第一四六話 卯と好例
◇◇◇
天気予報で確認したら今日はずっと雨模様らしいけれど。
その程度は些細なことだと思えるほどに、ウチはメチャクチャ浮かれていた。
傘を手に取って寮の玄関を出ると、すでに神さんは庇の下でウチのことを待っていた。
「神さんお待たせ〜。ごめん待たせちゃった?」
「あ、卯月さんこんにちは。ぜんぜん待ってないので大丈夫です」
どうせなら少しでも長く神さんとの時間を過ごしたかったし、待ち合わせ場所は寮の入り口でって決めていた。
これなら万が一どっちかが寝坊しても、すぐに呼びに行けるもんね。
まぁ、せっかく神さんとお出かけするっていうのにまさか寝坊するなんて、そんな失敗をやらかすこともウチはないだろうけども。
今日にそなえて昨日の夜も早めに寝たし。
「おぉー! てか神さん服メッチャ可愛いねー! すごい似合ってる!」
「えへへ……そ、そうですか? 良かったです」
ウチの感想に照れながらも、それでも神さんは嬉しそうに笑ってくれて、なんかめっちゃキュンキュンした。
マジでお世辞でもなんでもなく、私服でオシャレした神さんはとんでもなく可愛かった。
いつも制服か部屋着しか見てないから、お出かけ用の服を着てるのもすごい新鮮だし。
ウチと出かけるからってオシャレしてくれたんならメッチャ嬉しいなー。
「あの、卯月さんもお洋服、とても似合ってて可愛いです! 可愛いし、大人っぽくてすごい素敵です」
「え、マジ? ありがとー!」
よかったよかった。
けっこう張り切ってオシャレしてきた甲斐があったよ。
最初は神さんと並んでも見劣りしないようにーって意気込んでたんだけど。
なに着てくかメッチャ悩んでるうちに、いつのまにか『神さんが気に入ってくれるか』っての目指してたんだよね。
だから周りの誰かがどう思うかじゃなくて、神さんが褒めてくれたんなら、もうそれで充分報われたよー。
「んじゃ行こっか」
「は、はい。よろしくお願いします!」
傘を広げて外に出ると、シトシトと振り続けている雨のおかげで涼しくて。
暑くてダラダラ汗をかくくらいなら、むしろ雨もいいじゃんなんて思えた。
「今日は一日雨なんだって。あっ、でも明日は少し晴れるらしいよ?」
「そうなんですか? 雨じゃないのも久しぶりですね」
バス停までの短い道を歩く途中でも、ウチらは会話を弾ませてたし全然退屈なんてことはなくて。
バスが来るまで雨の中で待っていても、バスに乗ってショッピングモールに着くまでの道のりでも。
おしゃべりの話題は尽きずに、あっという間に時間は過ぎていったのだった。
◇◇◇
今日は神さんのプレゼント選びがメインなんだけど。
明日は駅を使って出かけるらしかったから、今日は駅とは反対方向のバスに乗ってショッピングモールまでやってきた。
ウチも友だちと出かけるときはいつも駅の方だし、このモールにはあんまり来たことないんだよねー。
そこそこ大きなショッピングモールに辿り着き、休日だから人もそこそこ多いなか。
少し歩いたり移動したりで、『もしかしたら神さんちょっと疲れてるかも?』なんて思ったので。
「まずどうしよっか? スタバでも行く?」
いつも他の友だちと出かける時のノリで、軽い気持ちでそう提案してみると。
「スタバ!? い、行きたいです!」
お、おぅ……すごい反応じゃんね?
なんかとんでもない食いつき方で、神さんがブンブンと首を縦に振っていた。
「んじゃ、とりまスタバ行こっか。神さんスタバ好きなの?」
「い、いえ。入ったことなくて……ずっと行きたかったんですけど」
モニュモニュと小さくそう言った神さんはどこか恥ずかしそうにしていたけれど。
そんな様子も特に気にはならなくて、それ以上に嬉しい気持ちが勝っていた。
だってさ?
神さんスタバ未経験で、行ってみたかったんだって。それなら行くっきゃないじゃんね。
ウチは何度も行ったことあるから、オススメのカスタムとかトッピング教えてあげられるかもだし。
「んじゃスタバいこっか!」
「や、やったぁ。スタバデビューだ……」
「うんうん! でびゅーしよー!」
そんな感じでずっと浮かれ続けたままで。
ウチと神さんはショッピングモールを楽しく散策しはじめたのだった。
◇◇◇
やばいやばい。スタバに長居しすぎてしまった。
だって話が弾んじゃったんだし仕方ないじゃん。
どんな話してても笑ったり驚いたり、からかったらちょっと拗ねちゃったり。
そんな感じで神さんはいつでも素直な可愛い反応を見せてくれるんだもん。
神さんとアレやこれやとダベってるのがひたすらに楽しすぎて、席を立つタイミングが全然なかったよー。
「あ、あの! やっぱりお金……」
「あはは。もういいってー。神さんのスタバデビューのお祝いだよー」
スタバで神さんと一緒に注文したとき、ちょっとカッコつけて奢ったりなんかしちゃったよ。
まぁ、ママから貰ったドリンクチケット持ってたから、出費的には全く痛くなかったしね。
「うぅ……すいません。ごちそうさまです」
「いえいえー」
神さんは何度も『払うー』って言ってくれて、それでも最終的には受け入れてくれたと思ったんだけど。
それでも今みたいにまだ気にしてるなら、ちょっと押し付けがましかったかな?
奢ったことじゃなくて、神さんに気にさせちゃったことが少し引っかかったんだけど……。
「卯月さんが決めてくれた、カスタム? すごい美味しかったです! 卯月さんとスタバ来れてよかった……」
「ほ、ほんと?」
「はい!」
でもなんだかんだ喜んでくれたみたいだし。
それに目の前で満開の笑顔を浮かべてくれた神さんの嬉しそうな顔を見ることもできたし。
「……よかった。ウチも、神さんと今日来れてよかったよ」
まっすぐに向けられた笑顔の威力に頬が熱くなっている自覚を持ちながら。
もしかしたらちょっとキモい顔になってそうで心配だけど。
ウチは照れとか嬉しい気持ちのせいで多分ニヤけちゃいながら、そんな言葉をポソっと小さくこぼしつつ。
今の幸せな時間を、胸の中でじんわりと噛み締めたのだった。
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