第十七話 神は猫に迷う
◇◇◇
「先生の用事はこれで終わりなんだけど、神さんの方から先生に話したい事とかあるかな?」
キモい妄想とホームシックの融合により、思考が亜空間に飛んでたところで、猫西先生の声が私を現実に引き戻してくれた。
「どんな事でもいいのよ? 今悩んでいることとか、そういうのが話しづらかったら軽い世間話なんかでも先生大歓迎なんだけど」
「あっ、うぅ……えと」
せっかくの機会だし、虎前さんからカツアゲされたことチクっちゃおうかなとも思ったけれど。
あとで報復されたりすんのも怖いし、コレからも強請られたとして、貴重な美少女と絡む機会ではあるわけだし……。
「あの、あぁ……うー」
それよりもホームシックを患っちゃってるんですけど、先生なんとかしてくれませんかとか……流石に言えるわけないし。
「うぇ……あぐ、ぽぺ……」
「な、なかったらいいのよ? ごめんね、無理に話させようとしちゃって」
何か捻り出そうとしても碌な話が思い浮かばず唸っていたら、バチくそ気を使わせてしまって、ワタクシ情けないですわー。
唸るっていうより、死の淵に追い込まれた珍獣のうめき声みたいでおハーブですわー。いや笑えんわ。恥っず。
自分があまりに可哀想すぎて、一人でお通夜状態のまま、職員室の真ん中で妄想に浸っただけで今日はお開きになりそうだった。
すまねぇ先生。あっちが不甲斐ないばっかりに、そんなあからさまに気まずそうな顔をさせてしまって。
「……でも今日はなくても、これからも何でも相談してね。先生も生徒のみんなのためなら、どんなことでも力になりたいから」
んなっ!?
バカ! 先生のバカ! 私の方がバカだけど先生もおバカ!
『生徒の言うことなら何でも聞く』なんて軽々しく言ったらダメでしょうが!
勘違いした私みたいなアンポンタンが図に乗ってエッチなお願いしちゃったらどうするの! 破廉恥すぎるよそれは! エッチだよ!
そこまでは言ってませんね、はい。私だけがバカでアンポンタンでした……誠にごめんなさい。
「あぃ……すいません。失礼します……」
これ以上はもう、私の頭の中に詰まったクソゲスヘドロが漏れ出て、ポロッと余計なおバカ発言をしてしまう危険が危なかったため。
下手こいてドン引かれる前に、さっさと退散することにいたしましょ。
先生様の貴重なお時間を頂戴頂いたにもかかわらず、マトモなコミュニケーションを取れなかったことやら、脳内で汚してしまったことやらを含めた、いろんな謝罪の気持ちを込めてペコリと一礼したのち。
私はズコズコと職員室から敗走したのだった。
夕焼けのキレイな通学路をひとり寂しく歩いて帰りながら、私は思った。
私にいまだ友だちができないのは……。
運が悪いこと以外にも、私自身にとんでもなく凶悪な原因があるかもしれねぇと。
◇◇◇
「もう、おうち帰りたいよお母さん……」
「アンタまだ入学して一ヶ月も経ってないでしょうが」
その日の夜、私は自室でママンに電話をかけた。
耳に慣れたその声を聞くだけで、帰巣本能がジュクジュク刺激されて、寂しさで泣きたくなる。てか既に泣いてたわ。ぐすん。
「ともだち、できないんだもん……」
「入学するまであんなに楽しみにしてたじゃない」
呆れと母性が半分ずつくらい混じり合った大好きなお母さんの声のせいで、私からドンドコ弱音が漏れ出てくる。
「だって、寮でも教室でもひとりだしぃ……もう私一生ともだち作れないと思う。そもそも、ともだちってどうやって作るの? いいよもう、私にはお母さんだけいてくれれば。それにもしかしたら、ともだちって必要ないかもしれない。ともだちとは一生一緒にいれないけど、お母さんとはずっと一緒にいれるじゃん。やっぱもう退学してずっとお母さんといたぃよぅ……」
「必要ないも何も、アンタまだ友だちいないんでしょ? あはは」
「その発言は辛辣すぎて流石にDVだよ? てかなんで笑ったの?」
基本的に子煩悩な母ではあるけれど、ときどきこうして私をからかって愉快そうにしているところは、娘への愛がちょっぴり歪んでんじゃないかと思うわ。
純粋に心配してくれてた猫西先生で、無礼極まった妄想しちゃうような娘に育っちゃったのも、たぶんアンタの遺伝子と教育のせいもあるぞ?
「ごめんごめん。私と一緒にいたいってのも、まぁ母親として嬉しい言葉ではあるけどさ……」
それまではカラカラと笑っていたお母さんだったけど。
私が結構まいっているのを察してくれていたから、電話越しの声音をいつもの優しいものに変えてくれて。
「私としてはやっぱり今まで我慢していた分、高校生活を思いっきり楽しんで欲しいからさ。寂しかったり辛いこともあるかもしれないけど、もう少し頑張ってみたら? いつでも電話してきていいし、いくらでも話も聞くし。本当にもう無理ってなったら、いつでも帰ってきていいから」
百合花女学園の入学を目指してから、お母さんはいつも私を励ましてくれて、親元を離れた今でも励まし慰めてくれている。
泣き言ばっかり言ってないで、その応援には応えないといけないって。
今日もお母さんのおかげで、ようやく少しだけだけど、元気と勇気が湧いてきた。
「うん……もう少し頑張ってみる。ありがとう」
それからほんのちょっとだけ話をして、お母さんとの通話を切った。
結構へこたれてはいたのだけれど、お母さんのおかげで明日からも頑張ろうと、決意を新たにした矢先。
電話が終わるのを待っていたのではないかというくらい絶妙なタイミングで、私の部屋のドアをノックする音が耳に届いた。
それはつまり……私の部屋に、初めての訪問客がやってきたことを意味していたのだった。
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