怪猫出奔、化蛸起動、宿題合宿。
「悪霊として生まれたからにゃ、宿題があるみゃ。別に憎うはにゃーけど祟らないけんみゃ」
海から上がってきた機械に乗ってた黒猫が、急に、そんなことを言いだした。
翌日、潜水機能のある機械は無くなっていて、珈琲好きな怪猫を猫かわいがりしてた妹と、珈琲の味の指南役にしてた父さんが悲しみに暮れた。
「まあ、スグに戻ってくるでしょう。祟られるべき、『小里原海洋蓄電技術研究所』はすでに倒産、跡には更地しか有りませぬ故」
とは、関係者談。
〝祟られるべき〟というのは、実験体として海底に送り込まれた小型機体は、恐らく(謎の装置に付いていたボタンから察するに)全部で十数個。
機体間で映像音声の送受信が可能な状態での、サバイバルの生き残り。
つまり偶然にもオカルト的手続きを充たした結果、最後の一匹が怪猫化したらしくて。
当の本猫は、「残党がいたら、猫パンチの一発でもおみまいしてくるみゃ」なんて言ってたから、根深いモノでも無くて良かったけど。
「宿題かー。真面目なヤツだな。僕なんか夏休みの宿題だって、三日ででっち上げるのに――」
「お兄ちゃん!」「要石君!」
妹と幼なじみに怒られたから、今年は黒猫又を見習って、真面目に宿題をやろうと思う。
√
ウチの庭には、いろいろ置いてある。
丸い胴体から長腕を伸ばすのが、人工冬眠装置。
ナナダモンっていう蛸型の未確認生物の正体で、去年海から上がってきた。
大きいのと小さいのがあるけど、大きい方は現在修理中。
割れたキャノピーに和紙を貼って、塩水を掛けるだけで直るらしい。
そして小さい方は現在家出中。コッチも最新型魚雷並のスピードで泳げたりする。
そんな未来技術の一端を使って作られたのが、空調完備で快適な僕たちのプレイルーム。
本来は、建築資材保管用の〝冷蔵及び断熱機能付きコンテナ〟。
曽揃家がオデン屋敷とか、ナナダモンの巣とか、化け猫屋敷とか、ボディービル大会会場(?)なんて噂されることになった原因。
近所に半ば捨てられてたのを、僕と歌論さんが遊び場にしていたのが最初。
色々あって今は、ウチの庭に置いてある。
□〇⊿
勇者ホットケーキ「ドッリャァァッ!」
巨大竜に肉迫した剣士が、光剣を叩きつけた!
賢者ソッゾーロ「ウニョラッ(呪文)――かの敵を留めよ!」
飛び立とうとした竜が、突如生えた木の根っこに捕らえられる!
魔法使いカシューナッツ「ニニルッパ(呪文)――雷有れぇえ!」
ピッシャ――――ドッゴォォン!
地を揺るがす大電流が、巨大竜の骨格を浮かび上がらせた!
忍者ハンゾゥ「林兵、当社、怪人……(呪文)――忍道に正義なし!」
結んだ印から赤光がほとばしり、画面を覆い尽くす――――
★
「も、もう一回、地下三十階まで潜るのは――疲れるわね」
勇者――小唄歌論が携帯ゲーム機を放り出す。
「もー、お兄ちゃんが足止め魔法なんて使うから!」
僕を睨み付ける魔法使い――曽揃日夜花が手刀を繰り出す。
「痛って! 使わないと、空飛んで逃げられちゃうだろ!」
壁から伸びたアーム。取り付けられた、大型タブレットを引き寄せる。
――ピッ♪
表示したのは攻略サイト。
「コイツさえ倒せば、開かずの間の鍵が手に入るんだけどなー」
アイテム掘りにかまけて、メインクエストを進めてこなかったツケが、回ってきた。
「ムリかもねー。飛竜ヴァルネラブル倒すの」
最近、他のゲームにも興味が出てきた勇者が、この間買った新作ゲーム(50円)のパッケージを眺める。
「そげんこつなかとよ。もーひとり、連れてくればよかばってん~~!」
伸びをする忍者――小里原E珠子。
彼女は一年前に海からやってきた、人工冬眠装置一号操縦者だ。
コンコン♪
全員が大きな横窓を見る。
外には、資材用コンテナをのぞき込む、白髪で白衣で巫女装束の若い女性。
彼女は歌論さんのおばあさんだ。
おばあさんは少し厳しい人で、『ナナダモン対策本部』の代表責任者でもある。
――パカリ♪
「エカテリーナや、ちょっときなさい」
開かれるハッチ――外の熱気が充満する。
「あつい。おばあちゃん、早く閉めて」
「細ちゃん、どげんしたとー?」
さざれちゃんってのは歌論さんのおばあさんのことで、見た目はネコ耳娘と同じ年齢にしか見えない。
ハッチの向こう。
窓の先には、クレーターが見える。
その中心に居るはずの小さい方のナナダモンが、いまは無い。
……夏休みも半分近く過ぎたし、そろそろ真面目に宿題やろうかな。
珈琲で酔っ払う、モサモサ黒怪猫が頭をよぎる。
――パカリ♪
「たっだいまー♪」
ネコ耳さんが帰って来た。
「わっ、コッチから来ないでよ」
僕の抗議を無視したネコ耳娘が、僕の体を押しのける。
僕と日夜花と歌論さんが、仕方なく一人分横にズレる。
「「「って、どーしたのその格好!?」」」
ネコ耳娘は、ウチの高校の制服を着ていた。
(文)
『小里原エカテリイナ珠子』
チョークなのにまるで毛筆のような達筆――
「このたび、コチラのクラスでお世話になることになりました。みなさま仲良くしてくださいね」
口元に添えられる手――巻き起こる珠子センセーション。
頭の上には、ピコピコ動く猫耳カチューシャ。
遠目には、白っぽいカチューシャは髪色と同化して、動くネコ耳にしか見えない。
「ネコかぶってるな」
ただ一人、冷静な僕は窓際の席から彼女を見つめた。
やや年上感はある物の、十分現役高校生に見える。
容姿超端麗にして、銀髪ネコ耳。
痩身にして、意外とボバボーン。
今日は、クネクネ動く尻尾まで生えてるし。
何の変哲もない公立高校。
登校日という、浮ついた空気。
あまりの歓声で、窓がガタガタ揺れだした。
ガラァリ――きっさまらぁ、静っかにせんかぁ!
そりゃ、学年主任も殴り込んでくる。
青ざめる担任。
「あっ、八鳥先生たい! また一緒にゲームするばい♪」
学年主任の背後。見知った顔(ウチに野次馬に来たとき、一緒にゲームをしたことがある)を発見するなり、ネコ耳美少女はかぶっていたネコを、放り投げた。
静まりかえる教室。
「五分も持たずに……本性がバレたな」
「しぇからしか――って要石ばい。アンタなんで、こげん所居るとよ?」
――ざわ。
ネコ耳美少女の方言に、おののく教室。
コホン――ネコミミが、教卓前に歩み出た。
「アタシャ、ピッチピチの108歳やけんど、仲良うしたってなー♪」
開き直る、猫が取れたネコ耳美少女が、陽気に手を振った。
――――ざわざわ。
彼女はナナダモン初年度登録年と、精密検査による年齢測定により、約108年前の生まれと判明。
誕生日は去年の花火大会の日で、住民(再)登録された。
「「「エカテリーナちゃーん♪」」」
一瞬で膨れ上がった情報量にひるむ教室から、再びのEコール。
なんせ見てくれだけは完璧に、美少女猫耳娘だ。
108歳とか方言とか、鬼の学年主任とかは些細なことでしかない。
「にゃはーい♪」と、愛想を振りまくネコ耳娘。
「――どうぞ」
涙目の担任がうやうやしく、何かを差し出した。
ソレは〝かなりがっちりした厚紙を蛇腹に折ったモノ〟で、ガムテで閉じた持ち手があった。
「うむ――」
ソレを受け取った学年主任の渾身の一撃が――スパパパパァーン♪
僕とネコ耳娘と、担任教師とゲーム部顧問の頭頂部で炸裂した。
§
「ようこそ、ゲーム部へ❤」
部員達どうした? 何その猫なで声。
気持ちは分からないでも無いけど。
僕だって当事者じゃ無かったら、巻き込まれる自信がある……珠子センセーションに。
「そういや、ソレ……どうしたの?」
気になってた、クネクネ尻尾を指さした。
時々着るパイロットスーツに、あんなのは付いてなかった。
「こりゃ、細ちゃんが作ってくれたとよ。なんでん、衛星通信網対応ん中継機って話ばい」
中継機? 広域LANのか?
何の信号を増幅するんだろ?
珠子さんが引っ張ると、シッポが動かなくなった。
壊れたかと思ったけど、本体が動いても、ちゃんと一カ所を指すから、ちゃんと作動してる。
「そげなことより、こりゃ、どげなゲームと?」
並んで座る対戦台。
大会練習用に、顧問が私物を提供してくれたのだ。
2P WIN――PERFECT!
一方的に負けてるけど、珠子さんは楽しそう。
「フッニャ!?」
突然、奇声を発するネコ耳。
シッポが、ぐにゃりと曲がってる。
ソレは、部室の隅を指し――ズシン、ズシィン!
どこかから響く、地響き。
シッポが、ついに窓の外を指した――ギュギギッ。
それは和紙が貼られた丸い目玉。
人工冬眠装置。
この辺で目撃される、タコのUMA――の正体。
「どげんしたん。ひょっとして、寂しかったん?」
甘えん坊やなあと、部室棟をよじ登る巨体を片手で押しとどめる。
さっき自分で引っ張った衛星通信網対応中継機が呼んだのか?
「仕方が無かけん今日はもー帰るったい。要石も一緒に帰るばい」
僕は二人分の靴を、部室付の小さな下駄箱から拾ってきた。
◉
『通るよー。危なかけん、離れてくれんねー』
拡声される声。
運転席は結構広くて、僕は後ろの補助席みたいなのに座った。
ナナダモンに自動操縦機能が付いてたなんて話は聞いてないけど、小さい方もボタン押したら海から飛んできたから、そういう機能は付いててもおかしくない。
一応珠子さんの言うことは聞いてるから、はすみさんへの緊急連絡はしなくても良いかな?
ウゾゾゾギュギュギョン♪
不気味な足……腕音。
車輪じゃ無いのに、一切揺れないのも不気味だ。
ナナダモンは、結構な速度で川岸に到達。
どっぱぁぁん!
ススィススィィーー。
水上航行の速度も思ったより早い。
濡れた和紙が流された。
「割れたとこ、キレイに直っとー♪」
パチパチポチリ。
スイッチを次々入れる、ネコ耳。
「本当に、僕たちのコンテナと同じなんだな」
ヒンヤリしてて、外の暑さは感じない。
温度調整の仕組みはネコ耳脳波計に内蔵されてる。
――スヤァ♪
『。ス行移ヘⅠ階段。出検波α』
操作盤みたいなのが、パタパタ動いて文字が出た。
「あれ? 何で方向転換してんの?」
川を下り始めるナナダモン
――スッカー♪
珠子さんが寝てた。
カタカタ――ギキキッガチン♪
あれ? 操縦席の様子がおかしい。
全ての計器がフル稼働。
座席を水平にして、まるで本格的に寝かしつけるみたいな――
『。ス行移ヘⅡ階段。出検波δ』
――ヴヴォヴォン♪
一瞬気が遠くなった。
コレはダメだ、
――スッカァー♪
呑気な顔して寝こけやがって。
「起きろ。一緒にゲームするヤツ、居なくなるだろ」
パーティー欠員は困る。
優秀なダメージソースである、忍者ハンゾゥを失うわけにはいかない。
「起きろ、未来なんかに行くな!」
もし、居眠りだか冬眠だかの邪魔すんなって怒られたとしても、何十年後の世界に、ひとり取り残される猫耳を見捨てては置けない。
「起きろ、起きろよ!」
歌論さんも妹も悲しむに決まってるし、僕だって寂しい。
そして何より、このままだと――パーティー欠員が2名になりかねない。
――ププーラリレー♪
電話だ。慌ててて、助けを呼ぶことすら忘れてた。
「はい、要――」
「やっと繋がった! お兄ーちゃん、今どこ!? 宿題終らせて、プール行く約束でしょ!」
妹が、おかんむりだった。
「いま、ナナダモンの中! 対策本部に――ブツン」
あ、切れた。
⚠
気づけば水面が、目の高さまで上がってた。
――ざざぱざぱぱぁ!
水音が聞こえる。
外の音はよく聞こえるのに、一切の通信が切断されている。
操縦桿を傾ける。
ナナダモンの進行方向は変わらなかったけど、大目玉の向きが変わった。
河口から少し沖に出た辺り。
凄い勢いで、近づく波しぶき。
一瞬、魚雷かと思ってギョっとしたけど、違った。
水着を着た、ガチ人魚様だ。
――ザババッバッ♪
全国準優勝クラスの、天才水球美少女――――が、水面下へ潜り、ガチ人魚の異名を体現した。
ばしゃぁぁぁぁぁぁぁん――泳いできた勢いを殺さず、空中へ飛び出す脚力――どたん!
「こらぁ、要石君! 約束やぶって〝海上デート〟なんて許さないわよ!?」
幼なじみまでもが、おかんむりだった。
なんか、怒り方がズレてる気もするけど――
キャノピーに座り込み、ドンドン!
「ちょっと! 何で目を逸らすの!? やましい事でもあるの!?」
いや、何言ってんの?
真下から水着姿の女の子を見上げたら、ダメでしょ?
健全な男子高校生に、そんな根性は無い。
「ちょっと待って、何か光った?」
逸らした視線の先。
光を反射する隕石みたいなのが、遠くに見えた。
「そんなこと言って、ごまかされないわ――ほんとだ、なんか飛んできてる?」
近づいてくる未確認飛行物体。
『スクニヲビア原里小 電入急緊』
パタパタパタ――操作盤に変化が。
なんかボタンも出た。
ピピピピうるさいから、やけくそで押した。
「ザザッ――コチラ、人工冬眠実験機一三号改。ザザッ――コレより直線空路で帰投するみゃ!」
ん? この声、黒猫又?
宿題が無事済んだ……のか?
蠱毒としての帰巣本能みたいなモノに突き動かされ、家出した黒猫又。
彼が操縦する小さい潜水艇が帰ってきた――何故か空を飛んで。
――――ヴァヴァッヴァヴァヴァーーッ!
そして、草刈り機のような騒音。
操縦桿を向けると――沖から飛んでくる乗用ドローン。
筋骨隆々な人物の、シルエットが見える。
ボヴァボボヴァァ――――!
新たな音源を操作盤が検出。
大慌てでソッチも見る。
水陸両用車が砂浜からまっすぐ、こっちへ向かってくる。
シュゴォォォォォォ――――ドガン!
遠くから飛んできてた未確認飛行物体が、飛行機雲を発生させ――音速を超えた。
「どうしよう、歌論ちゃん!?」
あれ? 居ない――とぷん♪
逃げたな。
あわれ、僕は海の藻屑となった。
もちろん命に別状は無いけど、本格的に浸水したナナダモンの修理にどれだけ時間がかかるかはわからない
=^_^=
「ヨースケ。はよう、宿題を終わらせてちょう。今度こそ飛竜を倒すみゃ」
僕たちのパーティーの最後の一人。
聖騎士ヴォジャノイ――黒猫又が仲間になった。
黒猫又はネコ手+2本シッポで、上手にゲームが出来た。
報酬は父さんの珈琲。出来がイマイチな時は、高級自販機ブレンドを要求されるけど仕方ない。
「コラ、よそ見しない! 要石はアタシだけを見てればいいの。ココ間違ってるわよ」
夏休みも残り一日。
大破し、浸水した人工冬眠装置一号はオーバーホール中。
自己修復装置そのものが壊れた以上、解体もやむなしということで――
ナナダモンを守ろうとした珠子さんは細さんたちと戦って――即敗北。
クロの潜水艇を改造した謎の設備、『小里原アビオニクス』送りとなった。
操作盤に表示された、『スクニヲビア原里小』という組織は公的には存在しておらず、目下調査中。
「珠子ちゃん、元気出して」
日夜花が猫耳なしの銀髪頭を優しくなでるのも、今日で三日目になる。
コンクリ製の巨大な更地。
ここは小里原海洋蓄電技術研究所跡地。
空調完備の資材用コンテナごと僕たちは、バカンスという名の宿題合宿中だ。
大型機体の搬入口が見つかって、中から飛び出してきた機械腕に、大破したナナダモンが奪われたのが三日前。
意気銷沈する猫耳無し(機械腕に取られた)は、まだ使い物になりそうも無い。
けど、クロの潜水艇が数日で空を飛ぶジェット推進装置を搭載されたことを考えると、ナナダモンの修理自体は問題なく行われていると思われる。
むしろ、大型ナナダモンにどれほどの改造が施されるかが論点になっていて、関係者は連日不眠不休の調査解析に追われている。
例によってオーバーテクノロジーが、現代の技術では再現できない可能性を考慮し、白衣組は受け身で事に当たっていた。
ナナダモンのドック設備らしき搬入口へのアクセスは試みる物の、無理矢理侵入するコトは無い。
敷地の隅に次々と立てられていく、プレハブ式研究所がまるでダンジョンの様相を呈していく。
ヒヤク・ドゥー・クエスト最終神殿最奥。
開かずの間の鍵を手に入れるためには、飛竜ヴァルネラブルを倒さなければならない。
「にゃぁーん?」
クロが問題集の上に、ごろりと横になる。こうしてると尻尾が2本ある以外は、普通の猫にしか見えない。
「うっ、カワイイ。けど急かされても、僕はカロンちゃん達みたいに出来が良くないんだから、もうちょっとまってくれ」
具体的には、読書感想文と数学の問題集20ページ。
ちなみに、コンテナは研究用に確保された別の奴と連結されて、五畳程度の広さになってる。
これ、このまま持って帰れないかな……ムリかな。
落ち込んだ珠子さんは、ふて寝を始めた。
つられて、ちゃぶ台に突っ伏した僕を、妹とガチ人魚と黒猫又がじっと見つめてくる。
コンテナは今日も満員御礼。
「もうちょっとだから、待ってる間、コレやってみたら?」
例の50円で売られてた、宇宙探索RPGをオススメしておく。
この分厚いマニュアルなら、読むのに3時間はかかる……フフフフ。
妹とクロいのが釣れた。
「もう、しかたないな。ほら、どこがわかんないの?」
歌論ちゃんは、今日も優しい――
「――違うでしょ、当てはめる公式が間違ってる!」
けど、おじいさんゆずりの、スパルタなんだよな。うひー!
~おしまい~
初出2021/07~