第一八九話 亥と独占欲
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夏休みの最終日。
誰が言いはじめて決まったのかは知らないけれど、なんかクラスの人たちみんなで遊びにいくことになった。
クラスのライングループでそんなお誘いがあり、正直そんな乗り気ではなかったのだけど。
返事する前に神さんに聞いたら『絶対いきます!』とのことだったから、私も秒で参加することに決めたわけである。
神さんが参加するっていうのなら。
そりゃドブさらいでも滝行でも当然なんでも参加するわよ。当たり前よ、当たり前。
用事があったり今日帰省してくる子もいたりで、クラスの子たち全員が参加するわけではないみたいだけど。
それでもグループでの返事を見るに、かなりの大所帯になりそうだった。
集合時間になったので寮の最寄りのバス停まで行くと、神さんや私を含めてもまだ四人しか集まっていなかったのだけど。
遊び先となる駅周りの街で合流する人もいるらしくて。
このバス停で集合するメンツは全員揃ったということなので、私たちはやってきたバスに乗り込んでった。
「楽しみです!」
なんて言いながらウキウキした様子のテンション高い神さんは可愛すぎだし。
この神さんを見れただけでもマジで今日来てよかった。
私と二人きりのデートで、私だけに向けてそう言ってもらえてたら。
そりゃまぁ一番最高の極みで理想の夢見心地で、あとはとにかく最高って意味合いの言葉を百個羅列しても足りないくらいには幸せだったんだろうけども。
今日のところは神さんが『みんなとのお出かけ』に心を躍らせているみたいなので。
大所帯の遊びであっても、まぁ良いとしておこう。
私けっこう恋人のわがままには理解ある方なんじゃないかなと思うからね。
……神さんとはまだ恋人じゃないし、恋人いたことないから、そんな理解がどうだとか発揮した経験はないけどさ。
一緒にバスに乗り込んだ戌丸に阻まれているので、神さんとふたりで仲を深めるお話はできていないけど。
まぁ神さんとは夏休みにふたりきりの蜜月を過ごしたわけだし。
今は戌丸とのおしゃべりで、バスが駅に着くまでの暇つぶしをするってなっちゃってても我慢しておこう。
それに……。
前よりは、戌丸と喋ってるのも嫌じゃないっていうか、億劫ではないっていうか、つまらなくはないっていうか。
戌丸が話しかけてくんのなら、それに返事すんのもやぶさかではないわけだし。
夏の終わりの青空のした。
それぞれが過ごした夏の思い出を交換しながら、私たちはしばらくバスに揺られてったのだった。
◇◇◇
ガタンゴトンと揺れるバスは、まだもう少しは目的地まで到着しそうにない。
そんな中で、しばらく戌丸と話してるわけだけど……こいつ神さんの夏休みの様子しか聞いてこないな!
私に対する興味が一切まったく感じられない! いや別にいいけど!
「羨ましい……わたしも神さんちに帰省したかったです」
「まぁドンマイどんまい。そういう運命じゃ仕方ないわよ」
「えっ……ムカつきました。いま隣にいる煽り浮かれボケ女に過去いち殺意わいてます……」
入寮した当初は、同室であるにもかかわらず会話という会話がぜんぜんなかったことを考えると。
いまみたいな軽口を叩けるくらいの関係には、なることができているというわけなんだろう。
昨日ひさしぶりに顔を合わせて。
示し合わせたわけでもないのに、お互いに買ってきていたお土産も一応渡しあったし。
まぁ話す機会が増えたと言ってもさ、話題になるのは大体いっつも同じ女の子のことではあるんだけど。
今だって戌丸からこんな風に、気を抜いたら噛み付かれるんじゃないかってほどに睨まれてるのも、その子がキッカケであるわけで。
少し目線を逸らした先、くだんの女の子に目を向けると。
酉本の隣で小さく微笑みながら、なにやら楽しそうに話しているみたいだった。
神さんはやっぱりいつ見ても、どんな顔をしていても可愛くてしょうがない。
母親の腰に抱きついて泣き喚いてる姿でさえ、私の目には魅力的に映るのだから、とんでもないなんてもんじゃない。
隣に座ってる犬っころのそんな姿を見ようものなら。
たぶん……いや絶対にドン引くだろう。『高校生にもなって何やってんのよ』って思う気しかしない。
それほどまでに魅力的が過ぎるわけだし。
神さんを慕っている子や、想いを寄せているヤツだってさ。
もしかしたら私の想像以上にそこら辺にいるのかもしれない。
その可能性を考えるたびに。
もし神さんが誰かに取られたらって焦燥感みたいな気持ちが、胸の中に荒波を立てさせるけれど。
まぁでもね!
ほかのヤツらに比べれば、私はきっと百馬身くらいはリードしてるでしょ!
だって夏休みずっと一緒にいたし! お母さまにだって挨拶したもんね!
私のスマホを貸してやって、夏休み中の神さんの輝かしい記録を眺めながらシッポふってる隣の戌丸は一旦放置して。
帰省した時の神さんとの蜜月に思いを馳せると。
神さんとの関係にも進展があったと、少しは焦燥感も紛らわせることはできたのだけど。
それでもやっぱり……なんか、こう、もう少しくらいさ?
もっと特別な進展があっても良かったんじゃないかとは、思っちゃうのよね……。
だって私けっこう勇気だしてみたつもりだったのにさ!
神さんったら!
私の言葉とか行動の意味、ぜんぜん理解してくれなかったみたいにスルーしちゃったんだもん!
恥ずかしくなったり、少しショックを受けたりしたのよ? 私だってさ!
おそらくは神さんにとっても、私は特別な存在なんだとは思う。そう思いたい。
でも神さんはきっと……まわりにいるみんなのことを特別だと思っている。
それくらい、神さんを見ていればわかる。
『誰か』だけが特別なんじゃなくて、『私たち』みんなを大切に思ってくれているんだって。
そんな優しさを与えられている自覚はある。
だからこそ、嬉しい気持ちはもちろんあって。
だからこそ、もどかしい気持ちが消えることはないんだろう。
きっと今までに沢山の人の想いを寄せられていた神さんは、もしかしたら自分への気持ちにとても敏感で。
自分へのそういうたくさんの想いを知った上で。
私たちに悟られないように上手に隠しながら、あえていまの博愛的な『神さんらしさ』を演じているのかもしれない。
私たちよりもずっと精神的に大人で、誰かからの特別な気持ちなんかも慣れっこなのかもしれない。
もしそうだとして。
そんな難攻不落な神さんの、唯一の特別を手に入れたいとみんなが思ったとしたら。
私が……もう一歩だけでも。ほんの少しだけでも。
神さんとの距離をつめたいと、そう望んだのなら。
一体どうすればいいんだろう?
いきなりキスでもすれば私の気持ちも本気さも伝わるかしら……?
いや、流石にそれはアカンか。
前に仲直りのキスを求めたことはあったけど、それは神さんからしてほしいとお願いしてのことで。
あくまで同意の上で成就する可能性のあったキスだったわけだし……。
それじゃあ神さんとの関係を進めるためには、何をどう勇気を出してみりゃいいんじゃろうかと。
モンモンと考え続けているうちに、バスは駅前の停留所に到着したのだった。
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