第一六六話 鶯と夕焼け
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一年生の可愛い後輩たちが買い出しに旅立ったあと、校庭には先輩組の私たち三人が残されたわけだけど。
「やっぱ今からでも追いかけた方がいいと思わないかい? 二人が心配だし」
「諦めが悪いっての……初めてのおつかいじゃないんだから大丈夫だって」
名残惜しさ全開で、竹雀はいまだにブツクサとしょうもない能書を垂れ続けてるし。
目を離した隙に、マジでいつのまにか神さんたちの後を追っかけていきそうだからなぁ、この女……。
「私たちは松鵜の手伝いにきたんでしょうが」
「大丈夫。そっちはきっと二人でやりきれるさ」
「お前もやるんだよ〜」
私と松鵜が両腕を掴んでいるから、今はこの副会長様も勝手なことはできないとはいえ。
行動力のある竹雀がいつ暴走するかも予想できないので、とっとと私たちのすべき作業に取り掛かるべきだろう。
「ほら、松鵜。作業はじめちゃお。そしたらコイツも諦めるかもだし。まず何すればいいの?」
「そだね〜。んじゃ二人にはテント立ててもらおっかな〜」
そう言って松鵜は地面に転がってた長細い袋から布やら棒を取り出して、私たちにテントの立て方のレクチャーをしてくれた。
教えてもらった限りでは、まぁ多分テントを立てるのは問題なさそう。
竹雀と協力しながら地面に敷くらしいビニールのマットを広げたり、その上にテントを組み立てたりしていると、気づいた時には松鵜の姿が消えていた。
まぁアイツはアイツでやることが沢山あるだろうしね。
そのまま作業を続けて、なんとかテントが見事にそびえ立った丁度そんなタイミングで、天体望遠鏡を胸に抱えた松鵜が戻ってきた。
「お〜、いい感じじゃ〜ん。さんきゅ〜」
生まれて初めて組み立てたテントも、松鵜のオーケーが貰えたようなので。
そのあとも松鵜の指示のもと、私たちは着々と天文部の合宿の準備を整えていったのだった。
◇◇◇
テントやら寝袋やら、さらには夕食作りのための調理場所の用意やら。
三人で協力しながら、少しずつやるべきことを片付けて行った。
手は動かしながらも自然の流れで夏休みの話なんかもしたけれど。
二学期は学校行事が多いし、その準備の関係で私たち生徒会役員の仕事も多いから。
このまえ夏休みの予定を確認したとおり、三人とも八月に入ってから帰省するってのには変わりはなさそうだった。
親は残念がってたけれど、まぁしょうがない。
それに家に帰るのが嫌なわけではないけれど、寮に残れるのも良いことだってあるわけで……。
ルームメイトは明日には帰省するらしいから、つまりは少しの間、あの部屋は好きに使えるということだ。
つい先日、付き合ってる女の子から『後輩に見られたから、外で手を繋いだりするのやめよう』なんてご無体なことを言われてしまった私にとって。
ようやく訪れた二人っきりでイチャつけるチャンスであるわけだし。
あの子が帰省するまでの数日分しかそんな素敵な時間は許されてないとはいえ、それでもいろいろと期待してしまうのも無理はないでしょうが。
そろそろキスとか、それ以上のことだってしてみたいし……いや、今そのことを考えるのはやめとこう。
せっかく松鵜たちにだって秘密にして付き合ってるんだもん。
変な想像しながらだらしない顔さらしちゃって、そんで不審がられるのもイヤだし!
どうしても頭に浮かんでしまう不埒な妄想を振り払いながらも着々と作業は進み。
竹雀はいまテントの中で、寝袋の下に敷くエアマットを必死にフーフー息を吹いて膨らませてる。
かなり面倒そうな作業だけど、『神さんが寝るときに使うんだよ?』って言ったら喜んでテントに飛び込んでった。
そのザマはちょっとキモかったけど、まぁやってくれるならどうでも良いや。
そっちは竹雀に任せて、私は松鵜と夕ご飯の調理のための準備をしているわけだけど。
「ねぇ、これ料理の時に火つかうんだよね? 生徒だけで大丈夫なの?」
テーブルの上にカセットコンロを用意しながら、ふと心配になったことを松鵜に聞いてみた。
家庭科の授業の調理実習みたいに、火とか刃物を使うなら大人がいないと問題あるんじゃないと思ったし。
「あ〜それなら大丈夫。もう少しで先生が来てくれるだろうし〜」
「そっか、なら良かった。誰が来んの? 天文部の顧問って……誰だっけ?」
「猫西ちゃんだよ〜」
なるほど猫西先生か。
二年生の授業を受け持ってるわけではないけれど。
生徒会の仕事でいろんな先生とちょいちょい関わることもあるし、何度か話したことのある猫西先生の顔はすぐに思い浮かんだ。
「ふーん。天文部の顧問ってことは松鵜が部活つくる時に頼んだんだよね? なんで猫西先生? クラス担任の大鰐先生とかに頼めば良かったじゃん」
去年から松鵜とは仲良くしてるけれど、猫西先生とそんな仲良かったかなとか考えながら。
作業のお供の世間話ていどに、少し突っ込んで聞いてみた。
松鵜のクラスを大鰐先生が担当してるんなら、猫西先生よりも頼みやすいんじゃないのとも思ったし。
「ん〜、大鰐ちゃんはね〜……」
だけど松鵜は眉をひそめて、少し言いづらそうに言葉を濁した。
なにやら言葉を選んでるようだったので、そのまま続く言葉を待っていると。
「もうソフトテニス部の顧問しちゃってるし。それになんて〜か……ほら、ちょっと大雑把なところあるし」
「えっ、そうなんだ? あんまそんな印象なかった……」
大鰐先生はうちのクラス担任なわけではないし、授業で関わりがあるくらいだしな。
でも去年一年間まるまる関わってきた松鵜がそう言うのであれば、なにかそう思わせるエピソードでもあるのだろう。
意外な大鰐先生の一面について考えさせられながら手を動かしているうちに。
天文部顧問の猫西先生が校庭までやってきて、そのすぐあとに神さんたち買い出し組も無事に学校まで帰ってきたのだった。
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