第十八話 卯は飛び込む
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いや、ぜんぶ丸聞こえなんだけど。気まずぅ……。
みんながクールだ孤高だと持て囃している神さんからは想像できないような、普通の……いや普通よりもかなりホームシックをこじらせているような、弱々しい声がドアの向こうから聞こえてきたもんだから、ウチは耳を疑った。
ドア横の表札を確認しても、そこにはしっかり神さんの名前が掲げられている。
もしかして幼女でも連れ込んでんのかって疑ってしまうほどには、聞こえてきた声音はいつも教室で見ている姿からはかけ離れており。弱々しい年頃の少女のような、はては幼い子どもが甘えているような、そんなイメージを抱かせるレベルだった。
コレは……出直した方がいいかなぁ?
神さんだって、ウチにあんなん聞かれてたなんて知られたくないだろうしなぁ。
いやでもせっかく勇んでここまで来たわけだし。これでスゴスゴ帰ろうもんなら、あの虎女になんて言われるか想像するだけでもムカつくしなぁ。
それに聞こえてきた話の中での神さんが言ってた『友だちができない』って言葉。
今日このまま部屋に帰っても、なんかあの言葉は頭のどっかにずっと引っかかったまんまになりそうだし。
そもそも友だちができないって……ウチと同室の女なんか、金払ってシッポ振ってでも友だちになりたがってんのに。
それにウチだってさ、仲良くできんなら大歓迎なんだけどなー。
ぃよし! ウジウジ悩んでないでとりまいってみよ!
ウチ馬鹿だからよくわかんないけど、考えるより飛び込んだ方がなんとかなるっしょ!
そう意気込みながら気を取り直して。
ドア越しの声が聞こえてこなくなったのを見計らって、ウチは目の前のドアをノックした。
だけれども、ドアの奥から声が返ってくることはなく、ドアが開くこともなて、しばらく空虚な時間が過ぎてった。
……あれ、シカト? 居留守ってやつ?
もう一回ノックした方がいいか、もう遠慮なしでドア開けて入っちゃろうかと悩みはじめた、そんなとき。
ようやくドアが開いて、部屋の主である神さんがひょこっと顔を出した。
……なるほど。虎女、ウチが悪かった。
たしかにこの顔が急に目の前に飛び出してくんのは心臓に悪いわ。
同性のはずなのにそんなん関係ないんだな、なんて思ったりしちゃったけれど、ウチはあのヘタレとは違うから! ぜんぜん普通に話したりできるし!
なんて言おうかなー。普通に挨拶は……できる?
さっき聞こえてきた内容がわりと重めだったし、実はちょっち戸惑ってんだよねー。
でもそんな様子から神さんに立ち聞きしてたの気づかれるとか、普通にないとは思うけど、あったら申しわけないしなー。
などいろいろ考えた上で。
途中でさっきみたいに日和ったりしないように、ちょいテンションアゲめでいっとくかと、ウチは神さんとの初めての会話を交わすべく口を開いた。
「お、おいっすー。卯月でーす。今日は指名してくれてありがとー……な、なんちゃって。あはは……」
はい、やらかした。
とんでもねぇ滑り方をしてしまった。
どうすんのコレ。神さんなんて『なんでこんなとこにエッチサービスのお姉さんがおんねん』みたいな顔してんじゃん。いや、あの神さんがそんな下品なこと考えるわけないんだけど。私の失礼な想像でしかないんだけどね?
「こんばんわ―……神さん今ちょっと大丈夫、ですか?」
ちょっとマジでなかったことにして欲しかったから、もう一回、挨拶し直した。
神さんも特に気にしないでくれるのか、さっきの第一声の意味とかもよくわかってないのか、普通にドン引きはしてんのか。今どんな気持ちでいんのかは相変わらずわからない無表情ではあったけど、コクコクと頷いてくれている。
顔だけじゃなく、今度はドアから半身を出してくれた神さんだったけど……。
てか部屋着、初めて見たけどめっちゃ意外。
流石にブカブカのTシャツだけじゃないよね? 下にショーパンとか流石に履いてるっしょ? あんよ結構出てますけど?
以前に食堂でチラッと見たときにはこんなラフ過ぎる格好してなかったから、もしかしたら神さんのパジャマ姿がこれなんかもしれない。
それにしてもファンサしすぎじゃね? 虎女に見せたらマジで死ぬぞアイツ。
神さんのファッションにとやかく思うのもそれくらいにして……とりあえず、どうしよっか。
このカッコのままで廊下で話させちゃうのも何か変な罪悪感すごいし、談話スペースに連れてくのなんかもっての外だしなぁ……。
部屋入れてもらってもいいかなぁ。ちょっと聞いてみよ、なんて思ってた矢先。
「……あ、あの。もしよかったら……どうぞ」
なんと神さんの方からのお誘いがあったため。
ウチは初めて、神さんルームにお邪魔することになっちったのでした。
えっ、お邪魔していいの? マジで?
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