第二三一話 神とガザニア
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海鹿先輩の質問に、思わず即答してしまったわけだけど。
それも別に私の真意から外れた回答というわけでもなく、もっと落ち着いて考えることのできる状況であったとしても、たぶん同じ答えを返していただろう。
だって、生徒会……生徒会ねぇ。
正直いうなら、まったくこれっぽっちも興味がない……というわけではない。
『生徒会』という肩書はすごいカッコいいし、喉から手が出るくらいに欲しいのも事実である。
もしもお母さんに『私、生徒会に入ったよ!』なんて報告しようものならさ?
私のあまりの頑張りとか偉大さとか愛おしさとかで感動したお母さんが、すぐさま私の元に駆けつけて、ヨシヨシなでなでペロペロしながら喜んでくれるかもしれないじゃん。
だけど、たとえそんな魅力があったとしても、やっぱり私は生徒会に入ることはないと思う。
だって全校生徒の前に立って話すとか、私にゃ怖くて無理なんだもん……。
それに国会に提出する書類を作れとか、部活の活動費を集めるために飛び込み営業して寄付金を集めてこいとか言われても、絶対に無理だし……。
肩書だけ欲しいからって、たったそれだけの理由で生徒会に入って。
そんで結局ほかの人に迷惑かけることになるなんて、そんなの絶対にダメでしょうが。
だけどなぁ……やっぱり『生徒会』って響きはカッコいいし、もうペットって役職でいいから特別に用意してくれないかなぁ。
ほら、私ってゴハンもおトイレもひとりで出来るし、きっと手も掛からないじゃん?
生徒会室の隅っこで、ずっと静かにひなたぼっこしてるしさ……ダメか。ダメだね、うん。
流石に生徒会にペットはいらんか。はい。わかっておりますとも。
「えぇー! マジか!」
「は、はい……誠にごめんなさい……」
私のお返事を聞いた海鹿先輩は、とても残念そうなリアクションを見せてくれて。
誘っていただいたのに断ってしまったこと、あと先輩たちが所属している生徒会に対して『興味がない』なんて失礼かもしれないようなことを言っちゃったのも含めて。
私はペコリと頭を下げて謝ったのだけど……。
「そんな! なんでだ神さん!? 神さんが生徒会に入ってくれるなら、私なんでもするのに!」
……へ〜、竹雀先輩みたいな綺麗なお姉さんが『何でもしてくれる』ねぇ。
ふ〜ん、そっかそっかぁ……なるほどねぇー。
まぁ、あれかな?
絶対に入りたくないとか、そういうつもりでもないわけだし。生徒会に入る可能性だって、そんなわざわざ切り捨てなくてもいいかもしれないよね。
私ってほら、可能性の塊じゃん?
今後もっと成長していったら、魔法少女でも大統領でも、からあげにだってなれる可能性があるんだから。
そんなら生徒会役員になるって可能性だけ仲間外れにするのもおかしな話だしさ!
それに私の髪の毛に顔を埋めてグリグリと鼻を押し付けてるくらいの必死さで、竹雀先輩がこんなにも引き留めてくれているわけだし。
自分より年長者で敬うべき先輩のそんな気持ちを無碍にするのも、あまりに人情がなさすぎるかもかもだしだし。
別に『何でもしてくれる』って言葉に、下卑た欲望が漏れ出たからとかでは決してなくて。
竹雀先輩の粋な心意気に胸を打たれたもんだから、前言をナイナイしようとしたのだけれど……。
「ちょっと、ムリ言って神さんを困らせんなっての。あとドサクサに紛れて何キモいことしてんだ」
「そうそう。海鹿も急にそんなこと言い出して、神さん戸惑っちゃうでしょうが」
優柔不断な私が意見を正反対な方角へ捻じ曲げる前に。
梅ちゃん先輩と入鹿先輩から注意のホイッスルが鳴らされて、竹雀先輩と海鹿先輩がイエローカードをもらっていたため。
コンビニのレジで合計金額を言われた後には、『あと肉まんも追加で』って言い出すことができないくらいに小心者の私には、『やっぱ生徒会に興味あるかもー。かもかもー』などと言い出す勇気など到底なくて。
生徒会の皆さんの中で、『このおチビ一年坊は生徒会候補生としてリタイアやな!』の方向で意見がまとまってしまったようでごぜぇましたとさ。
ま、まぁね。もともと私に生徒会はムリだと思ってたわけだし。べつにこれでいいんだし!
ちくしょう……竹雀先輩はいったいどこまでのことならしてくれたんだよぅ! ちくしょう!
◇◇◇
そのあと、何故か椅子に縛り付けられるというひどい目にあっていた竹雀先輩だったんだけど。
しばらくしてから、『とっとと演劇部に行け』と梅ちゃん先輩に追い出されて生徒会室から去っていった。
演劇部で今から地獄の特訓でもあるのか、はたまた生徒会室が大好きなのかはわかんないけど、竹雀先輩が去っていく際にはえらく足取りが重そうでしたがな。
めげずに頑張ってください。応援してます。何を応援すればいいかは存じ上げんけどファイトっす。
そんで松鵜部長も梅ちゃん先輩もいくつかのお仕事をセコセコと終わらせたようでして、それぞれ部活に参加するために旅立っていきなはった。
そうね。今日じつは天文部の活動日だし。
たぶん部室で羊ちゃんはひとりぼっちなわけだし、きっと寂しくてエンエン泣いてるだろうからね。松鵜部長が参加してくれるならありがたい限りだよ。羊ちゃんもきっと泣き止むよ。よかたよかた。
ちなみに生徒会室から去って行こうとする松鵜部長に、一個お願いをしときました。
この前の部活の時間、羊ちゃんはボードゲームで私に全勝して調子に乗ってたので、今日はことごとく負かしてエンエン泣かしてあげてくださいと。
これは仕返しとか復讐とか、そういう人聞きの悪いアレじゃなくて……あの、そう、教育だから。羊ちゃんのためだから。
そんな感じで算数の問題みたいに人間の足し算とか引き算とかがあった上で、答えとして最終的に生徒会室に残されたのは三年生の先輩たちと私の三人となったわけである。
時速百キロで池の周りを歩き回るミヨちゃんも、二十分遅れて家を出るルーズな妹も、そして動く点ピーも生徒会室から去って行きました。
うん、すいません。もともとおらんかったわ、そんなやつら。
そもそも私、動く点ピーってあんま好きじゃないし。
お前が動くから面積がややこしくなるんじゃろが。今後なるべく私の目の前に現れんで欲しいから、生徒会室にも来ないでくれてよかったわ。火星あたりを動き回っとれ。マジで。
んまぁそんなどうでもいいことは、今はいったんどっかの惑星あたりを勝手に動いといてもらうとして……。
「あの、生徒会の人って、他には……」
「他はねぇ、あとひとり三年生がいるよ。だから全員あわせて六人で活動してる」
今日たくさんの生徒会の先輩たちとコンニチワしたこともあり、ちょいと気になったことを入鹿先輩にお尋ねしてみると。
『えっ……そんなこともしらないの?』みたいな傷付く反応が返ってくることもなく、親切丁寧に教えてくださった。
「けど私たちもそろそろ引退だし、もうすぐ一年生に募集かけるんだよね。だから海鹿もさっき、先走って神さんに『生徒会どうすかー』って聞いたんだと思うよ」
「そうそう! 神さんって頭が良いって噂だし、生徒会の仕事も要領よくこなしてくれそうだからね!」
「は、はぁ……なるほど」
お恥ずかしながらもまったく把握していなかった生徒会メンバ卒業ライブの事情も、そりゃ気にはなりましたけども。
それよりさ? 私のことを讃えまくってくれてるその噂ってのは、どこらへんをブラブラしたら聞けるのかな?
寮でも学校でも、そんな噂なんて私いっかいも聞いたことないんだけど。
ってことは、この学校の子たちがヒソヒソ噂してくれてるわけではないんでしょ?
道端でママ友さんたちがお話ししてくれてるのかな。『神さんって子がまぁまぁヤルみたいよ』ってさ。
えっ……なにそれ怖いんだけど。私ママ友とか一人もいないのに……。
回覧板に書かれた私の噂が町内一周してるとか、意味わかんなすぎて気持ち悪いし。
嘘かまことか、あるいはただの私へのご機嫌取りだったのか。もしくは私をアホみたいに浮かれさせるための、イタズラな出鱈目話の可能性もあるけれど。
海鹿先輩の口にした『私の噂』ってやつに、アホみたいに浮かれたり怖がったりしていたら……。
「だから神さんも、もし友だちの中で生徒会に興味ありそうな子がいたら教えてね」
入鹿先輩がニコッと笑いながら、私にそんなタスクを課してきたのだった。
あっ……これ、インターネッツで見たことがあるやつや。
バイトで休み取りたいなら、代わりに出勤してくれる身代わりを差し出せ的なやつでしょ?
『お前、生徒会に入んないんなら代わりを探してこいや』と……ひぇぇ。
だけどこんな有無を言わせぬような、綺麗で可愛い笑顔でそんなこと言われちゃったらさ。
私のような女の子の笑顔が大好きなチョロチビ女には、大抵のことは受け入れることしかできなくて……。
「は、はい。喜んで……」
旧石器時代につくられた赤べこみたいな、油を差した方がいいくらいに固く重い首をギギギと縦に振りながら。
生徒会役員様からのご指令を、ぎこちない笑顔を浮かべて拝命することとなったのだった。
やっぱり……困っててもとりあえず頷いちゃう癖は、速やかに直した方が良さそうですな。うん。
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