第一三〇話 神と甘茶と毒
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お外は暑くなり始めているけれど。
寮の設備や空調のおかげで、ありがたいことに寝苦しさとは無縁な、六月のとある初夏の宵。
「ねぇマミー? 汝はともだち何人おる?」
「え、なに急に? ウザ……」
「別にウザくはないでしょ! ウザいはやめてよ傷つくし! ウザいはダメだよ!」
今日もいつものリラックスタイムで。
私は愛すべきお母さんに電話をテルテルしていた。
「ごめんて。んでさっきの鬱陶しいのはなによ? ちょっと友だち出来たからって浮かれすぎなんじゃない?」
「『鬱陶しい』もちょっとイヤなんだけど……ていうかちょっとじゃないよ! 十二人もいるんだからね!」
「はいはい。良かったね……」
ほぼ毎日電話やメールのやり取りをしてるにもかかわらず、今でも飽きることなくお母さんと話す時間は作ってる。
私は話したいこととか報告したいことが溢れてるし、お母さんの声を聞くだけで『明日も頑張ろう!』って気持ちが湧いてくるからね!
だけど最近のお母さんはイケずにも、私との電話の時間があまり楽しくなさそうにも感じる。
これは……きっとアレだろう。
嫉妬だ! ぜったいに嫉妬しちゃってるんだ!
大切が過ぎるはずの一人娘の私が、友だちの話ばっかりしちゃってるからさ。
私が他の子に取られたり、自分から離れていっちゃうんだって。
とんでもないほどの不安に襲われちゃってんだぁ……およよ。
「お母さん、最近いつも電話のとき元気ない……寂しんだね? 私が毎日成長しちゃってるから……」
大丈夫だよ、お母さん。
ちゃんとお母さんも大好きだからね。
そんな私の愛くるしいであろう気持ちも、もっとちゃんと届いてくれればいいんだけど……。
「いや違うわよ。友だちできてから年がら年中アンタが浮かれて調子づいてるから、流石にウザくなってきてゲンナリしてるだけだっての」
……このババァ、ほんとに私の母親か?
そんなのちょっとくらい我慢してくれてもいいじゃんかよぅ。
「アンタそんな様子で上手くやれてんの? 周りの子にもそんな感じでアホ丸出しなんじゃないかって、それが心配よ私は」
「や、やれてるよぅ! それにアホじゃないから丸出しにもしてないよぉ!」
「ほんとぉ? 子日ちゃんとか委員長ちゃんとか、ちゃんと仲良く出来てんでしょうね?」
「で、できらぁ! 当たり前だよ!」
電話越しに酷いことばっか言ってくるオバさんは私の頑張りを知らないから!
私の涙ぐましい努力を見せてあげたいよ!
そんな憤りの気持ちが漏れ出してしまい、右手に抱いていたテディベアをバシバシと太ももに打ち付けてしまった。
あぁごめん!
とんだ八つ当たりでテディベアにおいたしちゃった! ババァのせいだ!
「それならいいけどさぁ」
「ちゃんとみんなといつ話したとかって記録してるし! 三日以上おしゃべりしない時間が開かないように気をつけてるし!」
「えっ、え? 記録って、そんなことしてんの?」
「そうだよ! ともだちノート作ってるもん!」
最近は寝る前にともだちノートに『今日は誰と誰とおしゃべりできた。あの子とは何日お話しできていないからそろそろヤバい』とかって記録するのが日課になっている。
ぶっちゃけ宿題なんて私を苦しませるようなものなんかよりかは、よっぽど大事なタスクである。
「うわぁ、ともだちノートて……んな別に何日も話せないくらい大したことないでしょうが」
えっ……いま『ともだちノート』にお母さんちょっと引いてなかった?
娘の創意工夫の塊に対して失礼が過ぎない?
それに『大したことない』って……。
「そんな考えじゃ危険すぎるよ! どうぶつの森やってた時だって、たまたま何日も話せなかった子に『あれ〜誰だっけ?』って言われたことあるし! アレすごいショックだったんだから!」
「いや、人付き合いのお手本をゲームに求めるなよ」
あぁ〜! このオバさん考え古〜い!
きっとゲームをくだらない遊びの道具だと思ってるんだ!
「ゲームでだって学べることいっぱいあるもん! だって私よりも友だちがいっぱいいる大人たちが作ってるんだよ! 私に不足してる人付き合いのイロハだって学べるはずじゃんか!」
「それはそうかもしれんけど……はぁ。アンタの世間知らずなとこってか、その幼さはちっとも成長してないのか」
「ぐぎぎぃ……言い返してくるたびに私のことバカにしてぇ。ううぅ」
癒しを求めてお母さんをコールしたはずなのに。
それがどうじゃ。こんなバコベコに言い伏せられちまって、わたしゃ悲しいよまったくさぁ。
「てか私もう高校生なんだし! ぜんぜん幼なくなんてないし!」
「いや、まだまだバブちゃんじゃん。大人の女が母親にオリジナルの変身シーン披露したりしないでしょうが……」
「な、なん年前の話してんのさっ!」
何年か前、私がまだ米粒サイズの幼子だった頃だけど。
ハマっていたニチアサのアニメに影響されて、いろいろ妄想しながらオリジナルの変身バンクとか決め台詞を作り上げたことがある。
そんで仕事終わって帰ってきたアホほど疲れてるお母さんをつかまえて、恥知らずな私は『見てて見てて!』と愚かにも披露した、なんつぅ燃やしたい過去がありますのですけどもね。
ウベェ……思い出したら吐き気してきた。恥ずかしすぎる。
でもずっと引きこもってて暇だったんだもん! 試しにやってみただけだもん!
お母さんもいちいち覚えてなくていいのにぃ! んもぅ!
「また変身して見せてよ」
「お母さん……次にその話を掘り返したら私グレるからね?」
その後した会話の内容は私の記憶から割愛いたしました。
だってお母さんが私のことを辱めるが如く、私の黒歴史を根掘り葉掘りで掘り起こしてきやがったし。
終始スマホから聞こえるお母さんの声は楽しそうでよく笑っていたけれど。
その楽しそうな様子は私の望んだキッカケとは遥かにかけ離れておりましたゆえ。
私は恥ずかしさで頬を熱くしながらも、悔しさでシーツに悲し涙をこぼしたのでしたとさ。
んもぅクソが! グレてやるぅ!
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