第一七五話 母と親心
◇◇◇
私にとっては、初めて娘の友達と顔を合わせることになるわけだけど。
その第一印象としては、『普通に綺麗な子だな』とそんなもんだった。
そんなもんってのも別にネガティブな意味合いではなく、娘も普通の女の子と友達になることができて母親として安心したって意味ね。
礼儀正しく挨拶してくれた亥埜ちゃんに、私も挨拶を返しながらも。
抱かざるをえない疑問があったため、ふと我が子に目をやると、なにやら私たちを見ながら呑気にウンウンと頷いていた。
疑問ってのは当然うちの娘に対してなんだけど……。
うちの娘と亥埜ちゃんは地元が同じ方面だったわけだから、こうして一緒に帰省してきたわけじゃない?
それに中学校が同じだったのかはわからないけれど、記憶にある限りでは少なくとも同じ小学校ではあるわけだ。
いつまでも駅のホームでお見合いしてるのも何だしと歩き出しながら、さりげなく亥埜ちゃんに尋ねたところ中学も同じ学校だったらしいし。
つまり、『小学校と中学校が同じである』なんつぅ仲良くなれそうな絶好のキッカケもいかせずに、私の娘は何ヶ月も友達ができないだなんだと愚痴ってたってことになる。
それほどまでに、この子は人付き合いが下手で度胸がなかったんか……。
娘の意気地のなさは理解していたつもりだったけど、私の予想以上のレベルでおひとり様を拗らせていた我が子に呆れつつ。
まぁ今はたくさんの友達を作ることができたわけだしいいかと思いながら、久方ぶりに再開した娘の頭を撫でてやると。
その返事として、ずっと恋しかった愛娘の可愛い笑顔が返ってきたのだった。
◇◇◇
私たち三人は駅の改札を出てから、駅ビルの中にあるカフェに入った。
どうしてもうちの子の母親として、ひとつだけ確認しておきたいことがあったから。
亥埜ちゃんにもこのあと予定があったかもしれなくて申し訳ないけれど、私がカフェに寄って行かないかと誘ったら快く承諾してくれたので、ホッと胸を撫で下ろした。
前にも一度、ゴールデンウィークに娘が帰省したときに利用したカフェに入って、案内された席に座りながら。
『さて、どうするか……』と、私はちょいと頭をひねって策を練る必要があった。
亥埜ちゃんと話したいことってのは正直うちの子には聞かせたくない内容で、娘には申し訳ないけれど、どうにか二人で話せるような状況を作り出す必要がある。
だけどカフェに一緒に入ったのに、私と亥埜ちゃんだけ別の席に座るとか、連れ立って席を立つとか、そんな風に不自然に娘を私たちから引き離すこともできないし。
ひとまず連絡先だけでも教えてもらって、私のしたい確認なんかも後日に済ませるかと、そう考えていたのだけど。
「トイレどこかな……」
席に着くや娘がちょうどよく催したのか、そんなことを呟いてキョロキョロと店内を見回していたので、早々に絶好の機会が訪れることになりそうだった。
「店内には……ないみたいね。同じフロアのお手洗いを使うしかないかも」
「そっかぁ……」
我が子と亥埜ちゃんは私の思惑に当然気づくこともなく、ふたりで仲良くお話ししていたけれど。
席を立って店外のトイレに向かおうとしていた娘に向かって亥埜ちゃんが……。
「私もついていこうか?」
などと言い出したもんだから、それは流石に止めざるを得なかった。
もし亥埜ちゃんもお手洗い行きたかった場合には申し訳ないけれど、それは少しばかり我慢してもらわねば。
「大丈夫よ亥埜ちゃん。この子だってもう高校生なんだし」
いじっぱりなうちの子は案外チョロいから。
煽るようなことを言えば思うように動かせることが多いって、母親として知っているからね。
「それともママが一緒についていってあげようか?」
こんくらいのことを言っとけば、『バカにしないで!』とプリプリ怒りながら一人でトイレに向かうことだろう。
そう予想していたんだけども……。
「うん……一緒にきて」
なんか今日に限っては、私のことを見つめながら素直にそんなことを言いはじめた。
甘えるようにウルウルした瞳で見つめられて、なるほどと私は察することができたんだけども。
たしかにゴールデンウィークぶりに娘と顔を合わせたわけである。
どうやらこの子は久しぶりに私と再開したもんだから、甘えん坊を再発しちゃってるらしい。
そんな目で見つめられたらさ、私だって久しぶりのわがままを聞いてあげたい気持ちは湧いてきちゃうものの。
「はぁ……もう高校生なんだし、トイレくらい一人で行ってきなさい」
いまだけは可愛らしく乞われても、叶えてあげることができないので。
厳しいことを言って、ひとりで花を摘みに行ってもらうしかないわけである。
「うぅ……いじわる。んじゃ、ひとりで行くよ……」
「あっ、アンタ帽子とマスク、ちゃんと付けて行きなさいよね」
「わかってるよぅ……」
拗ねたような顔をしながら娘がトイレに向かってったので、その背中を苦笑しながら見守っていると。
「神さんのこと、とても大事にされてるんですね」
私たちの様子を見ていた亥埜ちゃんが、そう言いながら小さく笑いをこぼした。
「ちょっと過保護すぎるかもしれないけどね」
娘の友人に見られるのは少し恥ずかしいやり取りだったかなって、そんなわずかな気恥ずかしさを感じつつ。
私の望んでいた状況を作り出すことができたし、ここからが正念場である。
「亥埜ちゃんさ、うちの娘と出かけたことある?」
「あっ、はい。あります」
とは言えいきなり本題をぶつけるのもなんだし、まずは世間話でもしとこうか。
寮生活をしている我が子の話って娘本人から聞く機会しかないし、気になってることだって沢山あるわけだし。
「そん時あの子、どうせマスクも帽子も付けてなかったでしょ?」
「ええと……そ、そんなことないですよ?」
「あはは、いいのいいの。どうせそんなことだろうと思ったから。前回こっちに帰ってきた時だって忘れてたし」
心配性が過ぎるかもしれないけれど。
外出する時はマスクやら帽子で少しでも顔を隠すようにと、あの子が引きこもりを脱することが決まってからは口酸っぱく言ってきた。
でも、きっと私のそんな言いつけなど、頻繁に忘れてしまってるんだろうなとは予想していたし。
まだまだ気になること、亥埜ちゃんに聞きたい娘の学校での話はごまんとある。
だけど娘がトイレから戻ってくるまでの時間には、わずかな猶予しかないだろうし。
ほんの少しでも雑談に興じることができたことで、本題を切り出すための私の心の準備も整った。
数秒前まで穏やかに話していた同級生の母親が、急に真剣な声音と表情で話しかけてきたら、きっと亥埜ちゃんも面食らうだろう。
その点については申し訳ないと思いつつ、それでも和やかに話せる話題でもないからさ。
だから、私はひとつ息をついて……。
「ねぇ、亥埜ちゃん。うちの子と同じ高校に入学したのは、偶然? それとも……偶然ではないのかな?」
ずっと心に引っかかっていたその質問を、娘の友達に投げかけたのだった。
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