第一一七話 神と梅に鶯
◇◇◇
密室で女の子がふたり。
そんな状況で、もちろん何かが起こっていた。
「ほんとの本当にもらっちゃうよ!? いいの!?」
「だ、大丈夫です……ほんとに大丈夫ですから」
梅鶯先輩はようやく再開できた生き別れの娘っ子のごとく、なんちゃらニャンコのフィギュアをガッチリと抱きかかえている。
いや、多分ですけれどもね?
別にそんなこと言うつもりはないんだけど、もし返してって言ってもさ。
その様子じゃ、もう返してくれないでしょ?
いいの?
イジワルして『やっぱダメ〜』なんつったりなんかして、反応を楽しもうとしちゃってもええの?
まぁ流石にそんな勇気はないけど……でも私の言葉に振り回される梅鶯先輩は、ちょっと見てみたいでしょうが。
なんてな具合に、私の心の中で良心と悪戯心がせめぎ合ってるのを知る由もなく。
「はわぁ〜」
謎のため息を漏らしながら、先輩はフィギュアを掲げて目をキラめかせておられるし。
童心に帰るなんて言葉じゃ生ぬるいくらいに。
もうなんていうか、クリスマスプレゼントをもらった幼女にしか見えないもん。
でも……うん。
勉強を教えてくれたり、ずっと気を遣ってくれたり。
私のペアになってくれてから、梅鶯先輩はずっと優しくしてくれてたもんね。
こんなに喜んでくれるんなら、私だってすごい嬉しいもんだよ。
ベッドに腰掛けながら、私もついついニヤニヤしながら先輩の様子を何分も眺めていたのだけども。
喜びもひとしきり味わい尽くしたのか。
それでも相変わらずフィギュアを抱きしめたままで、梅鶯先輩も私の隣にストンと座りなはった。
「ふふっ。先輩はそのキャラクター、好きなんですね?」
「えっ、あぁうん。だいぶ前からなんかハマっちゃっててね」
サスサスとフィギュアの箱を撫でながら、そう呟いた先輩は。
ここにはないなにか……いや、誰かを思っているみたいな寂しげな色を、その瞳に浮かべているように見えた。
だけどそんな哀愁も一瞬だけで隠れてしまい。
私の顔をチラリと見たあと、梅鶯先輩は少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。
「あはは……さっきまでの私、さすがに浮かれ過ぎだったかも。はっず」
うん。そうね。
たしかに浮かれ過ぎてた感はとんでもなかったですね。
でも、これこそギャップ萌えと言いますか。
先輩の可愛らしい一面を見れたのは、私すごい興奮したしホクホクしてるから大丈夫だよ。
だからもっと恥じらっていいよ!
照れくさそうに笑っている梅鶯先輩の様子を眺めながら。
私はなんて言葉をかけたら先輩の好感度が上げられるかってことを考えつつ。
進研ゼミのごとく、女の子とのコミュニケーションのイロハを教えてくれたギャルゲーの会話パターンを思い出すため。
頭ん中の引き出しを、えっちらおっちらと漁っていたのだけれども……。
「神さんは? 最近なにかハマっていることとか、えーと……興味あるものとかある?」
ありゃりゃ。
なんとか二つに絞れたのに。
『照れてるの? 可愛いね……チュッ』と『大丈夫? おなか撫でようか?』のどちらかの選択肢を選ぶ前に。
タイムアップとばかりに、先輩の方から質問のキャッチボールが飛んできてしまった。
残念……好感度アップならずか。
「興味、ですか。えーと……」
なかなかどうして先輩のしてきた質問は、会ったばかりの人同士が行うような初歩的な質問なのかもしれないけれど。
私と梅鶯先輩はたしかに、これから少しずつ歩み寄っていく過程の途中なのだし。
そんな当たり障りのない質問でも、真剣に答えないといけないわけである。
「うーん……」
最近で一番興味あるものは、おっぱい大きいダークエルフとかだけど……。
実在するわけじゃないし、先輩が聞いてるのは多分そういうものじゃないだろう。私とてそんくらいはわかる。
あっ、興味あるっていっても生物学的な興味っていうか、学術的見知としてだけどね。もちろんね?
先輩が求めている答えはたぶん、女子高生に人気のあるキャラクターだとか。
ネイルアートとか、スタバの新作だとか。
そういう私たちみたいな年頃の女の子が、脊髄反射で好きと言えるようなものを答えるのが正解なんだろうけれど。
「……ごめんなさい。あんまり、ないかもです……」
ぜんぜん何にもパッと思いつかなかったし、永遠と悩んでるのも先輩を困らせちゃうかもと思ったので。
素直に謝ってから、そう答えることしかできなかった。
「そっか。タダでこんなに良いものを貰うのも悪いし、なんかお返ししたいと思ったんだけど。どうしようかな……」
ウーンと悩みながら、梅鶯先輩は思案顔でなにやら考えはじめてしまった。
お礼とか、別にそんなの良いのに。
そのフィギュアだって欲しくて手に入れたものじゃないんだし。
「あの、本当に気にしないでください……お返しとかも大丈夫なので」
流石に私だってそこまで無礼で横柄で、恩着せがましい人間ではないからさ。
わりと心からの本心で、そう伝えたのだけれども……。
「いや、それじゃ私が納得できないから」
先輩は一方的に貰うだけでは気が済まないとのことで。
私の健気で殊勝な言葉も却下されてしまい、またまた難しい顔をしながら思考の海に沈んでいった。
そのまま気まずい沈黙が数分続き。
だけど私はさっき伝えたこと以外に、提案できるような適切な言葉も見つけることが出来なかったし。
ソワソワと居心地の悪さを感じつつ。
悩み続けている梅鶯先輩の身体を、靴下に包まれた足先から頭に輝くキューティクルまで、下から上からジロジロと観察して。
先輩と二人きりの大切な時間を、少しでも楽しもうとすることしかできなかったんだけど。
梅鶯先輩の襟口から覗くデコルテの綺麗さに、私の目が釘付けになっていたところで……。
「……すごいベタなお返しになっちゃうけどさ」
ようやく先輩が顔を上げて。
すぐそばに座っている私の方に身を寄せて、真剣な顔でジッと私の目を見つめながら。
「私にお願いしたいこととか、して欲しいこととか……何かある?」
女子高生が口にするにはあまりに危機意識が足りてなくて、まるで……自らの身を私に捧げるような。
先輩にメロメロな私にとっては、あのフィギュアのお返しとしてはあまりに不相応が過ぎるような。
そんな望外で魅力的が過ぎる提案を、梅鶯先輩は口にしたのだった。
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