第二話 神は侮った
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入学前までのことやら入学式のことやらと、いろいろあったのかもしれないけども、今はちょっとそれどころじゃなかった。
今そこらへんの記憶を思い出せるかも怪しいけども、そもそも思い出そうとも思わなかった。
だって次だもん。
あちしの自己紹介の番が、もうそこまで来てるんだもん。
「部活は文化系で考えていますが、具体的にはまだ決めてません。明日の部活紹介が楽しみです」
前の席の、たしかメガネかけてた女の子が溌剌と喋っている。
名前はもう忘れた。ごめんなさいね、いま余裕がなくてね。今度ちゃんと覚えますから。
頭の中で何度目かになる台本の反芻をする。
まず名前を言って、友達が欲しいみたいなことを適当にいい感じに言って。これからよろしくお願いしますってのは絶対マストで、絶対にアドリブでウケ狙ったりしないで。それで、それで……。
あっ、部活の話も貰っとこう、その案。
あと趣味……はアニメとか漫画とかだからやめとくか。んじゃどうしよう。読書が無難か、うん。
「これから三年間よろしくお願いします」
よし、最初は……なんだっけ。ちがうちがうちがう、大丈夫大丈夫。
なんだっけ、うん。わかるわかる。大丈夫。
パチパチパチと拍手の音に反応し、俯いたまま私も合わせて手を叩いた。でもペシペシと情けない感触があるだけで音は一切鳴らなかった。
なのに頭の中は真っ白に染め上げやがった。
拍手にすらなってなかったクセにぃ……。
あぁ、なんか頭もちょっと痛いしぃ。ぷぎゃぁ。
「はい、ありがとうございました。これからよろしくお願いしますね。では次の方、お願いします」
来た。
番が来たら立つ。おけ。はい、立ちました。おけ。
ずっと俯いていた視線を上げて、クラスをスッと見回した。
クラスメイトの顔は認識できなかったけど、多くの視線が私を見ていることは認識することができた。
その事実が私の頭にさらなる混乱を招き、緊張で首は熱く、喉が縊られたようにキュッと締まった。
唾を飲み込み、しかし幾度の反芻による甲斐と、直前の担任先生の促しにより、私の口は発声を始めてくれた。
「神です。その……よろしく、します……」
それだけ言って、いや、いま声でてた?
ちゃんと声が出てたかすら不明だけど、とりあえず自分の番を終えて椅子に座ることができた。
いや『座ることができた』じゃないねん。
席を立った後の目標が自己紹介することじゃなく、無意識のうちに一刻も早く座ることになっていた。
「あっ、え? もう大丈夫ですか? 他に言いたいこととか……」
机をじっと見つめながら、コクリと一度うなずいて先生への返事を示して。
膝の上に置いた手は、ギュッと強張りスカートを握った。
「そ、そうですか。では次の方お願いします……」
戸惑いつつも次の自己紹介を促す声と、耳に入ったべつの子の椅子を引いた音で、ようやく自分の番の終わりを実感して一息つくことができた。ふぃぃ。
……うん。まぁ、あれだ。つまりは、だ。
私の自己紹介は、なんか普通に失敗に終わったっぽい。私メチャクソにあがり症でコミュ障だったみたいです。
くそかよぉ……ぴえん。
ぴえんじゃねぇよ、私のアホぅ!
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