漂着物体、筋骨突貫、白衣巫女。
温度管理が必要な資材を保管するための建築資材用コンテナは、人類が英知を凝らし開発したモノだ。
ネジ一本まで製造元を分類するなら、実に761社の協力によって作られているらしい。
『錆びず壊れず100年。大切な資材をお守りします。』
そんな売り文句どおりに、100年とか平気で持つらしくて、超頑丈。
それは早い話、処分費用かさむってコトで――そりゃ処分されずに放置され、タダでもらえたってワケだ。
□
ハッチの大窓から中をのぞくと、妹と、ガチ人魚で有名な女子がゲームに興じていた。
「ただいま。今日も部活はイイの?」
庭にポツンと置かれたコンテナ。そのハッチを開いて声を掛ける。
ふたりは同じ濃い紫色の制服。僕は学生ズボンにワイシャツ。
明日から、みんな夏休みだから、制服姿もしばらく見納めだ。
「うん。全国制覇は逃したけど立派な成績残せたし、そろそろ引退だしね」
彼女、小唄歌論が率いる、綺恒女子大付属中学校水球部は全国大会出場をはたした。
結果は惜しくも2位で、チョットした話題になった。
「明日から毎日、カロンちゃんが遊びに来ると思うと、興奮を禁じ得ない」
鼻息を荒くする妹の、こんな言い回しは、なんかの受け売りだろうけど、ひょっとしたらお嬢様学校に通ってるうちに、本物の教養が身についたのかもしれない。
「夏期講習もあるから毎日はムリかもだけど、やつめちゃんがコッチに来る日は、乗せてきてもらうよ」
やつめちゃんというのは、彼女の家で働いてる女の人だ。
彼女の通勤のついでに学校や学習塾から直接、ウチの庭に送り届けて貰う手はずが整っている。
同じ学校に通うウチの妹も便乗するコトが多く、とてもお世話になっている。
「ふーん、じゃあさ――」
歌論ちゃんは毎日はムリでも、かなりの頻度でウチに遊びに来てくれるらしい。
妹が嬉しいと、兄も嬉しい。
そして、思春期真っ盛りの男子中学生としては――
「――みんなでできるゲームが、もう一本あってもいいよね? 駅前でワゴンセールあるんだけど」
青春ポサには欠けるけど、デートと呼べないこともない、お誘い。
いや、超特価ゲームを仲の良い女子と行列に並んで買うのだ。ある意味青春真っ盛りだろ。
「「セール?」」
僕はゲームショップのチラシを広げた。
「あんまり興味ないけど――オススメは?」
たしかに、僕たちは『ヒヤク・ドゥー・クエスト』ジャンキーだ。
本編そっちのけでレアイテム掘りに興じる、筋金入りのハクスラ専門ドロップ重視。
でも時々、ふたりに新作ゲームを勧めてる。
「……現実の観測結果を基にした、学術AIによる銀河生成システム?」
妹の口と眉毛と首が曲がっていく。歌論ちゃん以上に興味ないっぽい。
「ふうん。元値が9800円でネットワーク機能が、これでもかってくらいに充実してるのね……50円!? 安ッ!」
ネットワーク機能と値段に、歌論ちゃんが興味を示した。
「……ってコトは、人気が無いってコトでしょ?」
ジト目の妹の視線を避ける。
「敵AIが自分で考えて、アイテムを自動生成するところは、すこし楽しそうね♪」
お、なんかガチ人魚様が、本当に食いついたぞ?
ヴヴッ――♪
突然どこかに通話する、ガチ人魚お嬢様。
「――野菜を駅向こうまで届ける予定があるから、今すぐなら乗せてってくれるって。どうする?」
僕たちは慌ててコンテナを飛び出した。
§
「買えた……けど」「買えたわねー♪」「多分、クソゲー」
しめて200円。消費還付金が戻って170円だった。
セール品の棚を見たら『おひとり様2個まで』なのに、一個しか売れてなくて。
なんか居たたまれなくて、僕は二個買ったのだ。
「「「いそげー」」」
駅前を駆け抜け、水路への階段にたどり着く。
帰りは「川を下って海の様子を見に行く」という、八角やつめさんの仕事(?)に、これまた便乗することにしたのだ。
歌論ちゃんの家で仕事をしている、彼女の所属は少しややこしい。
歌論ちゃんのおじいちゃんが居る警備会社に勤めているのに、コンビニの店長代理もしているのだ。
そして水路や川がある、この土地での機動性を重視した結果、愛車は水陸両用車で、こうして僕まで時々乗せてもらってる。
§
「「「な、何あれ? 目玉付いてる!」」」
僕たちを待ち受けていたのは、丸い頭から何本もの腕が生えた奇妙な物体。
「ソレを調べるのが――私の仕事です」
いや、八角さんのお仕事はコンビニ店長代理ですよね。
〝室長補佐〟という役職がどれほど偉いのかはわからないけど、水上航行する水陸両用車を普段使いにする程度には、権限も資格も持ってるんだろう。
潜水艇や大型トレーラーに留まらず、ヘリや飛行機まで操縦できるって言ってたし。
ちなみに〝室長〟は、歌論ちゃんのおじいちゃんだ。
かなり重要な任務に就いているらしい室長の補佐をするのが仕事なのに、何年もコンビニ勤めしてていいのかと不安になるけど、彼女は毎日、楽しげに働いている。
「タコね」「タコだね」「タコ……焼き?」
河口水面に浮かぶ、未確認物体の見た目は苔むした緑色のタコで、大きさはものすごく大きい。
頭は大型トレーラーの牽引車並みで、ほぼ球体。
妹が言ったみたいに、形だけならタコヤキだ。
そして、丸くて大きなモノが水面下に沈んでいる様子は、とても恐ろしかった。
腕のような部分はうごめいてて、生物にしか見えないけど。こんな生き物は見たことがない。
「ナナダモンみたい」
妹がスマホで検索したのは、魚灘丘沿岸で目撃情報がある、巨大タコの未確認生物だった。
「いえ、金属反応があります。何らかの機能を有した構造物であることは、間違いありません」
聴診器みたいな形の金属探知機を持つのは、水陸両用車のロボ腕。
ハンドルとハンドル裏のパドルを操作して、器用にロボ腕を近づける八角さん。
「「ゲームみたい♪」」
助手席の妹と後部座席の歌論ちゃんが、運転席に飛びついた。
確かに面白そうだけど、運転……いや操船中に邪魔すると怒られるよ。
「三人とも――シートベルトならびに、救命胴衣の着用を厳守願います!」
ほら、僕まで怒られたじゃんか。
真っ赤なベストを身につけた僕たちは、近くの消波ブロックに下ろされた。
「ちょうど沖の周辺海域で作戦行動中の部隊がいますので、応援要請します」
水陸両用車は、両腕に馬鹿でかいLED誘導棒を持ち、沖へ向かって振り始めた。
「じゃあ、堤防の端まで行こうか」
足場の悪い消波ブロックから、堤防にはい上がる僕たち。
――――チチィー♪
なんかの電子音が聞こえた、なんだろ?
スマホかと思ったけど、歌論ちゃんがポケットから取り出したのは、資材管理温度計だった。
コレを貼り付けた物体温度が、コンテナ空調の温度設定の元になる。
だから夏場は、平熱が高い彼女のおでこに貼り付けてるコトが多い。
「やだっ! 壊れちゃったみたい!」
見たことがない表示。赤いドットが反時計回りに高速で回転している。
広域LANに自動接続されるハズのソレが、正常に働いていなかった。
ゴボボボ、ボボン♪
ゆっくりと寄ってきた水陸両用車が、ロボ腕を差し出した。
『その電子音――ちょっと、お貸しいただけますか?』
八角さんの声は、外部スピーカーから拡声されてる。
すると水陸両用車の背後。
――――ザァァァァァァッ!
盛り上がる水面。
――――ギュギューッ、ガチン!
タコヤキが、水陸両用車に抱きついた。
動くモノに反応するような、生物的な本能を思わせる行動だった。
でも金属製だろ!?
金属製の巨大タコの未確認生物――――ロボットか!?
『メーデーメーデー。こちらは人工冬眠装置一号。位置は北緯○○度○○分、西経○○度○○分。低温発生装置が故障し、冬眠状態の維持が困難になりつつある。すぐに点検改修されたスッ。乗船人数は1名。メーデー、人工冬眠装置一ギョゥ。オーバー。たぁすぅけぇてぇー』
拡声された自動音声――かと思って聞いてたけど、台詞はカミカミ、最後に泣き言。
間の抜けた女の人の声。タコヤキはマシンで、中には人が乗ってた。
緊張が走る。その静寂を――――ヴァヴァッヴァヴァヴァーーッ!
という、草刈り機のような騒音が粉砕する。
僕は前に一度、この音を聞いたことがあった。
僕たちの上空、何でか海方向から飛んできた厚切り食パン。
それがひっくり返り、ぶら下がるのは――筋骨隆々。
「(弐颪流柔術――――)」
何かを叫ぶ逆三角形の体格にも、見覚えがあった。
『えっ!? やめて室長っ!』
拡声される、緊迫の声。
「室長って、歌論ちゃんのおじいちゃんだよね?」
返事はなくて、ガチ人魚が青ざめてた。
「恒~四郎~ぉ、キイィィィィィィッ――――――!!!」
切り離された逆三角形が、一直線に加速した。
ソレはタコヤキに突き刺さる、爪楊枝みたいで。
ゴゴガァァァァン――デェリィヤァァァァッァァァァァァァッ――――!!!!!!
衝撃音は最初の一瞬だけ。
うるさいののほとんどが、爪楊枝の雄叫びだった。
『『キャァァァァァァ――――!』』
河口横、砂浜に打ち上げられる、メカタコヤキと水陸両用車。
§
「「大丈夫ー?」」
水陸両用車に飛びついた、ガチ人魚に声を掛けた。
「気絶してるだけみたい。息はしてるー!」
僕と妹はホッと胸を撫で下ろす。
「たしかに息はしてるな」
ふしゅるるるぅぅっ――――!
大球体の上で、息を整える筋骨。
バクン♪
頭の上の逆三角形をスッ飛ばし、キャノピーが開かれた。
「コラー、なんばしよっとね!? オリハルコン製の機体にヒビ入れてもうて、どぎゃんすっとかぁ!」
拡声されないメカタコヤキの肉声は、やっぱりどこかマヌケだった。
迫力は無く、むしろ「「「カワイイ」」」
中から出てきたのは――――ネコ耳美女だった。
§
警察、消防、漁業組合、その他諸々。
厳つい男たちに囲まれる、僕たち。
「広域LAN上に未登録のノード端末が接続を試みた結果、アドレス競合で不具合が生じた模様です」
息を吹き返した八角さんが、カーボン製のモナカアイスみたいな、ゴツイスマホで資材温度計を調べてくれた。
「とにかく……壊れたわけじゃないのね? よかったぁー♪」
温度計を受け取り、微笑む歌論ちゃん。
ふー、僕も胸をなで下ろした。
全自動快適空調とコンセント2個が水流エネルギーで使い放題という、資材管理コンテナの居心地の良さは、僕たち曽揃兄妹にとっても死活問題なのだ。
「でもあっちは……壊れちゃったけど?」
目玉に見えてたキャノピーに大きなヒビが入ってて、とても再び海に潜れそうではなかった。
タコ腕にへたり込み、べそをかくネコ耳美女の頭を、ウチの妹が優しくなでる。
アレは、ネコ扱いしてるな。
「やつめちゃーん! ソッチの嬢ちゃんから、事情聴取したいんだがー?」
みると制服男たちが、砂に突き刺さる三角形を掘り起こしてた。
〝弐颪恒四郎〟にケガはないと思う。
なんせ金属製(?)のタコのお化けを、生身で一蹴した程なのだから。
§
「初めまして。お会いするのは、初めてね。曽揃要石君と、日夜花さん」
巫女さん服に白衣。首から聴診器をさげた、少し小柄な女の人。
「歌――小唄さんのお姉さ――――」
「カロンちゃんのお母さ――――」
「――――おばあちゃん! そのネコの人、一体どうするの!?」
おばあちゃん……だって!?
妹を顔を見合わせ、もう一度白衣巫女を見た。
どう見ても、二十歳代にしか見えない。
なんなら、八角さんより若いだろ絶対。
「歌論、こちらの方は歴とした人類ですよ」
ネコ掴みされる、ネコの人。
「はにゃしてー! こん耳ば、脳波計一体型のぉ熱感知子機やし。アタシャ寝るのが好きなだけの筑紫人ばい!」
歌論ちゃんが持ってる資材温度計と同じ機能を持つらしいネコ耳カチューシャ。
受話器みたいなコードが接続されている。
お黙りなさいと取り出されたのは、『ナナダモン対策本部』の看板。
やっぱりメカタコヤキは、UMAナナダモンの正体ぽい。
「それと恒四郎様、いつまで死んだふりなどなさっておられるの――かしら♪」
あれ? 肌寒くなってきた。さっきまで暑かったのに。
✦
メカタコヤキの正体は、人工冬眠装置の親機。
正式認可された潜水艇で、小型船舶として船舶番号の交付もされていた。
それを確認した制服組は、蜘蛛の子を散らすように帰って行った。
機体は、たしかにオリハルコン製だった。
ただし謎の希少金属ではなく、小里原海洋蓄電技術研究所製。
僕たちの秘密基地であるコンテナは、このプロトタイプを作成する過程で培った技術を駆使して作られたモノらしいことがわかった。
だから動力源は、建築資材用コンテナと同じ丸い装置。
同じルートで近所の水路に沈めてある。
ナナダモンは、建築資材用コンテナの増設部品として同一敷地内に置くと、書類上とても楽なのだそうだ。
曽揃家の庭に四角いのと丸いのの二つのオブジェが、立ち並ぶことになった。
〇
「こん人は、誰ね?」
ネコ手袋が指すのは、画面の中の新規作成キャラ。
「「「ソレはね――」」」
新人パーティーメンバー(年齢不詳)に、イチからゲームを教えるのは、結構楽しい。
新人が使ってるのは猫耳型のゲーム機で、ナナダモン本部から支給された特別製。
ネットワーク関連機能がパラダイム・セキュリティ装備仕様で、実はちょっとうらやましい。
ナナダモンの自己修復が終わるのに約一年。
猫耳の人はナナダモン対策本部預かりとなり、ナナダモンである親機で寝泊まりしている。
彼女は猫だからか、はたまた潜水艇乗組員としての性なのか、狭いところが好きみたいで。
コンテナにも連日遊びに来た。
四人で入ると寿司詰めだけど、隣は妹だから気兼ねはない。
夏休みは始まったばかりだし、予備の新作ゲームも人数分あるし。
秘密基地は今日も満員御礼♪