことなら、どうせ寝て過ごすだけだろうし、『その日なら空いてるよ』と答えようと思ったのだけど……。
「土曜の朝9時からなんですけど」
「やっぱ無理……」
予約した時間を聞いて、一気に無理難題なミッションへと昇華してしまったので断らざるをえなくなった。
なんつぅ時間に予約とってんだこの子。休日の朝9時に起きてる学生なんてこの世にいないっての。
そんな冗談はさておき、多分その前後は朝昼のご飯の支度とかあるので、午前はその時間しか空いてないのかもしれないけれど。
んじゃなんで午前にしたの? 午後は予約が埋まっちゃってたの?
まぁ何はともあれ、残念だけど私から教わるのは諦めてもらおう。休みの朝なんか、朝ごはん抜かしてでも寝ていたいし。
大丈夫。ネットで検索すればレシピなんていくらでも出てくるから。便利な世の中だから。
さてと……話も終わったし、そろそろお風呂から上がるかと立ちあがろうとしたところで。
その力をさっき私を引っ張り起こす時になんで出さなかったのと、そう思うくらいの力でグワシッと私の肩を掴んだ子日さんのその手と……。
「……何があっても叩き起こしますから。よろしくお願いしますね。せんせい?」
その言葉のあまりの圧に屈せざるを得なかったために、休日早起きクッキング教室への私の強制参加が決まってしまったのだった。
マジかよ……。
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