第一〇二話 神は決心する
◇◇◇
私の部屋で、『ともだち』の子日ちゃんとお互いの気持ちを確かめ合ったあと。
まだ夕方にもなっていないような時間ではあったけれど。
私は『ともだち』の子日ちゃんと一緒に、寮の大浴場にやってきていた。
「大浴場に来るの、初めてだ……」
「えっ! そうだったんですか?」
なにやら私の『ともだち』の子日ちゃんはお風呂に入るのが好きらしく、大浴場には毎日通って癒されているらしい。
なんかすんげー女の子らしいし、その情報だけで可愛いが過ぎてメタクソ萌える。
さすが私の『ともだち』の子日ちゃん。尊い。一生推すわ。
時間も時間だし、明日もテストだからみなさん今頃勉強に励んでいるだろう、ってこともあり。
幸いなことに大浴場には私たちだけしかおらず、同年代の女の子との裸の付き合いが皆無な私も、少しは安心して入浴できる環境が整っていた。
とはいえ『ともだち』の子日ちゃんと一緒のお風呂ってだけで、ヤバいくらいに緊張しているんだけどもさ。
誰かに裸を見られるのって、想像していた以上にドキがムネムネなんだけども……。
ひとまず脱衣所で『ともだち』の子日ちゃんと並びながら、落ち着かない気持ちでそそくさと服を脱いで。
隠す必要もないような貧相な身体を、それでもなるべくタオルで隠しながら、なんとか準備を整えてから。
『大親友』の子日ちゃんの後に続いて浴場に向かった。
……いや、『大親友』は気が早すぎか。
というか『ともだち』『ともだち』って、心の中でいちいち枕詞のようにくっつけるのも、いい加減に浮かれが過ぎるわ。
むしろ大切なともだちの子日ちゃんと裸で二人っきりって意識しちゃって、より一層恥ずかしくなってきたし。
流石にもう、心の中でも『ともだち』連呼は控えよう。羞恥心が増すだけじゃし……恥じゅいよぅ。
子日ちゃんと並んでバスチェアに腰掛けて、髪の毛や体を洗い始める。
その間ずっと固く目を瞑って、ただひたすらに無心になって、自分の汚れを落とすことに没頭した。
そりゃ子日ちゃんが体を洗ってるところなんて、喉から腕が生えるくらいに見たくて仕方なかったけれどさ。
なんかドギマギし過ぎて、隣に目を向けるなんて絶対に出来なかったや。
だって、もしチラチラとでも子日ちゃんのことを見たせいでさ?
子日ちゃんから『うわぁジロジロ見てきてキモッ! 友だちやめよ!』とか思われちゃったら、マジで生まれてきた意味を失うからね……。
いつもより念入りにゴシゴシゴシゴシって、煩悩と一緒にきたねぇ全てを禊いだあとで。
そこでようやく、『子日ちゃんも身体洗い終わったかな』と隣に目を向けると。
私の可愛いお友だちはすでに身体を洗い終えており。
シャワーのお湯で温まったせいか、頬を赤く染めた子日ちゃんとバチコンと目が合った。
「あっ、ご、ごめん……おまたせしました」
「い、いえ! お風呂入りましょうか!」
お風呂でその勢いは危ないんじゃないかな……。
そう心配になるくらいにドビシッと立ち上がって、大風呂に向かう子日ちゃんの後に私もついて行って。
『チャポン……』なんつぅ風情ある音を谺させながら、私たちは一緒に湯に浸かった。
「ふぅ……」
「はぁ……」
あっ、のぼせてきた。
なんで? まだお湯に浸かって一分も経ってないのに……。
まぁどう考えても、子日ちゃんとお風呂をご一緒している状況のせいなんだけど。
そんなとんでもなく緊張しているせいで、わずかにフワフワした心地のなか。
「あの、神さん」
「ふぁい」
「さっきお話しした、友だちのことなんですけど……」
子日ちゃんは少し真剣に聞こえる声のトーンをもってして。
私に向けて、会話のボールを投げてきてくれた。
「きっと私だけじゃなくて、今丑さんも、委員長さんも。他にも神さんが出会ってきたみなさんも、神さんをともだちだと、そう思っているはずです」
「……そうかなぁ」
初めてお風呂をご一緒している状況で、流石にのぼせて倒れるわけにもいかないし。
いったん身体を冷まそうと、浴槽の縁にお尻をあげて足だけ湯に浸からせながら、子日ちゃんの言葉を頭の中で反芻してみた。
子日ちゃんがさっき言っていたように、ともだちになるのに特別なキッカケなんかいらなくて。
もっと気軽に、私がそう思えばもう『ともだち』ってことでいいのであれば。
そして、いま子日ちゃんが言ったことが本当なのであれば。
辰峯さんや、戌丸さん、今丑さんや虎前さん、それに他のみんなとも。
すでに『ともだち』になることができているって、そういうことで良いのかな?
もしそうなら、それはあまりにも幸せなことで。
ずっと願っていた夢を叶えることができたということなんだけど。
そんな幸福を手に入れることができたのも、それはやっぱり……いま隣にいてくれる子日ちゃんのおかげなんだよなぁ。
私の一番最初のともだちになってくれた女の子。
私に『ともだち』を教えてくれた女の子。
子日ちゃんがいてくれたからこそ、ずっとずっと求めていた大切な関係を。
知らないうちに、私はとっくに手に入れることができていたんだって、それに気づくことが出来たんだから。
「な、なんか、いつもよりお湯が熱いんですかね……あはは。私もちょっとのぼせてきちゃったかも……」
お湯の中から私を見上げていた子日ちゃんも、そう言って笑いながら。
私と同じようにお風呂の縁に腰掛けて、赤くなった顔をパタパタと手で仰いでいた。
その途中、お湯から上がった子日ちゃんが身体を動かした時に、私の肌と子日ちゃんの肌が少し触れ合った。
急に意識し始めた心臓の鼓動は、心配になるほどに高鳴り過ぎていて。
それはお湯のせいでのぼせてしまったせいなのか、ずっと緊張しているせいなのか。
もしくは子日ちゃんの一糸纏わぬ姿を見てしまったからなのか、直接肌が触れ合ったせいなのか。
あるいはもっと別の……私がまだ知らない感情のせいなのか。
高鳴る鼓動や、おかしいくらいに熱くなった頬の理由なんて、今の私には判断できそうにないけれど。
それでも一つだけ、何よりも確かなこと。
それは……私は子日ちゃんのことがすごい好きで、もちろん他のみんなのことも大好きで。
絶対にこの大切な関係を大事にしていきたいって、そう強く思っていることは、なによりの真実だった。
そんで、もっともっとたくさんの子と仲良くなって、大切だと思える人たちを増やしていきたいって。
私は強欲でワガママだから、そう思ってしまったのだけど。
だからこそ……。
「私、ちゃんと話してみる」
「えっ? それって、神さんをイジメているって人と……ですか?」
「うん」
ずっと恐れていて避けていたことだけど、今は全然怖くない。
いまの私なら、なぜか亥埜さんとちゃんと向き合える気がしたから。
だから子日ちゃん。そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。
すごい臆病者で、嫌なことから逃げることばかり考えてきた私がさ?
そんな勇気を持つことができるなんて、とっても凄いことなんだから。
そして、私にその勇気をくれたのは……子日ちゃんなんだよ。
だから本当にありがとう。
そんな万感の感謝の気持ちを込めて、すぐそばに置かれていた子日ちゃんの手をそっと握った。
絡んだ指は、まるで『ともだち』の証みたいに熱くて、温かかった。
「心配な気持ちはありますけど、神さんがそれを望んでいるのなら……」
子日ちゃんの小さな手には、不安を映したように少し力がこもったけれど。
見つめ合ったその表情には、不安の色に変わるようにして。
私の自惚れじゃなければ、私のことを信じようとしている気持ちがあらわれているように見えた。
「あの、そのとき私も一緒にいましょうか?」
それでも私のためを想って言ってくれた、優しい子日ちゃんのその提案はとても魅力的だったけれど。
これは多分、私が自分一人で決着をつけるべき問題だと思ったし。
それに昨日までの私と、今日の私には決定的な違いがあって……。
「ううん、大丈夫だよ! だって友だちがいる私はもう……無敵だからね!」
何があっても戻ってくれば、そばにいてくれる大切な人がいるんだもん。
たとえ亥埜さんからひどく罵られても、ブン殴られて蹴っ飛ばされて、それでいくら落ち込んだとしても。
きっと今の私なら、ひとりでも乗り越えられると思うから。
少しでも信じてもらえるように、不安を抱えないでもらえるように。
私はニコリと自信満々に笑いながら、あなたのおかげで強くなれたんだよって想いを込めて。
空いてる手でピースサインをつくって、子日ちゃんに向けたのだった。
◇◇◇
やっぱり子日ちゃんについてきて貰えばよかったよぅ……。
どうしよう……メッチャ怖い。今からでも呼んだら子日ちゃん来てくれないかなぁ?
学校の廊下を歩きながら、内心そんな後悔でいっぱいだった。
チラと後ろを振り返ると、私の半歩後ろを歩くように亥埜さんがついてきている。
なんで私が亥埜さんとこのようにして、二人一緒に学校の中庭を目指して歩いているかというと。
二日にわたる中間テストがようやく終わり、開放感に包まれた和やかな空気漂う教室にて。
帰りのホームルームも終わり、おのおのが帰り支度や部活に向かう準備をしているなか。
私は意気込み強く、いまだ席に座っている亥埜さんに近づいていった。
その途中で子日ちゃんと目が合ったけれど。
私の向かう先を察してくれたのか、子日ちゃんは『ファイトです!』って感じの異常に可愛いジェスチャーで背中を押してくれた。
「あ、あの。亥埜さん……」
窓際の席で、外を眺めている亥埜さんの隣に立って声をかけると。
目ん玉取れちゃうんじゃないかってくらいに驚いた表情をしながら、亥埜さんがこちらに顔を向けてくれた。
「い、いまから少しだけ……お、おはなしできませんか?」
つい十秒前までは余裕綽々で、心の中の私も『やってやんよ!』ってファイティングポーズを取っていたはずなのに。
亥埜さんのそばに立って話しかけようとした瞬間、心の余裕は一瞬でどっか遥か彼方に飛んでいった。
私の中でファイティングポーズを取っていた私も、なんかヒヨコに変わって震えながらピヨピヨ泣いているし。
「う、うん……する……」
『いいえ』とか『ノー』って返事を期待しながら待っていると、亥埜さんからはそんなままならねぇ答えが返ってきてしまった。
うわぁ……マジか。このあとなんか予定とか本当にない?
それなら断ってくれても良いんですけど……ダメかぁ。
残念なことに亥埜さんの了解が取れてしまったので。
私は二人きりでお話しできるところに場所を移すべきだと判断して、二人連れ立って教室を出たわけである。
仕方あるめぇ。移動しているうちに少しでも落ち着こう。
場所は……中庭がいいかもしれない。
私にとって馴染み深い場所だし、子日ちゃんとの思い出もある。
その思い出に縋って、少しでも勇気を貰えるかもしれないし。
そんなこんなな経緯やら事情があったため。
私と亥埜さんは二人一緒に、中庭を目指して歩みを進めたのだった。
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