第一七二話 神と里帰り
◇◇◇
うだるような暑さが入り込んできて、寮内の涼しさと混じり合って絶妙な空気が漂う寮の玄関にて。
庇の下に待ち人の姿が見えたから、大きな荷物を引っ張りながら、ワタワタと急いで靴を履いて外に出た。
「すいません! お待たせしました!」
「全然待ってないから大丈夫。んじゃ行こっか」
暑い日差しの中で待たせてしまったかもしれなかったし、そのことをお詫びしても特に気にした様子もなく。
亥埜さんは綺麗な笑顔を浮かべながら、夏空の下に歩き出した。
今日はこれから待ちに待った帰省をするわけだけど、地元が同じ亥埜さんと一緒に帰ることになっている。
ゴールデンウィークのときにはひとりで帰ったことを考えると、この数ヶ月での私の成長ぶりには目を見張るものがあると自画自賛しても問題ないじゃろね。えっへん。
私たちの寮から目と鼻の先にあるバス停にて、予定していた時刻のバスにも乗り込むことができたので、ほっと一息ついた。
そういえば亥埜さんと並んでバスに揺られるのも、これで二回目かぁ。
前回は梅雨の時期にふたりでデートしたんだもんね。
その帰り道で一緒にバスに乗って寮まで帰ってきたのも、まだまだ記憶に新しかった。
あの時もあのときで色々あったけれど、亥埜さんともっと仲良くなることができたとは思うし良い思い出だよ。
「神さんのお母さんが駅で待ってるんだっけ?」
「あっ、はい。新幹線であっちに着いたら、ホームで待っててくれてるはずです」
ゴールデンウィークのときもそうだったけど、私のことが大好きで仕方ないお母さんが、新幹線の駅のホームで待ってる予定となっている。たぶん一秒でも早く愛娘に会いたいんだろう。
まったく……愛され過ぎてて参っちゃいますな。
「そっか。んじゃ私もしっかり挨拶させてもらわないとだね」
私が母からの愛の重さをホクホク喜びながら、いろんな表情をしているお母さんの顔を無数に思い浮かべていると、亥埜さんのそんな言葉が聞こえてきた。
なるほど。確かに地元まで一緒に帰るわけだし、亥埜さんとお母さんが顔を合わせることになるかもしれない。
「それは、私もちょっと緊張しますね……」
二人が顔を合わせているところを想像しただけで、なんか私もドキドキしてきた。
だってお母さんに友だちを紹介するのは初めてのことだし。
別にお付き合いしてる恋人を紹介するわけじゃないんだし、もっと気軽に考えても良いんだろうけれどさ?
それでもやっぱり、私にとっては一大事なのだからしょうがない。
そんなこんなで待ちに待った地元への帰省で、おっきな楽しみな気持ちにちょっとだけドキドキする予感も混じりつつ。
私たちはノンビリとおしゃべりしながら、バスに揺られてったのだった。
◇◇◇
バスと電車を乗り継いで、私たちは地元へと続く新幹線の発車駅まで予定通りに辿り着くことができた。
もう何回も使っている駅とはいえ、そこそこ大きくて人も多い駅だから、やっぱりまだ慣れることができていなくて。
ソワソワとした落ち着きのなさを感じながらも、出発までの待ち時間を、亥埜さんとおみやげを見たりして過ごした。
「神さん、けっこうお土産買うんだね。なんかちょっと意外だったかも」
やばい。
我を忘れてアレもコレもと買いまくっちゃてたから、亥埜さんをかなりお待たせしちゃってたかもしれね。
実際、両手にいくつも紙袋をぶら下げてる私に比べて、亥埜さんは片手にひとつ分しかおみやげの袋を持ってないくらいだし。
「じ、時間かけ過ぎちゃってましたか? すいません……」
「責めるつもりで言ったんじゃないの。そう聞こえたんなら私の方がごめんね。お土産は親戚の人に渡す用とか?」
待たせて嫌な気持ちにさせちゃったわけでないなら良かったよかった。
ひとまず買い集めたおみやげの袋をキャリーケースの上に乗せて、限界が近かった腕を休ませながら。
「いえ、全部お母さんへのおみやげです」
聞かれた質問にはそう答えておいた。
亥埜さんは私のおみやげの量を『けっこう』と言っていたけれど、自分的にはコレでも抑えめにした方である。
ゴールデンウィークに帰省した時なんかは、お母さんに喜んで欲しかったから郵送まで使ってもっとたくさん買ってたくらいだし。
でもお母さん全然喜んでくれなくて、むしろ呆れてたから悲しかったなぁ……。
『次はこんなに買ってこなくていいから』とか寂しいことも言われちゃったもん。
「そうなんだ……すごいね」
「え、えへへ。ありがとうございます」
正直何が『すごい』のかはよくわかんなかったけど、とりあえず褒めてもらったっぽいからお礼を言っといた。
たぶん私の親孝行しようという心意気が立派だとか、そういうアレだろう。褒められて悪い気はしないね。うん。
「なんかお弁当も買ってなかった?」
「あ、はい。駅弁も買いました」
新幹線に乗るんなら、駅弁なんか絶対マストで買わなくちゃでしょ。
今回はゴールデンウィークのときに買った釜飯のやつとは別のやつを購入したので、非常に楽しみである。
「亥埜さんは買わないんですか?」
「私はいいかな。あとでコンビニでサンドウィッチかなんか買うつもりだし」
亥埜さんは何気なくそう言っていたけれど、その一言に私がどれほどの衝撃を受けたか。ドガーンって感じだよ。驚きまくりだよ。
新幹線に乗るのに駅弁を買わないどころか、そこらのコンビニでいつでも買えるようなサンドウィッチで済ませようとするなんて……。
大切な友だちにこんなことを思ってしまうのは失礼かもだけど、亥埜さんはもしかしたら、私よりもちょっぴりお子ちゃまなのかもしれない。
だって大人だったら風情がどうとか情緒がどうとか、そういう旅の雰囲気に浸るために『駅弁食べたい! 駅弁食べたいよぉ!』ってなっちゃうものでしょうが!
でもきっと亥埜さんもこれから少しずつ、そういう侘び寂びみたいなものを理解することになるのだろう。
コンビニに買い物しに行った亥埜さんの背中を、私は大人風を吹かせながら温かく見守ったのだった。
あっ、でもコンビニいいな! 私も行きたい!
あのコンビニ行ったことないもん! 食べたことないお菓子あるかもじゃん!
パパッと買い物を済ませて戻ってきた亥埜さんが荷物を見といてくれるというので。
私もワーイとコンビニで買い物することができました。やったぁ。
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