第十四話 虎は敗れ去る
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神さんが俯いて弁当のおかずを突いている隙に、その隣に空いたスペースにドカッと腰を下ろした。
衝撃やら音やらで隣人の発生に気づいた神さんが顔を上げて、あたしがいるのを見つけた途端。
ビクッと身体を跳ねさせて、表情やら体の動きやらを固まらせた。
神さんとしては逃げ切れたと安心してのランチタイムだっただろうから、そんなヤツが追いかけて来て隣に座りゃあ、そりゃビビって硬直もすんだろう。
まぁ、あの逃げ足の遅さでは、せいぜい亀から逃げ切ることしかできないだろうけど。こんだけ可愛いんだから、有事に備えて逃げ足だけは鍛えておいてほしい。心配になるからマジで。
とにかく誤解をとかねぇと。
あたしは『神さんを怖がらせる気なんて全然ないんだよー』とアピールするために、ニコッと笑って見せた。
あっ、ダメだコレ。上手くできた気が一切しない。ニチャァって感じだ絶対。
そもそも人当たりのいい笑顔なんて意識して浮かべたこともねぇし、しようと思ったこともない。鏡の前で練習したことだって、んな経験もモチロンないんだから仕方ないだろ。
でも、せめてなんか言わねぇと……。
「……よお」
ニチャッて笑いながら『よお』じゃねぇよ! 余計怖ぇだろうが! 神さん固まったままだぞ!
さっきの失敗を活かして、こんな短い言葉ではなく、ちゃんと意味の通じることを言わねぇと。
そう反省して頭をめっちゃ働かせたかったのに、神さんの顔を近距離で見ているせいで、碌に言葉が出てこない。
それでもガンバらねぇといけねぇだろ!
誤解を解くために、仲良くなるために、そんためにここまで追いかけてきたんだしよ!
「……に、逃げなくてもいいじゃぁん」
はい死んだ。キモさの境地が出ました。自首すべきレベルのそれ。
神さんは「ァワッ……ァワッ……」とかビビりながら震え上がっていた。
うん、当然ね。あたしだったらブン殴るレベルでキショかったもんね。ごめんね。
マジで一旦落ち着けあたし。
「ごほん……悪ぃ、なんでもねぇ。今のは冗談だから」
言ってから気づいたけど、実際追いかけて来てるんだから冗談もクソもなかった。
神さんは顔も身体も思いっきり私から逸らしながら、「ウッ……ウッ……」とか呻いてるし。ダメだこりゃ。
やる事なす事がぜんぶ裏目。どう頑張ってもこの状況から好転できるビジョンが想像できねぇ。
違うんだよ……迷惑かけたいわけでも、こんな風にビビらせてぇわけでもないんだ。
ただちょっとでも話せれば、そんであわよくば少しでも仲良くなりたいってだけだったのに……。
逃げもせず、ただプルプル震えている神さんの姿に、ひたすらに悲しさや不甲斐なさが込み上げた。仲良くなりたかった子にこんな思いや表情をさせてしまうなんて、マジであたし終わってる。
何度も繰り返したシミュレーション通りの言動が、現実では全くできないレベルでテンパっちまうようなスカポン女である自覚ができた訳だし。
今日のところは一旦出直そうと悩んでたところで、まだ神さんの財布を握ったままであることに気づいた。
とりあえず財布は返してあげないと。
クールな神さんにはちょっと似つかわしくないようにも見える、薄ピンクの小さくて可愛い財布だ。まだキズも汚れもないし、新しく始まる高校生活のために最近新調した大切なものかもしれないし。
自らの情けなさから思わずひとつ溜め息を漏らしたあと。
立ち上がって、未だビクビクしている神さんの目の前に財布を差し出した。
「……悪ぃな。んなつもりじゃ、なかったんだけどよ……」
それだけ言い残して。
私は情け無さから思わず溢れた涙を見られないように、足早に中庭から立ち去ったのだった。
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