室長補佐、店長代理、水陸両用。
ポポンポンッ♪
なんか頭の上で、小さな花火がなった。
「お兄ちゃん、カロンちゃんはー♪」
ウチの妹は、休みのたびに聞いてくる。
「誘っても多分、また部活で忙しいって言われるよ」
僕は、休みのたびに同じ返事をする。
「やぁーだ! カロンちゃんと遊びたい、カロンちゃんと遊びたい、カロンちゃんカロンちゃん、カロカロカロカロ――――」
ソファーに突っ伏し、バタ足の練習を始める妹。
僕以上に非力だから、ウルサくはないけど――ウザい。
「こぉーら。あんまりお兄ちゃんをイジメるんじゃないの。ソレでなくても思春期真っ盛りなのにねぇ……」
母の気づかいこそ、若干イジメに感じたけど、僕だってもう中2だ。
アレだけ活発で明るい女の子が、全国大会目指して頑張っているのだ。
僕みたいな、ひ弱な虚弱体質と遊んでなんか居られない。
そんなことは、わかってる。
……わかるけど、僕だってさみしく感じないわけじゃない。
庭にポツンと置いてある、冷蔵庫のお化けみたいなのを見る。
僕たちが、あの秘密基地(ぜんぜん秘密じゃないけど、空調付きの東屋みたいに使ってた)で遊んでいられたのは、中学に入って最初の夏休みまで。
彼女、小唄歌論が、この辺で有名なお嬢様学校に入って、通学に時間がかかるようになったのが、その一つ目の理由。
勉強について行くのがやっとだって、ぼやいてた。
理由の二つ目は、彼女が去年の秋に腕っぷしの強さ(?)を見込まれ、なぜか水球部に入ったこと。
トレーニング中の写真とか、スマホで見せてくれたけど、プールを使った練習中の写真だけは「絶対見せられない」って言って、見せてくれなかった。
水着の写真は恥ずかしいよねっていったら、「そういうことじゃないのよ」と、いろんな水着写真を見せてくれる。
なにが〝そういうことじゃない〟のかはわかんなかったけど、写真のほぼ全部に逆三角形の厳つい男性が映り込んでた。
彼女のおじいちゃん(逆三角形)は、泣く子も黙る凄腕のボディービルダー……じゃなくって現役のボディーガードで、僕も暑中見舞や年賀状をもらうくらいには、顔見知りだ。
――ポルォォン♪
情感たっぷりの起動音。ヒユカがゲーム機を起動した。
ネットワーク接続を試みたLEDがスグに消える。
そう、秘密基地で遊ばなくなった一番大きな理由。
それは、僕たちが熱中してた携帯ゲーム、『ヒヤク・ドゥー・クエスト』のオンラインサービスが終了してしまったことだ。
はじめの頃は、オフラインでも一緒に集まればプレイできるよって言って、遊んでたんだけど。
やっぱり、日課のLV上げを一緒に出来なくなったのは――大きかった。
今でもヒユカと時々、神殿にアイテム掘りに行くけど……歌論ちゃんのキャラ、勇者【ホットケーキ】なしでは、とてもクリアなんてできない。
§
それでも僕は――軍手とホウキと万能タオルを持って、庭に出た。
掃除をする約束で、コンテナを庭で使うコトを許されているのだから、約束は守る。
ひょこ、ひょこ。
なんかコンテナのハッチから、頭が飛び出てた。
ハッチは天井と側面にふたつ付いてて、晴れた日にはよく、天井側のを開けておくのだ。
「歌論ちゃん! 来てたの!?」
僕は、ホウキと万能タオルを投げ捨て、駆け寄った。
けど、そこに居たのは――――背の高い、女の人だった。
「キミが、曽揃ヨウスケ君ね?」
ハッチから姿を表したのは、ストライプ入りの紺色のシャツ。
深緑色のタイトスカート。腰巻きのエプロン。
ソレは近所のコンビニの制服だった。
エプロンは見たことがないデザインだけど、オシャレなカフェで店員さんが着てそうな感じので、とてもよく似合っていた。
「は、はい。どちら様ですか?」
僕の声を聞いた妹が、ゲーム片手に飛び出してきたから、ガシリと捕まえる。
よく見ろ、歌論ちゃんじゃないだろ――いろんなところが。
「カロンちゃん――じゃないっ!?」
頭の天辺とか胸元なんかを、じっくりと確認してから――逃げていく妹。
「驚かせてしまいましたね。申し遅れました、私こういうモノです」
エプロンのポケットから取り出したのは、POS端末――じゃなくて名刺だった。
『合資会社パラダイム・セキュリティ
室長補佐 八角やつめ』
コンビニの人じゃない?
けど、この会社の名前、どっかで見覚えが――
「そーだ! 歌論ちゃ――こ、小唄さんのおじいちゃんの会社だ」
歌論ちゃんのおじいちゃんは、泣く子も黙る凄腕のボディービルダー……じゃなくてボディーガードだ。
「はい、そうです。歌論お嬢様救出の際には、キミの機転が役立ちました――――ボクー?」
そう、この資材コンテナを巡って歌論ちゃんが川に落ちたとき、おじいちゃんが、ものすごい装備に乗って救出に来たことが有る。
「この声!? あのときの――通話のおねえさん!?」
「正解です。実は、このたび近くのコンビニで勤務することになりまして、お嬢様のご友人のヨウスケ君に、ご挨拶へとうかがった次第です」
そう言って名刺を、もう一枚渡された。
今度のは、コンビニカラーのヤツで。
『品ヶ谷岬通商株式会社
パトリオット・ストア 魚灘丘団地店
店長代理 八角やつめ』
「コレは、ごていねいに――」
とか言うんだよな。たしか、お父さんがやってた。
「では私、まだ勤務中ですので、本日はコレにて失礼いたします」
なんて言って、ウチの塀を猫みたいな身軽さで、越えて行ってしまう。
塀の向こうを見上げると、住宅街の影からコンビニの電飾看板が見えた。
「――すっごくキレイな女の人!」
妹が興奮気味に、お母さんを引っぱってきた。
「――隅に置けないわねー。要石のお知り合い?」
オタマを持ったままのお母さんが、野次馬みたいに身を乗り出す。
「えーっと?」
なんて言えばイイんだ?
「お兄ー、カロンちゃんに言いつけるからね?」
妹がジト目で、兄を脅迫する。昔の呼び方に戻ってるし、
当たり前だけど、僕は歌論ちゃんの彼氏じゃないし、八角さんもボクの彼女なんかじゃない。
「コンビニで働くことになった、歌論ちゃ――小唄さんの家の人かな……たぶん」
上手く説明できる自信が無かったから、コンビニカラーの方の名刺を、お母さんに渡した。
§
「お兄ちゃん出かけるなら、夕方までには帰ってきてよ?」
「わかってるよ。ヒユカをお祭りに連れてけって言うんだろ」
冷蔵庫に貼ってある、チラシを見た。
『ななだ丘まつり/納涼花火大会
○月○日(土)魚灘丘2丁目~3丁目逢禍川堤防
午後7時より 雨天決行』
「カロンちゃん来ないなら……学校の友達と行く」
「あらそう? でも帰りは暗くなるから、お兄ちゃんと一緒じゃないとダメよ?」
「駅前に居るから、チャット通話で連絡してよ。いってきまーす」
花火はそこまで見たくはないけど、ヒユカを連れて行くと臨時のお小遣いがもらえるからな。
§
僕は自転車で駅前に向かう。
駅前の商店街には、季節ごとに入れ替わる屋台みたいな臨時ショップが立ちならぶ。
今年、出店されたゲームショップは7件。
それぞれ粋を凝らした、ワゴンセールが目白押し。
その全部を回るのだ。いま3時だけど、お祭りまでの4時間で全部回れるかは怪しい。
コンビニ前を通ったけど、『八角さん』の姿は、外からは見えなかった。
僕はコンビニ裏の、作業着ショップ駐車場に入る。
ココを通ると細い路地を抜けた先は、ずっと堤防横の道になる。
大型のトレーラーが何台か止まってるけど、駐車場はガランとして走りやすい。
けど今日は――普段居ないヤツが居た。
乗用車のふりをして停車してたけど、あんなのはいままで見たことがない。
――キキキーッ♪
僕は頑丈なだけが取り柄の、シティーサイクルを正面に止めた。
ソレは軽乗用車くらいの大きさ。
ゴム製の走行用ベルトが車輪に巻いてある。
「――戦車!? ……じゃないな、腕が付いてるし」
車体前方に付いたロボットアーム。
タガメとハコフグの合成みたいなフォルム。
モナカアイスみたいな形状の側面には――
『(資)パラダイム・セキュリティ
水陸両用車両Ⅰ型
【自家用】』
あー。おじいさんの会社の関係車両だったか。
車体の周りが濡れてるところを見ると、堤防向こうの川を走ってきたのかもしれない。
「あのー、誰か乗ってますかー?」
ひょっとして小唄ちゃんのおじいさんが乗ってて、もしこっちを見てるなら無視していくのも、気が引けたのだ。
コンコン♪
真っ黒なガラスを、手で叩いてみた。
全然知らない人が乗ってたとしても、八角さんの名刺を見せれば、お小言くらいで済むだろう。
フュフュフュイーフュフュフューイーー♪
高音が轟き、ガラスに浮かび上がるディスプレイ表示。
それは『⚡』で有ることを告げている。
警報作動から1分もたってないのに、スグ後ろに人の気配。
「――――警告します! 両手を頭の上にのせ、膝をついてください!」
振り返らなくても、声でわかる。
「さあ、観念してください――」
コンビニ店長代理は――まっすぐ僕に近づいてくる。
「――賭けは私の勝ちでしたよ?」
振り返る僕を、コンビニ店員が通り過ぎ――ドアを思い切り開けた。
ドアを向こうから引っ張ってたらしい人物が、転がり出る。
乗ってたのは真っ黒い、多分カーボン製の――埴輪?
FPSゲームで、突撃部隊を選ぶと装着できるような軍用ヘルメットに、フルフェイスアーマーが装着されてる。
メットから伸びたコードは胸元に付いた小さな機械に繋がっていて、小さな機械にはパラダイム・セキュリティ社のエンブレムが付いていた。
制服のスカートをはいてるから性別はわかる。
この制服は――この辺で有名なお嬢様学校のヤツで……。
僕はスマホを取り出し、『小唄歌論』通話ボタンを押した。
フリュリュリュリュ――――『要石→→→歌論』。
呼び出し音は、目の前の不審者から聞こえてくる。
呼び出すアニメが、10回くらい流れ――ピッ♪
『もーなんで要石君は、最初から寄ってくるの!』
怒っておられる。
スマホは耳に当ててないのに、会話が出来た。
メットに内蔵された中継機能を使ってるっぽい。
J'_'し
コンビニ店員にヘルメットを取られ、現れたのは短めなボブカット。
「レ、レギュラー入りして本格的に練習に打ち込むのに、ショートにしたの……変じゃない?」
この所、顔を出さなかったのは、切りすぎちゃって恥ずかしいからで。
「すっごく――カワイイ」
つい口から出た。それくらいカワイかった。
ソレと練習中の写真を見られたくなかったのは、「お嬢様は『水球帽をかぶったお猿顔』を曽揃君にだけは見られたくなかったんですよねー」。
真っ赤な顔の小唄ちゃんが、八角さんが見せようとしたスマホを取り上げようとして、飛び跳ねる。
何そのジャンプ力。さすがレギュラー。
§
お祭りやイベントにかり出されるこの時期には、少し高度な警備手法として地域に溶け込み、生活することもあるんだそうだ。
そのついでに部活帰りの歌論ちゃんを送迎してきたけど、踏ん切りがつかず――賭けをした。
この水陸両用車に、僕が接触してきたら、姿を見せるという約束で。
僕は、『曽揃日夜花』通話ボタンを押した。
ゲーム機と接続ケーブルを手にした妹が、ものすごい勢いで走ってくる。
「あら接続ケーブル? なら弊社車両搭載のセキュリティー通信網をお貸しできますので、オンラインプレイ可能ですよ」
五分程度で、以前のようにオンライン接続できるようになった。
「私の勤務中に限られますけどね」
神だ、神は水陸両用車に搭載されていたのだ。
水陸両用車両Ⅰ型にはハシゴまで付いてて、屋根の荷台に上がれるようになってた。
膝をつきあわせた僕たちは、早速神殿にゴー。
久々だったからか、すこし手こずったけど、なんとか神殿をクリアした、
――――ひゅるるるるぅぅぅぅぅー、ぽぽん♪
レアアイテムゲットの花火が上がる。
その直後――――――――ドドォォォォォォオォォォォォォン♪
花火会場は、目と鼻の先の堤防。大輪の花が頭上に咲く。
夢中になってプレイしてるウチに、いつの間にか夜になっていたのだ。
今日、三つ目の打ちあげ花火が、大気を揺らしつづける。
「「「び、びっくりしたー!」」」
僕たちの顔に張り付いた大輪の花も、いつまでも消えることはなかった。
ちなみに、八角さんの勤務に合わせて水上を連日揺られた結果。
歌論ちゃんは、なんでかバランス感覚が研ぎ澄まされ、〝ガチ人魚〟と異名をとるほどのポイントゲッターに成長した。
そして、僕たち勇者【ホットケーキ】パーティーは、全員LV50になった。
これで、アイテム掘りの最高峰〝最終神殿〟に入ることが出来る。
「本編そっちのけだけどね」
「「しょうがないでしょ。レアアイテムが欲しいんだもん!」」
勇者と拳闘士が、ハモった。