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神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
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第二五一話 申とガイラルディア

 

◇◇◇

 

 お互いに抱えていた気持ちを戌丸(いぬまる)さんと伝え合うことができたおかげで、最近ずっとモヤモヤしていた心が軽くなった気がした。

 でもまだ足の怪我の具合とか、新人戦のための練習とか、行事委員の仕事のこととか。いろいろと頑張んないといけないことがなくなったわけじゃないけれど……。

 それでも、今の軽くなった気持ちでなら、なんとか乗り越えられるんじゃないかって思った。

「あのさ、二人とも……」

 そんなわたしと戌丸さんに、たぶん神さんと同じでわたしたちが話し終わるのを待ってくれていた大鰐(おおわに)先生が声をかけてきて。

 呼ばれた声に応えるように向けた視線の先では、眉根を下げて落ち込んでるような表情が大鰐先生の顔に浮かんでいた。

申輪(さるわ)さんも戌丸さんもたくさん悩んでたこと、気づいてあげられなくてごめんね。私、ソフトテニス部の顧問なのに……」

「い、いえいえ! わたしたちがちゃんと相談しなかったのが悪いんですし!」

「そうそう! 大鰐先生はなんも悪くないし!」

 ペコリとわたしたちに向かって頭を下げた大鰐先生の姿と言葉に、戌丸さんが慌てながら返事をしてて。

 わたしも同じ気持ちだったから、大鰐先生のせいなんかじゃないって、戌丸さんに続けて言葉をかえした。

「あと、ソフトテニスのこととか詳しく指導できなくて、それも申し訳ないんだけど……」

 頭を上げた大鰐先生は、それでもまだ申し訳なさそうな顔をしていたのだけど。

 わたしと戌丸さんにそれぞれ視線を合わせたあと……。

「ふたりが……いや、ほかの子たちもみんなが楽しく部活できるように、もっと頑張るから」

 そう言って向けてくれた大鰐先生の表情は、まだ子どものわたしたちにはきっと浮かべることができないようなもので。

 頼りたくなって、信じたくなって、カッコよく見えて。

 大人だからこそ、先生だからこそ……浮かべることができるような表情にも思えた。

「やっぱり大鰐ちゃんはいい先生ね」

 鷲北(わしきた)先生が大鰐先生のそばに近寄って、励ますようにそんな言葉をかけながら背中をポンポンとたたいてから。

 今度はわたしたちにも優しい色のこもった瞳を向けてくれながら……。

「もし友だちとか顧問の先生にも話しづらい悩みがあったら、私がいくらでも聞くからね。大鰐先生も私も、それにほかの先生たちだって……生徒のみんなが楽しく生活していけるなら、いくらでも協力したいと思ってるから」

 そんな言葉にあわせて、フワッと柔らかく微笑んでいて。

 大鰐先生も鷲北先生も、それにきっと猫西(ねこにし)先生やほかの先生たちも。

 ちゃんと考えれば当たり前のことだったのかもしれないけれど、この学校の先生たちはみんな、中学の頃にわたしが叱られることを恐れていたコーチや顧問の先生とは全然ちがう大人たちで。

 それに、まだ子どものわたしとちがって、自分の仕事の責任の取り方とかもちゃんと理解していて……。

 ひとりで盲目的に仕事を抱え込んでしまっていたわたしは、きっと目の前の先生たちをお手本にしながら大人になっていくべきなんだなって、何故かふとそんなことを思ったのだった。

「さてと、それじゃあそろそろ病院行きましょうか」

 思ったよりも長い時間をかけて話し続けてしまって。

 それはとても大切な話ではあったし、まだまだ話したいことか、話さなきゃいけないことはたくさんありそうな気がする。

 だけど病院には行かないといけないから、鷲北先生に身体を支えてもらいながら、わたしは椅子から立ち上がった。

 鷲北先生の車に乗って病院に行って、そのあと寮まで送ってもらうことになるんだろうな。

 そのあいだ、戌丸さんは部活に戻って練習するのかな。

「戌丸さん。新人戦、がんばろうね」

 一旦のお別れ……と言っても、数時間もしたら寮で顔を合わせることはできるだろうけど。

 それでも最後に一言、その言葉だけは残していきたいって思った。

「はい。優勝は目指して、だけどなるべく楽しめるように……一緒にがんばりましょう」

 こんな風にスッキリした気持ちで戌丸さんと笑い合えていること、今朝の自分に伝えたら驚くかな。

 戌丸さんがずっと、わたしのことで悩んで、練習を頑張ってくれていたことを知ることができた。

 わたしが今なによりも大切にしたいと思ってることを、戌丸さんに知ってもらうことができた。

 『ごめんね』ばっかりじゃなくて、『ありがとう』を伝えることもできたし……。

 あっ、いやでも、どうしても『ごめんね』って謝んなきゃいけないようなことは依然としてあって。

 新人戦に向けて、部活の練習を今まで以上に頑張りたいとは思っているものの。

 足の怪我のこともそうだけど、行事委員のお仕事もあるから、練習時間の確保がどうしても少なくなってしまうことを戌丸さんに謝ったんだけど……。

「あっ、あのね申輪さん! それなんだけど――」

 そう話しかけてくれた神さんや、一緒に神さんの話を聞いた戌丸さんといくつか言葉を交わしてから。

 鷲北先生に支えられながら車に乗って、わたしは病院に向かったのだった。

 

◇◇◇

 

 そして、病院から寮まで鷲北先生に送ってもらって、夕ご飯やら何やらを済ませたあと。

 神さんが送ってくれたメッセージを読んで、寮の談話室に顔を出したのだけど……。

「はやく言ってよ〜! 気づいてあげられなくてごめんね〜! うぁーん!」

 この場所に集まってから開口一番にそんな言葉を向けられながら、わたしは卯月(うづき)さんに抱きつかれていた。

 いきなり『ごめん! ごめん!』と何度も謝られてしまって、わたしも流石に面食らってしまったけれど。

 ほかの子に話を聞いたところ、新人戦のことやら足の怪我のことやら。

 わたしが病院から戻ってくるまでに、神さんや戌丸さんがクラスメイトのみんなに共有してくれたらしくて……。

 さらにはわたしが部活に参加できる時間をもっと確保できるように、行事委員の仕事をみんなで手伝おうって提案までしてくれてたらしい。

 だから、入寮してからこんなこと初めてだったんだけど、談話室にはクラスのみんなが集まってくれていて。

 わたしと戌丸さんが練習に専念できるよう協力するって、みんなが申し出てくれたのだった。

「ほんと水臭いっての。逆の状況だったら、こっちが頼む前から首つっこんでくるだろ」

「あ、うん。ごめん……」

 呆れたような、だけどどこかホッとしているようにも見える表情をした虎前(とらまえ)さんに優しく怒られて。

 でもやっぱりまだ少し、自分の仕事なのにみんなを巻き込んじゃうことへの罪悪感があって、つい謝ってしまったんだけど。

「だからいつものオサルやったらそんなヘナヘナ謝らんやろ! いつもの元気はどしたんやー!」

「ちょっ、くすぐんないで! もう大丈夫! 元気だから! あはは!」

 巳継(みつぎ)さんはいつも通りに絡んできてくれて、わたしの心に浮かんだ『申し訳ない』って気持ちを追っ払ってくれたし。

「申輪さんだけ大変だなんて、そんなのみんな嫌みたいなの。だから私たちにも手伝わせてほしいな」

「足の怪我で不便なことも……同じ部屋ですし、いつも申輪さんにお世話してもらってますし。私にたくさんお手伝いさせてくださいね」

 いいんちょーも、ルームメイトのとりっぴーも、それにほかのクラスメイトのみんなも。

 ずっと『自分でなんとかしなくちゃ』って思ってたのが恥ずかしくなるくらい、わたしを手伝おうとしてくれていて。

 戌丸さんとのわだかまりがなくなってスッキリしたり、気持ちを変える余裕がでてきたからなのかもしれないけれど。

 昨日までは拒み続けていた親切も、素直に感謝して受け入れることができそうだった。

「あっ、でも、行事委員じゃない人に手伝ってもらって大丈夫なのかな……」

「だいじょぶ! 先輩にはちゃんと聞いてきたし、オッケーも貰ってきたから!」

 そのあと卯月さんが話してくれた限りでは、先輩たちもクラスの子に手伝ってもらったりは普通にしているっぽくて。

 一年生のわたしが知らなかっただけで、去年までも行事委員だけじゃなくて、他のたくさんの子たちも一丸となって作業しているらしかった。

「でも会議とかだけは申輪さんにも参加してもらった方がいいかもなんだけど……」

「ぜんぜん大丈夫! 他の作業を手伝ってくれるだけですごい助かるぞ!」

 卯月さんが確認してきてくれた話の最後で申し訳なさそうに言ったことも、わたしにとってはむしろありがたかった。

 行事委員としての全部の仕事を投げ出すのは嫌だったし、一応はクラスの代表として、それくらいの責任は果たさせてもらいたいし!

 病院のお医者さんには数日間は安静にって言われたから、そのあいだ部活の練習で激しく動いたりはできないだろうけれど。

 それでも練習としてできることはあるし、みんなに手伝ってもらえるなら作業の引き継ぎをしなきゃいけないこともあるだろうから、いくらでも効率的に時間を使うことができると思う。

 足の怪我が治ってから新人戦までの数日間、行事委員の仕事に割いていた時間が減って、今まで以上に練習を頑張れるだけでも全然ちがうし。

 それは練習時間のこともモチロンあるけど、気持ちの面での良い変化がなによりも大きくて。

 昨日までに抱き続けていた戌丸さんへの申し訳なさとか、どんな選択や判断が正解なのかって悩みがなくなるのが、とてもありがたかった。

「よぅし! それじゃあと一週間! みんなで協力してガンバろー!」

「おー!」

 卯月さんに合わせて、みんなで掛け声をあげながら。

 優しくて大切なクラスメイトと、晴れやかになった気持ちのおかげで、わたしは自然と笑顔を浮かべることができたのだった。

 

◇◇◇

 

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