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神はケモノに×される  作者: あおうま
第二章 ようやくはじまったナニカ
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第一九一話 未と後ろ髪

 

◆◆◆

 

 強い日差しに照らされるのを避けるために、駅舎の庇の下でみんなで雑談しながら待っていると。

 駅前のロータリーに停まったバスから、神さんたちが降りてきた。

 無事に合流できたということで、あたしたちは子日さんたちとも合流するため。

 子日さんたちがさっきまで買い物してたという雑貨屋に向けて歩き出した。

 他の人の通行の邪魔にならないように、横に広がることなく途切れとぎれの列をつくって。

 他のみんなは適当に話し相手を見つけて、おしゃべりしながら目的地に向けて出発しているようだったけれど。

 駅前を出発してすぐ、神さんがスススッといつの間にかあたしのそばに寄ってきたので。

 今あたしはニコニコ楽しそうに笑っている神さんと、いつかの合宿の日みたいに並んで歩いている。

 夏休みが始まってすぐ、天文部の合宿があって。

 そういえばあの日もこうして二人で並びながら、暑い中を歩いて学園まで帰って。

 その途中で……。

「ごめんね。羊ちゃんたちにお菓子とかの買い出ししてもらっちゃって」

 もうひと月以上も前になる記憶を、ふと思い出していたところで。

 神さんがそう話しかけてきたので、中途半端に浮かび上がった思い出も再び記憶の海に沈んでった。

「えっ、あぁぜんぜん大丈夫。大した手間じゃなかったし」

「お菓子とか買ったの?」

「うん。委員長たちが受付してくれてるカラオケ、持ち込みしていいんだって」

 周りの人たちの雑踏のせいで少し声が聞こえづらかったのか。

 神さんはさっきよりもあたしのそばまで寄ってきて、そのままちょっかいをかけるように肩をグリグリ押し付けてきた。

「ちょっ、歩きにくいんだけど」

「えへへ……羊ちゃん久しぶりだなって」

 さっき駅前で顔を合わせてから、ずっと神さんはニコニコと楽しそうに笑っていたんだけど。

 イタズラしてきた今の神さんは。

 ニコニコってよりかは、ニヤニヤって表現の方が合っていそうな、そんなほんのちょっと気色わるい顔をしている。

「やめてよ恥ずかしい……暑苦しいし、ニヤニヤ笑ってるのちょっとキショいし」

「キショいってなに!? 久しぶりに会ったのにひどいよ!」

 そんな感じで、たとえ久しぶりであっても一学期の頃から変わらないような距離感で。

 軽口を叩いたり、しょうもないことで言い合ったりしながら。

 それでもなんだかんだで、結局は二人して笑いあったりしちゃったりして。

 ひと月ぶりの友だちとの再会を楽しみながら、夏の街中をノンビリ歩いてったのだった。

 

◇◇◇


 人混みから少し飛び出してる、先を歩く馬澄の頭を見失わないように気をつけながら。

 平均よりちょいとだけ身長が小さいあたしたちは。

 そこそこ多い人混みの中を、えっちらおっちらと人波に飲まれぬよう歩いていた。

「そういえば羊ちゃん……」

 そこで言葉を止めた神さんが、あたしの髪を上から下から、そんでまた上に戻ってと。

 何度も視線を行き来しながらマジマジと見つめてきた。

「な、なによ」

「……冬毛のままなんだね」

「ふゆ……はぁっ!? 犬じゃないんだから冬毛も夏毛もないわよ! おちょくってんの!?」

 完全にバカにしてきたのがわかったので。

 犬とか猫とかアメリカバイソンとか、とにかく動物扱いしてきたことにちょっとだけピキっときて、勢いそのまま言い返したんだけど。

 神さんは怒ってるあたしの様子すら楽しんでるようにニヤニヤしてた。

「あはは、冗談じょうだん。でも夏休みのうちに髪は切ったでしょ? 前髪も整ってるし。ふぇへへ……か、かわいいね」

「いや、キモっ!」

 揶揄われたこととか、怒ってるあたしの様子にニヤついてたこととか。

 いろいろ怒ってやろうと思ったのに、神さんのキモさがあたしの怒りを上回りおったわ……。

「べ、べつにキモくないじゃん! さっきからキショいとかキモいとかなんなの!」

「いやだって……たしかに髪は切ったけど、自分でも差がわかんないくらいしか切ってないのに気づくとことか……あと『可愛い』の言い方もキモかったし」

「ほ、褒めたんじゃんかよぅ! それなのにさぁ!」

 あたしの怒りが移ったみたいに、今度は神さんがプリプリと怒って口を尖らせていた。

 だけどきっと本気で苛立ってはいないと思うし、あたしの『キショい』とか『キモい』も、半分冗談の軽口の類だと神さんも理解してくれてるんだろう。

 お互いが許してくれると理解しているからこそのそんなやり取りも、いつの間にかあたしたちの間には増えていて。

 それくらいには神さんとも仲良くなれてはいるということなんだと思う。

 神さんってあたしにはいろいろ強火な事を言ってくることもあるけれど。

 クラス内での様子を見るに、相手次第でちゃんと判断して適切な言葉を選んでいるし。

 わりとオドオドしてたり、話しかけたいのに話しかけられない、みたいな臆病なところもあるみたいだし。

 だからたぶん、あたしの『キモい』は冗談混じりの悪口だって簡単に受け流せるだろうけど。

 今丑とか馬澄に『キモ……』とか言われた日には、きっとショックでシクシク泣いちゃうんじゃないかな。

 いや、あの二人はそんなこと言わんだろうし。

 あたしだって今丑にそんなこと言われたら、きっとガチめにヘコむだろうけどさ。

 そう考えてみると、あたしにも神さんなりにけっこう懐いてくれてるんじゃないかなとは思う。

 ……まぁナメられてるともとれるわけだけど。

 久しぶりに顔を合わせた『神さん』の生態について考察しながら。

 あたしたちの歩みはまだまだ止まることなく、周りの人たちとともに雑踏を奏で続けたのだった。

 

◇◇◇

 

 信号待ちの間、もうすぐ目的地に到着することをスマホのナビでチラッと確認していると。

「あっ、ていうかごめんね? 私に持たせて?」

 依然として物理的に暑苦しい距離感であたしに話しかけてきていた神さんが。

 ハッと気付いたような反応を急に見せながら、そんな申し出とともにあたしが持っていた袋に向けて手を伸ばしてきた。

「ううん、平気。そんな重くないし」

 袋の中はスナック菓子とか軽いものばかりだから。

 別にわざわざ渡して持ってもらうほどでもないしと、気を遣ったつもりもなくそう断ったんだけど。

「でも、買い出しも行ってくれたし。それくらいはさせてもらいたいし……」

 眉根を下げながらそう言った神さんは、逆に気を遣ってくれてるみたいだったし。

 まぁそれで神さんの気が済むんならと、買い物袋を運ぶお仕事をお願いしようと口をひらきかけたところで……。

「あっ! それかさぁ、また一緒に……もつ?」

 あたしがお願いするより先に。

 モジモジと恥ずかしそうにしながら、神さんがそんな提案してきた。

 神さんが言った『また』ってのはきっと。

 さっき思い出しかけていた、天文部の合宿で、ふたりで買い物に行った帰り道のことを言ったのだろうけども。

「は、はぁ!? 恥ずかしいからイヤ!」

「えぇっ! 前は一緒に持ってラブラブしたじゃん!」

「まわりにこんないっぱい人いるんだから普通しないわよ! てかラブラブもしてないし!」

 あの時は神さんが手つなぎたいとかいきなり言うし!

 断ったら拗ねちゃいそうだったから、折衷案で気を遣って袋半分もってあげたってのに!

 ちょっと甘やかしたらホイホイ調子乗るんだから!

 合宿の時の夕陽に染まる道端で、ノスタルジックな雰囲気にあてられて。

 いま思い出すとちょっと恥ずかしいことをしてしまったと、少し顔に熱が集まりながら悔やんでいると。

「は〜ぁ。まったく羊ちゃんたら、すぅぐ恥ずかしがっちゃって……お子ちゃまだなぁ」

 たいそう憎たらしい顔をした神さんが。

 あたしのことをガキ扱いしてアホほどムカつく煽り文句で殴りかかってきやがった。

「なっ! 恋人持ちするとか手ぇ繋ぐなんて、別にどうってことないし!」

「いいよいいよ、強がらないでいいよ?」

 ノホホと笑いながらも頭を撫でてくる神さんの鬱陶しい手を振り払って。

 あたしよりも絶対に精神年齢お子ちゃまな神さんに、どっちがガキだって反論してやろうと思って睨みつけると。

「バブちゃんな羊ちゃんにはさ、私たちお姉さんみたいなそういうのはまだ早いでちゅもんね?」

 そう言いながら手を伸ばしてきた神さんが、あたしの持っていた買い物袋をけっきょく持ってくれたので。

 怒ればいいのか感謝すればいいのか、わかんなくなっちゃったじゃないのよ……。

「くっ、バカにしてぇ……でも持ってくれるのは、ありがと……」

「いいよ。私は大人なお姉さんだからね」

 あたしたちの歩みをしばらく止めていた信号が青色に変わり。

 得意げな顔して先に歩き始めた神さんに一矢報いるため、急に手を握って驚かせてやろうかとも思ったのだけど。

 実際にこんな人前でそれをするってなると、なんか恥ずかしさのラインを飛び越えられずに踏みとどまってしまい。

 べつに……いつかの日に断った『手をつなぐ』お誘いのことが。

 ふとしたときに思い出してしまうくらいには、心に引っかかっていたこととかは全然まったく関係なく。

 ただ単に、いまバカにされたことへの仕返しの意味でしかないのだけども!

 いつかタイミングを見計らって。

 たとえば誰も見てなかったり、またノスタルジックな雰囲気にあてられそうなチャンスなんかが訪れた時には。

 子ども扱いしてきた意趣返しをしてやろうと思いながら。

 神さんのとなりに追いつくために、あたしは歩みを少し早めたのだった。

 

◆◆◆

 

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