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神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
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第二四二話 馬とワサビ

 

◇◇◇

 

 朝もまだ早い時間、ちょっと緊張しながらドアをノックしたものの、部屋の主からの返事はかえってこなかった。

 たぶんまだスヤスヤと夢の中にいるんだろう。

 朝に練習しようと伝えたら、少し渋りながらも『起きてなかったら……寝てるかもしれません』とかなんとか、よくわからない当たり前のことを昨日言ってたしなぁ……。

 部屋の主からの許可はもらっているので、私は肩に入った力を抜くために小さな息を一つこぼしたあと……。

「神さん? はいるよ?」

 不用心にも鍵はかかっておらず、すんなりとドアは開き。

 いちおう一声かけた上で入室すると、想像していた通りに神さんはベットの上で気持ちよさそうに眠っていた。

 起こすために部屋に入ったはずなのに、そんな目的に反して私の足は物音を立てずにススっと動き、神さんのすぐそばまで近寄って。

 どれくらいの時間、その寝姿を見つめていたのかは定かじゃないけれど。

 こんな風に延々と眺めている場合じゃないと気づいた私は、謎に後ろ髪を引かれる気持ちに抗いながらも、目を覚ましてもらうために神さんの身体をユサユサと揺らした。

「神さんおはよう。ほら、起きて?」

 マクラと神さんの髪が奏でるスサスサという小さな音を聞きながら、瞼が開くまでしばらく揺すっていたんだけど。

 可憐な瞼は閉店後の自動ドアのように強固に閉じられたままで、その奥の瞳が姿をみせる気配は一向にみられなかった。

 神さんを起こしにくるのなんか初めてのことだったし、寝起きの良し悪しも全然知らなかったんだけど、この子はもしかしたら想定外にお寝坊さんなのかもしれない。

「神さーん。走る練習するんでしょ?」

 今まで知らなかったこの子の一面を知れたことや、意外な朝の弱さに微笑ましさを感じて、ついつい小さな笑いをこぼしつつ。

 これは約束していた体育祭の練習をするために必要なことだからと、そんなしょうもない理由を頭の中で念じながら。

 細々とした肩や二の腕とか、耳とか頭とかをサスサスと撫でてみたり。

 プニプニしているわき腹とかほっぺをツンツンと突いていると……。

「う、うぃぃ……」

 ちょっと顔をしかめながら変なうめき声をあげた神さんが、目を覚ますでもなく、私のイタズラを避けるためかゴロンと寝返りをうってペタリと壁に張りついた。

 神さんから今までになかった反応が返ってきて、私も少し我を取り戻すことが出来たようで。

 『いけない、いけない』とイタズラに夢中になりかけていたことを恥じた上で、ここまでやってきた目的を果たすためにも、ちょっと強引に起こす決意を固めて……。

「ほら、頑張ろう! 練習するんでしょ!」

 神さんの両脇に手を差し込んで、無理やりベッドから引っ張りだそうとしたのだけれど。

 ズルリと大きく身体が動いたことにより、多少は神さんの意識も起き出してくれたのか。

「あさ……朝だから……」

 本日はじめてとなる意味のわかる言葉が、ようやく神さんの口から転がり出てきてくれたのだった。

「うん。朝だから起きよ? 準備してごはん食べに行こうね」

 これで神さんもちゃんと目を覚まして、約束してた朝の練習もやっと始められそうだなと安心しながら。

 そのまま神さんの身体をベッドの外まで引っ張って、私が支えながら床にご起立いただこうと思ったのだけども。

 安心して気を緩めた瞬間を狙ったかのように神さんが私の腕の中から抜け出して、クシャッと丸まっていた布団に抱きつながら……。

「いやぁ! おふとん!」

 そんな感じでちっちゃい子どものように駄々をこねたり、潜り込んだ布団にまみれて二度寝を始めようとしだしたせいで。

 そのあとも予想していなかったレベルの寝坊助ちゃんと格闘する時間が、ほんのしばらくのあいだ続くことになったのだった。

 

◇◇◇

 

 想定外の苦労を経た上で、ようやくありつけた朝ごはんは美味しさもひとしおである。

 寮生の姿も少ないために静かで涼しげな食堂の席につきながら、パクパクとモーニングセットのご飯を食べ進めているのだけども……。

「ちがうんです……あの、寝ぼけてて。ホントに、あの……」

 目の前で一緒に朝ごはんを食べている神さんは、羞恥心で頬を赤く染めながらもずっと弁解を続けているせいで、あんまりお箸が進んでいないようだった。

「う、うん。大丈夫だよ。あはは……」

「ちがうんです。六時くらいにちゃんと一回起きたような記憶がぼんやりあるんです。でも二度寝しちゃって……」

 さっきから神さんは一切まったく私と目を合わせようとしてくれず。

 『ちがうんです』という謎の否定も、ここに来るまでの間にもう数えきれないほど口にしているわけだけど。

 けっこうな痴態を目の当たりにしてしまった気まずさを感じつつも、頑張ってフォローの言葉を投げかけている私の努力もあまり効果がなく……。

「二度寝すると、あの……新しい、第二の人生が始まるんです。だから、それで、二度寝してすぐ起こされても、私まだ赤ちゃんっていうか……」

 私が納得できる何かを必死に伝えようとしてくれてるのにごめんだけど、あんまり意味を理解できない弁明が一生つづいているのが今の状況なのだった。

 私は寝起きが良い方だし、どんな時間であっても目覚ましが鳴ればすぐに起きれるのだけど。

 まぁ、朝が弱い子だっているよね……うん。同室の羊ちゃんだって結構なレベルで寝起きが良くないもん。

 神さんはまるで幼児のように駄々をこねて大変だったけど、羊ちゃんは起きたばっかりだと基本的に機嫌が良くなくて、そっちはそっちで大変なんだよな……。

 それに何日か前なんか、まだ早い時間にベッドの上で上半身を起こしてたから『珍しいこともあるもんだ』と感心したのに、その姿勢のままずっと微動だにしなくて怖かったし。

 寝起きのせいでモシャモシャになった髪で顔が隠れてたのも相まって、ほんとに不気味でしかなかったもんな……。

 困ったちゃんなお寝坊さんにもいろいろなタイプがあるんだなと。

 苦労を代価に得た知見は、果たして費やした労力に見合っているんだろうかとか考えちゃいながら。

 その後も羞恥心でテンパっている神さんへのフォローを重ねつつ、朝ごはんもその後の朝の準備もなんとかかんとか済ませた上で。

 体育祭のための朝練習を始める用意を、私たちはようやく整えることが出来たのだった。

 

◇◇◇

 

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