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神はケモノに×される  作者: あおうま
第二章 ようやくはじまったナニカ
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第一五三話 子と年の功

 

◇◇◇

 

 烏星えぼし先輩は入部した時から変わらず、ずっと優しい先輩です。

 誰にでも分け隔てなく穏やかに接していて、面倒見もとてもよくて。

 だけど、いま思い返すと入部したばかりの頃の先輩は、ふとしたときに暗い表情を浮かべていることがあったような気もします。

 そう思ってしまうのも、ここ最近の烏星先輩は以前よりも明るくなったように見えて。

 それに少し前から雰囲気が変わったように感じることが増えたように思うんです。

 なにか悩んでたことが解決したように朗らかで、以前よりも魅力的な笑顔を浮かべるようになったといいますか。

 目の前で可愛らしく笑っている先輩を見ていて、ふとそんなことを考えていたのですが……。

「そっかそっかー、お友だちかぁ。私てっきり……」

「えっ?」

 なにやら気になるところで先輩がモニョモニョと言葉を濁したので。

 私もそれまでしていた考え事から気が逸れて、思わず聞き返してしまいました。

「あ、いやぁ……あのね? てっきり、告白でもしたのかなって……」

「こっ、しません! してません!」

「そうよね! ごめんね? 私の勝手な想像だから!」

 まさかそんな恥ずかしい予想を立てられていたなんて、一切まったく思っていなかったので。

 一瞬で熱が出たように頬が熱くなりながら、必死に否定しました。

 だって、そんな、神さんとはお友だちになったばっかりですし!

 それにまだ、私にはそういうのは早いと思いますし!

 恋愛とか恋人に憧れる気持ちはもちろんありますし、少女マンガも大好きですけど……。

 私がヒロインの女の子みたいに悩んだり告白しているところなんて、今はまるで想像できないです。

「変なこと言ってごめんね?」

「い、いえ……」

 ワタワタと慌てる私のせいで先輩のことも焦らせてしまったようですけど、お互いに一息ついて落ち着いたあと。

 申し訳なさそうにしながらも、先輩が気を遣ってくださいました。

 先輩が口にしていた私が告白したという想像も恥ずかしかったのですが、加えてとても慌ててしまったことも恥ずかしくて。

 気持ちは落ち着いてきましたが、頬の熱さはまだ引いてくれそうにはありませんでした。

「本当にごめんね? 私がちょっと色ボケてたみたいで」

「大丈夫です……私もごめんなさい。先輩に何度も謝らせてしまって」

「ぜんぜん! 子日ちゃんは悪くないんだから!」

 なんか気まずくなってしまって、顔を上げて先輩と視線を合わせられない私の頭を、烏星先輩が優しく撫でてくださって。

 チラリとようやく上げられた私の視線を、先輩はいつも通りの温かい笑顔で受け止めてくれました。

 まるで春のおひさまのような烏星先輩の笑顔のおかげで。

 私もつられるように少しだけ、笑顔を浮かべることができたのでした。

 

◇◇◇

 

 こんなに素敵な先輩なのですから、きっと烏星先輩にはお友だちもたくさんいるのだと思います。

 じつは学校の中や下校の途中などで、たまたま烏星先輩を見かけたことが何度もあって。

 おそらくお友だちなのだと思いますが、いつも先輩の側には誰かがいましたし。

 きっと他の先輩方も、烏星先輩のことが大好きなのだと思います。

 それに、とくに最近は……。

 たしか生徒会役員の方と二人で一緒にいるところを、何度か偶然見かけることもありましたし。

「でもお友だちかぁ……お友だちは大切よね? 仲良い子がいると毎日楽しいし」

「はい。神さんとお友だちになってから、私も毎日とても楽しいです」

 神さんのまわりは賑やかで、クラスのみんなのお話を聞いているだけでもとても楽しくて。

 そんな今の幸せも……神さんがとても頑張ったからで。

 神さんと比べたらちょっぴりかもしれないですが、私も勇気を出すことができたことも少しは関係してたらいいな……なんて思ったりして。

 そんなみんなの気持ちが重なって、今の幸せな毎日があるんだなって思えたからでしょうか。

 私は胸にジンワリと広がっていくような、そんな温かさを噛み締めていたのですが。

「えっ? 子日ちゃんがクッキーを渡した子って神さんなの?」

 ついこぼれてしまったその名前を聞いた先輩は、なにやら驚いているようでした。

 でも、それも無理はないかもしれません。

 神さんはとてつもなく可愛いですし、他の学年に関係なく、心配になっちゃうほどに人気がありますし……。

 だけど烏星先輩の綺麗なお顔にうつった表情を見てみると。

 人気者の神さんを思っているというよりは、もっと複雑そうな感情が浮かんでいるように感じられまして。

「はい……えっと、神さんです」

「そ、そうだったんだ? なるほど……」

 そのままなにか考え込むようにムムムと眉間に皺を寄せてしまった先輩をみて、流石に心配になってきました。

「あの、神さんとなにかあったんですか?」

 神さんと烏星先輩が一緒にいるところは見たことがありませんでしたが。

 それでもじつは、何か複雑な事情があるのであれば。

 私にとってはとても大切な二人のことですし、力になれることがあればいくらでも力になりたいと思って、そう聞いてみたのですが。

「えっと、直接おはなししたことはないんだけどね? それでもすごい大きな恩があるっていうか……」

「恩、ですか?」

「うーん……あの〜、あのね? ちょっと前まで私、大切な……えと、お友だちとちょっと疎遠になっちゃってて」

 私の質問に烏星先輩は、視線をあっちこっちに動かしながら。

 なにやらとんでもなく言葉を選んでます、という感じで少しずつ説明をしてくれて。

「それでずっと悩んでたんだけど、神さんのおかげでその子と、その〜……仲直りできた、みたいな?」

「そんなことがあったんですね……」

 先輩はなぜか気まずそうにアハハと笑っていましたが。

 そんないつもとちょっと違う先輩の様子よりも、私は『なるほど』とひとり勝手に納得してしまいました。

 何ヶ月も前の先輩がときどき浮かべていた、憂いを帯びたような表情はそのせいだったのかな、とか。

 大切なお友だちと仲直りできたから、最近の先輩は大きな悩みがなくなって、前よりも明るくなったのかな、とか。

 いくつもの気になってたことが繋がって、まとめて解決したようにスッキリした気持ちになったのです。

 ということは、おそらくですが先輩が仲直りすることのできた方というのは……。

「あの、烏星先輩」

「う、うん。なぁに?」

 ここまで疑問が解決したのなら、最後にそれも確かめたいなって。

 何かを探るつもりとかは全然なくて。

 本当にちょっと気になるから確認しておきたいって、ただそれだけの理由でしかなくて。

「そのお友だちって、もしかして生徒会の方ですか? 最近よく一緒にいる……」

「えっ!?」

 そんな軽い気持ちで口にした私の言葉を聞いた烏星先輩は。

 今までに見たことがないような、とても驚いた表情をしていました。

「そ、そんな一緒にいるかな? わりとコッソリ……」

「でもこの間も手を繋いで帰ってましたし」

「みてたの!?」

 本当にたまたま偶然、寮までの帰り道から逸れた小道に先輩の後ろ姿を見つけて。

 隣にいる方と仲良さそうに手を繋いで寄り添いあっていたので、私にとってはとても微笑ましい記憶でしかなかったのですが。

 それはご本人には言うべきではなかったのか、烏星先輩は何故かアワワと慌て出してしまいまして……。

「と、ともだち! 普通のともだちだからね!? だから誰にも言っちゃダメよ!?」

「は、はい!」

「あっ! 長話しちゃったね? 授業始まっちゃうし! またね!」

 いつも穏やかな先輩にしてはとても珍しいことに。

 慌ただしく、まるで逃げるようにして私の前からあっという間に去っていってしまわれたので。

 そんな突然のお別れに反応できず、私は呆気に取られたままで先輩の背中を見送ることしかできなかったのでした。

 

◆◆◆

 

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