第二十五話 神は思い当たる
◇◇◇
神家と寮母さんとの挨拶が終わり、面談はメインとなる寮生活の話に移っていた。
「寮生活の基本的な説明は以上になります。ここまでで、何かご質問とかはありますか?」
食事や大浴場の時間、寮室やランドリーや談話室といった寮内設備の説明を受けて、お母さんと寮母さんの視線が私に集まる。
「い、いえ。大丈夫です……」
さっきまでの醜態により萎縮していたのもあるれけど。
それ以上に、話で聞いただけでは全然寮生活のイメージが湧かず、したい質問も思い浮かばなかった。
具体的な説明を聞けば少しでも現実味が生まれるかな、なんて思っていたけれど。
今まで私の暮らしていた世界と違いすぎて、なんか異国でのお土産話を聞いてるような感じだった。
いやまぁ今までの私の世界なんつっても、自宅マンションだけで構築されたちっぽけな世界なわけだけど。
マジでこの3年間、まったくお外に出なかったし……。
「そう? 何か質問したいことができたら、すぐ聞いてくれて良いからね? もちろん入寮後にも、困ったことはバンバン頼ってくれていいから」
あ、優しい。しゅき……。
バンバン頼ろ! いろんなことお願いしちゃお!
とはいうものの、私は世間の事を結構勉強しているので、社交辞令とかいう大人の使う処世術があるのも知っている。
言われたことを鵜呑みにしてると、実は間違いで疎まれるとかいう、恐ろしい引っかけ問題を大人たちは吹っ掛け合っているらしい。
大人なんて良い人そうに装って、実はなにを考えているか分かんないことあるからな。私がまだ外を歩けていた頃には、そんな人もゴロゴロいたし。
寮母さんの言葉通りに色々お願いして良いのか、ただの社交的なおべっかで、本当は面倒かけちゃダメなのか。どっちを信じれば良いんじゃろうか。
その判断をするには、私の人付き合いのスキルも経験も、あまりに足りなさすぎてわかんなかった。
「では、これからはお二人からの話をお伺いしたいのですが……親元を離れての生活となりますけれど、ご心配なこととか、不安に感じられていることなど、何かございますか?」
私が社交辞令の難しさについてうーんうーんと悩んでいると、いつの間にやら本題も本題、本日のメインテーマである面談フェイズへと話が移っておるし。
そんなん、寮生活で心配なことなんて、一から百まで全部である。マジで何から何まで不安しかない。
「あ、えっと。えっと……」
「……この子、いままで、あまり普通とは言えないような生活を送っていたんですが……」
ただ『全部ですー』なんて言っても困らせる事この上ないだろうしと悩んでいると、お母さんの方が、私の代わりに口を開いた。
「過去に色々あって中学校に通ってないんです。この3年ほど、私としか会話もしてなくて……だから母親としてはとても心配で……」
別に今まで、お母さんがお母さんであることに不満を抱いた事なんて一度もなかった。
私にとっては優しくて、大事にしてくれて、心の底から最高のお母さんだった。
お母さんは『私のお母さん』として、精一杯がんばってくれていたんだと思う。
「私から離れて上手にやっていけるのか、寂しかったり悲しんだりせず、楽しく生活できるのか……」
だけど私を見つめながらもそう不安を吐露するお母さんは、今まで見た中でいちばん母親らしいというか。
私を心の底から心配してくれていること、それを迷うことなく確信できて……。
「だから、どうかこの子のこと……よろしくお願いします」
そう言って、寮母さんに深々と頭を下げたお母さんからは。
なんて表現したらピッタリなのかはわかんないけれど、一番近いのは多分……慈しみとかそんな感じの愛情を感じた。
「……はい。神さんが楽しく生活できるよう、私も尽力させていただきます」
なんか、もうダメだった。
そんな姿を見せられて、これからお母さんから離れて暮らすんだって、そう自覚してしまったら……。
「ありがとうございます。そう言って頂いて、私も安心しました……アンタも頑張んなさいよ?」
「……無理。私、入学するのやめる」
私の発言に面食らった二人は、私の顔を見てさらにビックラ仰天していた。
私がヤベェレベルで涙を流していたからである。
「……うぅ、お母さんと離れるのヤダぁ! 入寮しないぃ! 学校も入らなくていぃっ! ずっどお母ざんと一緒にいるぅ!!」
お母さんの腰に抱きついてワンワン泣いちまった。
私ももう15歳なんやけどね。ただもう今生の別れレベルで寂しかったもんだから、恥も外聞も余所にうっちゃってワンワン泣いたね。ワンワンね。
「いやアンタ、学校楽しみって言ってたじゃない。友だちも作りたいって鼻息荒く言ってたのに……ちょっ離れ、離れて! 恥ずかしいでしょ! アンタもう高校生になんのよ!? 離れ、恥ずかしいっての!」
「楽しみじゃないもん! 本当はメチャクチャごわいもん! じらないひとと同じへやとか絶対無理だもん! がっごづけて言ってただけだもん!!」
私のあまりの乱れようとか、恥ずかしさの極地である幼子ムーブのせいで、さっきまでの慈しみだかなんだかの愛情はどっかいっちまったらしい。
ババァの声には呆れが混じり、私がこんなにもお母さんを想って可哀想に泣きじゃくってるのに、とんでもねぇババァの腕力を持ってして私を引き離そうとしてやがった。
実の娘に向かって何たる仕打ちだよ。私のみっともなさのせいだとしても、感動させとくだけさせといて、先に冷めるのはズルいじゃん。
「あの、大丈夫です? ちょ、あの、一旦落ち着いて?」
寮母さんは多分、であれば救いがあるけれど、いやこれ確実に引いてるか。
初対面の親子の痴態にドン引いていた。
「すいません、ホントすいません。あの、ウチの子ホントに大丈夫でしょうか? 今までろくに友だちもいなかったし、見ての通り幼くて社交性も皆無ですし、同室の子に迷惑かける気しかしないんですが……」
「んじゃおがあざんと同室になるぅ! ババア以外は無理ぃイタタタタ! おがあざんに迷惑がけるぅ!!」
『おいババァ、今の社交性ウンタラはまさかとは思うけど実の娘についての所感じゃねぇよな』とも心の底で思ったものの。今は悲しみのどん底に沈んでいたので、私は一人泣き喚き続けてた。
ちなみに心の底の声がちょっと現実に漏れたところで、ババァにほっぺ捻られた。
「それは多分、はい。あの、大丈夫だと……ちゃんと皆さんの希望などを聞いた上で、部屋割りしますので……」
さっきまではハキハキと快活に話していた寮母さんは、私がお母さんの腰に抱きついている間にどっか行っちゃったらしい。別の担当者が来て、戸惑いとか不安とか煮詰めた感じで、気まずそうにモゴモゴと言葉を濁していた。
ちらっ。アレ、寮母さんのままだぞ? おかしいな?
誰のせい? ウチのママンのせいかな?
「あの、ひとり部屋とかは……」
「基本的には3年生までは2人部屋なので……すいません。滅多にないんですが、定員割れや入学辞退みたいな人がいない限りは……」
「そうなんですね……それは、すいません……」
「いえ……」
そのあと、私を腰に引っ付けたお母さんと寮母さんはいくつかの話をしてて。
私はその間もスンスンと鼻を鳴らしているうちに、いつのまにか入寮面談の幕が降りていたのだった。
◇◇◇
なるほどね。
なるほど確かに、そんなこともありました。はい。
……ひとり部屋なんて滅多にないって、そう言ってたじゃんかよぅ。
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