第二十一話 卯は目覚める
◇◇◇
「ここ、どうぞ。早く、早く」
「ア、ウン。ア……ウン」
オッケーを出した手前、断ることもできず……。
現実感を失って正常な判断することが出来なかったウチは、イソイソとベットに寝転がってその横をポンポン叩きながらウチを誘っている神さんの言うままに、ベットに横になった。
仰向けのままアホ顔さらして呆然としていると、耳のすぐ横から鈴を転がしたような可愛い声が聞こえて来た。
「……二人だと、やっぱり狭くなっちゃいますね。ギュウギュウですいません」
「ア、ウン。ダイジョウブ」
ていうかさ!
初めて訪れた部屋でロクに一度も話したことがないクラスメイトと、その子のベットで一緒に寝転がっている状況ってなに!? そんな概念存在すんの?
てか概念ってなに? ギャルとかパリピは概念? クラブとかコスメは概念じゃない?
ウチ馬鹿だからマジでわかんないんだけど! でも今の状況が普通じゃないのはわかる! 鬼ヤバ!
いやいや、テンパるなテンパるな……落ち着けマジで。
頑張れウチ。虎前のヘタレ顔を思い出せ。
あんな恥ずかしい存在になりたくなかったら冷静になれ。よし!
「あの、神さん? コレはちょっと恥ずいというかー、マズイんじゃ……」
神さんが正直なにを考えているのか、いまどう思っているかなんてわかんない。
だけどウチは緊張しすぎて、ガチで初夜み感じ始めている。照れる照れる。いや照れるな照れるな!
てか何も反応が返ってこないんだけど!?
何? なんで!? 寝ちゃった?
それならそれで別にいいんだけどさ!
「……て、てか神さんわりと積極的? メッチャ意外なんだけど、普通に照れね? アハハ……」
何がガチなのかはわかんないけど、でもなんかガチめな雰囲気にならないように。
冗談めかして馬鹿みたいに愛想笑いを浮かべたりしてみた。
だけど、神さんからは相変わらず何の返事も反応もなくて。
流石に『マジで寝てんの?』って気になったから、顔を横に向けてみたんだけど……これはマジで失敗だった。
バチコンって音がしそうなくらいに、神さんと視線が合わさった。
すぐ隣で寝転んでたクラスメイトは全然眠ってるなんてことはなく、もしかしたらずっと真横で私のことを見つめていたのかもしんない。
あぁもうマジでホントにやばい。
なるほど、コレがガチ恋距離などというものなんだろう。
神さんと視線が交錯した時の感じ、この状況にピッタリな言葉が一つある。
恋愛マンガとかドラマで見たことのあるセリフ。マジで何度も何度もこすられて使われ続けてきたような、そんな古風な表現なんだろうけど、それでもソレしか思いつかない。
神さんの吸い込まれそうなその瞳から……目が離せなかった。
キラキラとした大きな瞳。熱でもありそうな朱に染まった頬。そして、小さく綺麗な鼻筋と、その下のピンクの……待て待て待てい!
マジで自分を褒めてやりたくなるギッリギリのタイミングで理性を振り絞り、神さんからバッと視線を逸らした。
危なっ! ガチのマジで危なかった!
絶対ダメじゃんキスしてた! あのままだったら絶対してた!
嫌がる神さん押さえつけてでもしてたって絶対! うおーあっぶねー!
このままではエッチな欲求に飲み込まれそうになっちゃうと危機感を抱いたから、ギュッと強く目を瞑りながら、出来うる限りたくさん虎前の顔を思い浮かべた。
消えろ消えろ! エッチなふいんき消え去れー!
ホントにウチひとり、みっともなくテンパりまくっている。
でも見れない。目の前の神さんがどんな顔をしているかなんて、怖くて危なくて確認できるはずがない。
だからウチは、神さんがウチに急に抱きついて胸元に顔を埋めて来るまで、何の抵抗も反応もすることも出来なかった。
「って、ちょっ! えっ!?」
流石に確認せざるを得ない状況に目を開けると。
ウチにギュッと抱きついた神さんの頭頂部が、『こんにちは。ごめんなさいね、突然に』みたいな感じでご挨拶していた。
「あ、あのっ? 神さんっ?」
「……ごめんなさい。五分、いえ十分だけでいいので、このままでいさせてください……」
胸元から聞こえたモゴモゴとした神さんの言葉。
いや、そんなこと言われても。こちとら欲情してキスを迫りかけたようなヤツなんだよ?
ウチに密着されても神さんが危ないだけなのに……。
こんな状況になった経緯を思い出して冷静になろうとしたけれど、それも対して意味がなくドキドキが止まらなかったし。
一旦はなれて貰おうと口を開きかけると、続いて聞こえてきた「スンッ、スンッ」という鼻を啜るような音がウチから言葉を失わせた。
……神さん、泣いてね?
コレはなんか普通に泣いてるっぽくない?
なんか肩で息してるし。あ、いまブルって身体震わせたし。それになんか、甘えてるみたいにグリグリと顔を胸に押しつけてきてるし……。
なんでこんなコトになってるかなんて……そんなのちょっと考えれば、馬鹿なウチでも察することができた。
さっき盗み聞きしちゃった電話でも言ってたじゃん。ずっとひとりだって。おうち帰りたいって。
ウチだってときどき家が恋しくなることもある。同室のヘタレのおかげってのも癪ではあるけど、ときどきで済んでるのはきっと、同室の子がいるおかげってのもあるんだろう。
だけど神さんは?
みんな遠巻きで見てるだけで誰も絡んでこようとしない。教室でも寮でも、この部屋でだってひとりぼっち。
そんなの……ウチらだってまだ子どもなんだから、そりゃ寂しくて泣くのなんか当たり前じゃん。
それに気づいたら、なんかさっきとは違った感情が激しく胸を打ち始めたように感じた。
さっきまでのドキドキとはなんか違って、キュンキュンするって言うとアホらしいけど、それでもなんかそんな感じのやつ。
とにかくウチはいま、親から離れてひとりで頑張っているこの子をさ?
ひたすらに甘えさせてあげたい、慰めてあげたいという思いでいっぱいだった。
「……よしよし」
今だけたくさん甘えていいんだよと、つい自然に神さんの頭を撫でていた。
神さんはもう一度ビクって身体を震わせたあと、さっきみたいにまたもう一回、ウチの胸に顔をグリグリ押し付けていた。
あぁ、なるほどなー。
今まで知らなかったこの感情。
ウチはそのとき、その瞬間。生まれて初めて……母性に目覚めたのだった。
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