第一七一話 神と夜咄
◇◇◇
寝ている今丑さんの息遣いだけがかすかに耳に届く、窓から月明かりが差し込む薄暗い部屋のなか。
私は子日ちゃんと並んでベットに横になっていた。
本来は一人で使うようなベットの広さでは、たとえ身体が小さな私たちでも、肌が触れ合うくらいには寄り添わないといけなくて。
さっきまでの眠くてウトウトしていたりとか、子日ちゃんと一緒に寝ることになって、ベットに入る寸前まではウキウキだった気持ちもどこへやら。
いまは子日ちゃんと同衾していることのドキドキで眠気も覚めて、夢の世界は遠のいていた。
「……神さん、狭くないですか?」
「えっ!? あ、うん。大丈夫れす……」
電気を消してから少しのあいだ静かな時間が流れていたから、子日ちゃんはもう寝ちゃってるかもと思っていたけど。
そんなときに急に声をかけられたもんだから、ビックリして声が裏返っちゃったよ……。
「あっ、声おおきくてごめんね……今丑さん起こしちゃったかな」
ちょっと驚いてしまったせいで、おもわず大きめな声が出てしまった。
寝ているところを起こしちゃったかなと心配になったんだけど、チラと目を向けても今丑さんは起きた様子もなく、スヤスヤと寝続けているように見える。
「たぶん大丈夫だと思いますよ。今丑さんは一度寝てしまうと、朝まで起きないですし」
同室の子日ちゃんがそう言うなら、さっきくらいの声の大きさで起こして迷惑かけるなんてこともないのだろう。
ホッと胸を撫で下ろしていると、隣から子日ちゃんの小さな笑い声が聞こえてきた。
「前に巳継さんがそのことを知ってイタズラしにきても、やっぱり今丑さん、ぜんぜん起きなくて」
思い出して話している子日ちゃんの楽しそうな様子につられて、私も思わず一緒に笑ってしまった。
そのあともコソコソと秘密の話をするように、眠たくなるまで子日ちゃんといろいろな話をした。
まるで少しでも長く、このお泊まり会の終わりを先延ばしにするように。
どんなに楽しい時間でも終わりは訪れるもので、それは私にだってわかっているけれど。
それでも……惜しむ気持ちが生まれてしまうのはしょうがないことで。
もし子日ちゃんも私と同じ気持ちを抱いてくれているのなら嬉しいな、なんて思いながら。
楽しい気持ちに少しだけアンニュイな感情が入り混じったような、そんな寂寥感を私が抱き始めていたころ。
夜話の話題は少しずつ、友だちとの思い出話に移っていった。
「今丑さんや虎前さんとは、ときどき一緒に買い物に行ったりするんです」
今は子日ちゃんが、この学校での一学期をどのように過ごしてきたのかを聞かせてくれている。
私はこのまえ子日ちゃんとも大切なおともだちになることができて、一緒にいる時間やお話しすることのできる時間も増えているけれど。
それでもずっと一緒にいれるわけではないから、私から聞かせて欲しいとお願いしたのである。
子日ちゃんが過ごした時間について色々なことを教えてくれて。
どんな話も楽しそうに話してくれるから、きっと子日ちゃんにとってこの学校で過ごした一学期は、とても充実したものだったんだろうって。
そんな印象を抱いてしまうような子日ちゃんの思い出話が、とても微笑ましくて。
私も胸の中が温かくなるような感覚を抱きながら、ニコニコと笑顔を浮かべながら聞いていた。
「寮のお部屋とか部活が同じなので、そのおかげか、ご一緒するタイミングが多いのかもしれませんね。神さんはどうですか?」
「私? ん〜そうだなぁ……」
同室の子はいないし、同じ部活の羊ちゃんとも頻繁に買い物に行ったりもしてないし。
コンビニとかへの買い物も、まだ基本的にはおひとり様なんだけど。
あぁでも、誰かと買い物に行ったっていう出来事で思い出すなら……。
「そういえばね? 亥埜さんと一緒にお出かけしたことがあるよ。あと戌丸さんや卯月さんとも」
「えっ! そうなんですか……いいなぁ」
よくよく思い出してみると、こりゃまぁ私にとっては大進歩というか大躍進というか。
まさか同年代の友だちと、何度も二人っきりで遊びに行ったりできるようになるなんて。
自宅に引きこもっていた頃には、架空の女の子相手にそんな妄想をしたことはあったかもだけど。
まさか現実でもそんな経験ができたなんて、過去の自分に教えてあげても信じてもらえないかもしれないね。
子日ちゃんの思い出話を聞いてるうちに、私の頭の中でも一学期のいろいろな記憶が蘇ってきて。
だけどそんないくつもの記憶もホロホロと朧げになり始めたのは、きっと今まで静かにしてくれていた眠気がとうとう強く主張し始めたからだろう。
急激に襲いかかってきた心地よい眠気が強力過ぎて、抗おうという気持ちすら起きなくて。
「あ、あの、神さん……今度遊びに行きませんか?」
すぐにでも手放してしまいそうな意識がギリギリ残っていたそんなときに、すぐ隣からそんなお誘いの言葉が聞こえてきた。
子日ちゃんとお出かけかぁ……絶対楽しいだろうなぁ。
今まで一緒に出かけたことはなかったけれど、子日ちゃんとならどこでも絶対に楽しく過ごせそうだし。
睡魔のせいでフワフワとした夢見心地の中に訪れた提案は、すごく嬉しくて、とても魅力的だった。
もし数時間前とかの、もっと意識がしっかりとしているときに聞いてたら、きっと舞い上がってしまうほどにテンションが上がっていただろう。
もちろん答えなんて決まっていて、夢の世界に旅立つ前にせめて返事だけでも返そうとしたのだけれど。
「あっ! み、みなさんと、とか! 夏休みの最後にでも!」
私が答えを返す前に、子日ちゃんが付け加えるようにそう言った。
あぁ、なるほど。二人でじゃなくてみんなとかぁ。
てっきり子日ちゃんとふたりきりでデートできるんだって勘違いしちゃったよぅ……。
でも、それもすごい楽しそうだなぁ。
子日ちゃんと二人きりでも、ほかのみんなと一緒であったとしても、私の答えは変わらないから。
「ぅん……いきたい」
用意していたままの答えを返したのだけど。
返事ができたことに満足した途端、私は現実にしがみついていた意識を手放して。
「ごめん子日ちゃん……もう、ちょっと……おやすみぃ」
最後にそんな言葉だけを残したあとで、私は眠りに落ちていった。
「はい。おやすみなさい、神さん。はぁ……私の意気地なし」
眠りについた私の耳に入り込んだそんな子日ちゃんのつぶやきも、当たり前に私の記憶に残ることはなかった。
だから朝に起きた時にも当然覚えてなかったし。
そもそも私が目覚めたとき、子日ちゃんたら寝ぼけて私に抱きついてたんだもん。
寝起きからビックリしたりドキドキしたりしたせいで、みんなでお出かけするお誘いはギリギリ覚えていたとしても。
子日ちゃんのこぼした本音だけは、ついぞ子日ちゃんだけのものとなったのだった。
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