第一一八話 鶯とお茶を濁す
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だって何にも思いつかなかったんだし、仕方ないと思う。
ほぼ神さんに丸投げしてしまったことへの罪悪感をちょっと感じつつ。
私は心の中でそんな言い訳をボヤきながら、自己弁護をしていた。
胸に抱いているニャンコのフィギュアは、発売日を待ちわびるほどにはすっごい欲しかったものだし。
もう手に入らないかもとさえ思っていたフィギュアが、まさかこんな意外な場所で、あっさりと簡単に手に入ってしまったわけだけど。
だからこそ神さんの言葉と気遣いに甘えて、ただ一方的に貰うだけなんて。
そんな私にとって都合の良過ぎることを、甘んじて受け入れるつもりはなかった。
神さんだって、もしかしたら酔いどれニャンコが好きでたまらなかったのに。
私が先輩だからとか何かしらの理由をもってして、歯を食いしばりながらも私に譲ってくれたのかもしれないし……。
だからせめて何らかのかたちでお返ししなければ、私の気も済まないから。
そんな気持ちで口にした提案だったけれど……。
この神さんというミステリアスな子が、はたして私にお願いしたいことなんぞがあるのだろうか。
そんな不安が頭をよぎった。
私が困ってしまうような、そんなぶっ飛んだお願いとかはね?
クールで俗世離れした神さんがしてくるイメージは全くなかったから、そっちの心配は全然ないんだけれど。
逆に一つも私にして欲しいことがないっていう可能性も、普通に余裕であるもんなぁ。
そうなってしまったら、もうどうしようもないというか、本当に手詰まりである。
もしそうなら今度の休みに街で何か買ってきて、お返し代わりにプレゼントするしかないかな……。
神さんの言葉を待ちながら。
私の頭の中ではすでに、神さんでも喜んでくれるプレゼントとして何を買ってくればいいかという、なかなかに難しい課題に意識が向いていたんだけれど……。
「あの、それじゃあ一つ、お願いしたいことがあるんですけれど……」
ありがたいことに、神さんは私に望むことを用意してくれるようで。
可愛らしい上目遣いを私に向けながら、おずおずと遠慮がちな声をポツリとこぼした。
「ほんと? なになに。どんなこと?」
「えと、もし先輩が許してくれるのなら……なんですけど」
「うんうん」
言おうか言うまいかを迷っているように。
何度もその小さい口を開けたり閉じたりしながら、神さんは少しずつ言葉にカタチにしていき。
「前に松鵜先輩から、誰かと仲良くなりたいならアダ名で呼ぶと良いって。そう教えてもらいまして……」
「アダ名?」
「は、はい……私も、もっと梅鶯先輩と仲良くなりたいし、さっき副会長の人がそう呼んでて可愛いなって思ったので……」
ギュッと口を固く結んで。
何かを……もしかしたら私の反応とか、拒絶の言葉を怖がるように目を瞑りながら。
それでも、とうとう勇気を振り絞ってくれたのか。 勇気を出すために力を入れすぎてるせいか、頬を赤く染めながら……。
「せ、先輩のこと……う、梅ちゃん先輩って呼んでもいいですか!」
さっきまでのポツポツと小雨のように零れ落ちた言葉よりも、強く大きな声で。
私に向けて、そんなお願いをしてきたのだった。
「……」
いや、なんじゃこの後輩。
流石にそれは……可愛すぎてズルいでしょうが。
このようにして。
後輩として百点満点に可愛過ぎるこの美少女から、私はアダ名で呼ばれるようになったのだった。
◇◇◇
そのあと神さんとはラインを交換したり。
寮でのこととか学校のこととか、このあとの行事のことをいろいろと教えてあげたりなんかして。
あれこれ話をしているうちに、ペアとしての時間は思ったよりもあっという間に過ぎていった。
もうあと数分もしたら、行事の閉会に参加するために講堂に向かわないといけないんだけど。
二人でのおしゃべりも終わりが近づいたそんな時間。
どのようにしてそんな流れになったのか、私たちの話題は恋愛の話に移っていた。
「や、やっぱり女の子同士って、あるものなんですね……」
「みたいだよ? いま話したのも前にクラスの子たちとお泊まり会したときに、恋人いるって子から聞いた話だし」
「へ、へー……」
私だって又聞きだったけれど、友だちから聞いたちょっと生々しい話をしてしまったからだろうか。
神さんは照れたように頬を染めながら、ちょっとソワソワと落ち着かなさそうにしていた。
クールそうに見えたけど、案外こういう話には慣れてないのだろうか?
小学校でも中学校でも、女の子なんて恋バナが好きなんだしさ。
女子高生ともなれば、友だち同士でする恋愛トークなんて、今までいくらでも経験していてもおかしくないだろうし。
というかね?
神さんほど可愛い女の子ならさ。
私がお子ちゃまに思えるほどに、告白された過去とか、豊富な恋愛経験だってザラにありそうなものだけど。
そんな考えが頭に浮かんだせいなのか……。
「……神さんは? 恋人とか、やっぱいるの?」
「うぇっ!?」
私の口からは勝手に、そんな質問が飛び出していた。
これまで神さんとは全く関わったことがなくて、今日はじめてマトモに話したくらいなのに。
今は周りに誰もいないし、秘密を聞きやすいような二人きりって状況のせいもあるんだろうか。
ついつい無遠慮で好奇心に従って口にした質問に、神さんがどんな言葉を返すのか。
私は期待しながら、神さんの反応をジッと見届けた。
「い、いませんいません! いたことないです!」
「えっ、そうなんだ……なんていうか、すごい意外かも」
この特別な容姿をもってすれば、さぞやモテるだろうに。
神さんという高嶺の花を我が物にした勇者は、いまだ現れてはいないわけか。
「ぜんぜんですよ! 私なんて……えと、梅ちゃん先輩はどうなんですか?」
「……えっ?」
自分が聞かれたから相手にも聞き返す。
そんなことは、おしゃべりしている中では当たり前の行動で。
普通に考えればそんな質問が返ってくることぐらい、予想できて当然のはずだったんだろうけれど。
私はなぜかそんな予想なんて一切しておらず、神さんが口にした質問に本気で面食らってしまった。
そして、その問いの答えになるわけではないけれど……。
私の中で真っ先に……ある女の子の顔が思い浮かんでしまった。
「わ、私も……いないよ」
どんな表情をしたらいいかわからなくて、もしかしたら不自然に顔は引き攣っている気もするけれど。
まるで絞り出すように、なんとかそんな不器用な言葉だけを返すことしかできなくて……。
私の心の中に生まれたモヤモヤとした気持ちだけが、ジワジワとその大きさを増していった。
そして……ずっと思い出すのを避けていた、もう何ヶ月も前になるあの放課後の教室での記憶が。
紙にインクが染み出すみたいに、私の頭の中を染めていった。
「……先輩?」
何分くらい、ボーッと記憶の海に沈んでいたんだろうか。
神さんの声で我にかえると、神さんが心配そうに私のことを見つめていて。
「あっ……ご、ごめん。ちょっと考え事してて……えっと、もうそろそろ良い時間だし学校戻ろっか」
ついつい咄嗟に、その気まずさを誤魔化す、というよりは。
これまでみたいに、都合の悪いことから目を逸らすように。
神さんとの話も、わざと思い出さないようにしていた記憶からも。
まるで逃げるように、私はそれらを打ち切ったのだった。
◇◇◇




