三畳未満、空調完備、筋骨隆々。
「小唄さん、おはよう」
うつろな顔の少年が、建築資材用コンテナから顔を出した。
「……やっぱりちゃんとあった。この箱……夢じゃなかったんだ!」
嬉々として駆け寄るのは、麦わら帽子が似合う活発そうな少女。
四人も入ればスシ詰めで、身動き取れなくなる程度の大きな箱。
ソレは、公立図書館横の階段下に、ポツンと置かれていた。
「夢? なんのこと?」
少年が、少女に手を差し出す。
一度、ピタリと止まってから、その手を取る少女。
「何でも、何でもないの」と頭をふる。
§
ブオォォォォォォォォ――
箱の背面には、冷却構造が張り巡らされていて、なんと空調完備だった。
「うわー、涼しーい♪」
パタパタとワンピースの裾をはためかせる少女。
「ん゛ーっ?」
少年は顔を背け、棚からゲーム機と文庫本を取り出した。
「今日は、何して遊ぶ? ソレとも今日こそ勉強する?」
「勉強はイヤ! でも、自由研究の宿題があるから、あとで一緒に考えてくれる?」
「わかった。じゃー昨日のマドウ神殿の続き――」
「やりたい! 今日こそクリアして、マドウの剣もらうっ♪」
§
「ねー、なんか暑くなーい?」
ソレは彼女たち勇者【ホットケーキ】パーティーが、二回目の全滅をしたころ。
「ほんとだ、なんかぬるい。ひょっとして壊れちゃったかな?」
少年が、吹き出し口に手をかざす。
「ううん、温度計は、ちゃんと動いてるわよ?」
少女は、自分の額から剥がした丸い装置を見つめる。
「資材管理温度計は大丈夫だね……じゃ、コンテナの方の電池がなくなったのかもしれない」
「じゃー、なんとかしなきゃ」
§
「これ、一体ドコまで続いてるのかしら?」
足下に横たわるのは、結構太めの電源ケーブル。
その片側は、彼らの秘密基地へと繋がっている。
「まってよぉう~、はぁ、ひぃ」
図書館裏の建物と建物の間を進む、勇者【ホットケーキ】パーティー。
ただし、現実の僧侶【ソッゾーロ】の体力は、限りなく0に近い1だった。
「もう、そぞろ君は、もやしっ子だなー。うちのおじいちゃんに知られたら、絶対、地獄のブートキャンプに強制参加させられるわ♪」
麦藁帽子を、ギュムギュムと深くかぶる少女。
時折吹くビル風に、飛ばされないためだろう。
「はぁ、ひぃ。ん゛ーっと、おじいちゃんはボディービルの選手なんだっけ?」
はためくワンピース。少年の首が凄まじい勢いで45度横を向いた。
「ぷわっはっ♪」
「あれ、ウケてる? なんで?」
「ちがうわよ、ビルじゃなくてガード。ボディーガードをしてて、新しく入った社員の人たちの教育係もしてるんだって」
「そっか。じゃあ僕の虚弱体質だけは、死んでも知られないようにしないと」
「そうだね、ほんとうに死んじゃうかも」
少女が見せたのは、精悍で豪快な――孫を抱き上げはち切れんばかりの筋骨隆々。
スマホをしまい、すてててと逃げるように、駆けていく少女。
置いて行かれないように、少女のカバンを必死につかむ少年。
少年の推進力が、少女頼みになって約五分。
ようやく、電源ケーブルの端っこに、たどり着いた。
§
「ぜぇー、はぁー! か、川だね」
リアル勇者パーティーが、たどり着いたのは、何の変哲もない川だった。
「そうね、川ね? 感電しないのかしら……お魚とか」
ココまでの道標だった電源ケーブルは、水中に続いていた。
川と言うより水路。側溝を、そのまま大きくしたようなコンクリート製。
幅は自転車一台分くらいで、流れはとてもゆっくりだった。
「危ないよ。たぶん、壊れちゃったんだよ」
それなりの高さがあり、落ちたら子供二人ではどうやっても這い上がれそうにない。
「よいしょ、手伝って!」
少女はフェンスごしに、電源ケーブル(太)を引っ張り上げようとしている。
「元気だなあ」
視線の先、鼻息を荒くする彼女の額に汗が滲んでいた。
それでも張り付いたままの温度計は『37℃』と、体温の高さを正確に計測している。
少年は、少女とフェンスの間にできたスキマに入りこんだ。
ケーブルを引っ張りながら下を見たら、大きな丸い機械が浮かび上がった。
「仕組みはわからないけど、水の温度差っていうか冷たさで発電してるんじゃないかな?」
丸い機械に、回転するタービン構造は見当たらない。
彼は博識だった。
だが、子供には違いない。
――ごごおおおおお!
「なんか、流れが速くなった。上の方の水門を開けたのかも……」
おびえた少年が手を放す。
――――ぶおわぁん!
のたうつ電源ケーブルに、足を取られる少年。
フェンスに背中を打ち付けた少年の真上を、上下逆になって飛んでいく少女。
水流が増した水面。落ちた丸い機械。
勢いよく引っ張られた電源ケーブル。
ソレは定期的に解放される水門。
水面の高さを一定に保つための仕掛けが作動したことによる、偶発的な不運だった。
「――――痛っ、小唄さん!?」
電源ケーブルに引かれた足が痛むらしく、片足で立ち上がる。
「――――そぞろ君!」
カバンのヒモをつかみ、カバンを少年に向かって放る。
少年は身を乗り出し、必死にカバンをつかんだ。
少年の顔に気迫がこもる!
だが少女の体重が、少年の手にかかることはなかった。
――――ばっしゃぁあん!
水面を見る。
もう見えない。
電源ケーブルが斜めになり、水路の壁を跳ね回っている。
ものすごい勢いだ――――少年はカバンを地面に置き、フェンスを乗り越えようと手を掛けた。
だが少年は、カバンに付いた何かに気づく。
もう一度、カバンにとりつきソレを押した!
フュフュフュイーフュフュフューイーー♪
高音が轟き、防犯ブザーの表示は『⚡』で有ることを告げる。
少年はカバンを抱え、フェンス下へ蒼白な顔を向けつづけた。
§
やがて、何かに気づいた少年がズボンのポケットを探り、元来た道をにらみつけた。
次に、少女のカバンの中を必死に探し――
「――あった!」
ウサギ耳が付いたスマホを取り出すのと――同時。
聞こえてきたのは、ヴァヴァッヴァヴァヴァーーッ!
という、草刈り機のような騒音。
騒音は、少年の正面上空から近づいてくる。
――――ソレは四角くて、厚切り食パンみたいな。
スーツ姿の男性が、空飛ぶ食パンに乗ってゆっくりと降りてきた。
遠くからでもこの人物が誰であるか、少年にはわかったようだ。
「(小唄さんが! 落ちちゃったんです!)助けてっ!」
ヴァ――――シュシュシュルルルルッ♪
かき消されていた少年の声が、急に聞こえるようになった。
「カロンは、小唄カロンはどこかね!?」
見た目どおりの、精悍な声。
「ぐす、ちょっとまえに、落ち……ました! ぐすん!」
「泣くな少年! ブザーを押したのは、カロンが落ちた直後か!?」
コクコクと頷く少年。その手にはウサギ耳のスマホが、しっかりとにぎられている。
グラリッ――――
黒ずくめの男性を乗せた厚切り食パンが、クルリとひっくり返る。
「あぶない!」
慌てる少年。
男性は食パンのハンドルに捕まり、ぶら下がっていた。
「ザザッ――大丈夫だ。俺はカロンを助けに行く。少年はそこで待て!」
近くから声が掛けられた。
それは手にしたうさぎ耳から聞こえてきた。
画面を見ると、『パラダイム・セキュリティ/空挺車両Ⅱ型強襲装備』。
防犯ブザーの形と同じロゴマーク。
ソコから伸びた点線が、厚切り食パンのイラストに繋がっている。
この通話アプリは、直接、男性と会話が出来るようだった。
厚切り食パンは曲がる水路に沿って、ビルの向こうに姿を消した。
§
「ひっく、ごめんね小唄さん、僕が手を放したから――」
取り残された少年が、濁流を見つめる。
「ザザッ――たとえ溺れていても、まだ助かる。水面に顔が出ているかどうかだけでもわかれば、探索の手がかりになるんだが」
「ひっく、水面? それなら、わかるかもぉ。ぐす」
「ザザッ――どういうコトかね?」
§
「ザザッ――室長、図書館横の資材保管用コンテナ発見しました」
「ザザッ――それで温度は!?」
「ザザッ――現在35・8度。水面下とは考えられません。ですが資材管理用温度計が広域通信網から切断されている可能性があります」
「ザザッ――むぅう?」
泣き崩れる少年の耳にも、通話アプリ越しに事態の経過が届いている。
「あの、ひっく。それもわかります。小唄さんがくっつけてる温度計はホースで水を掛けたくらいじゃ外れないし、もし接続が切れてたら、ひっく、水に落ちる前の『37℃』のままだと思います」
「ザザッ――37度……君の目で見たのか?」
「はい、逆さまになって飛んでく小唄さんと、ぐすん、目があったとき温度計の数字も一緒に見えたから、ううぅ」
「ザザッ――つまり、カロンの体温は、間違いなく更新されているわけだな? でかした少年! 関係各位に告ぐ。下流の水門から全員上がってこい」
遠くから緊急車両のサイレンなんかも聞こえてくる。
少年の顔が心配のあまり、さらに青くなっていく。
「ザザッ――ボクー、聞こえるー?」
優しげな大人の女性の声。
「はい、きこえ、ひっく」
「ザザッ――安心していいわよー。室長……そのおじちゃんが褒めるコトなんて滅多にないんだから、カロンちゃんは絶対助かるわ」
「ほん、ひっく、とう!?」
「ザザッ――ああ、だが少年、お説教は覚悟しておけ」
「おせっきょう?」
直後、「ザザッ――おじいちゃん! こっちー、がばごぼ!」
ソレは小さな声だったが、少年の耳にも届いたようだった。
§
「そぞろ君、こんにちわ……」
うつろな顔の少女が、建築資材用コンテナから顔を出した。
「……ホントに有った。嘘じゃなかったんだ」
ゾンビのような足取りでやってくるのは、手にした図鑑が似合う、利発そうな少年。
四人も入ればスシ詰めで、身動き取れなくなる程度の大きな箱。
ソレは、曽揃家の庭に、ポツンと置かれていた。
「嘘? なんのこと?」
少女が、少年に手を差し出す。
一度、ピタリと止まってから、その手を取る少年。
「だって、〝筋骨隆々の紳士が「孫をよろしくお願いいたします」って言って、担いできた冷蔵庫のお化けみたいなのを置いてった〟って、お母さんが言うから」
少年が手にしてるのは、ゲーム機と図鑑とお菓子。
「うふふ、ソレはしょうがないじゃん。そぞろ君ちの方が水路に近かったんだから」
「結局ゴミが絡まって、発電効率が落ちてただけで、壊れてなくてよかったけど……イイのかなタダで、もらっちゃって」
「いいのよ。捨てるのにもお金がかかるから、スイカ冷やすのに使ってただけだって言うし……それに一週間も外出禁止で、ずーっとお説教聞かされたんだもん、これくらい貰ってもバチは当たらないわ」
「僕もすごく怒られて、外に出してもらえなかったよ……オンラインで、神殿には毎日一緒に行ってたけどね」
「あー、おじいちゃんの説教なんか、もう一生聞きたくなーい!」
「それ、おじいさんに言ったらだめなヤツだよ? わかってる? 気をつけてね?」
顔面蒼白な少年の胸中は、外からはうかがい知ることが出来ない。
「大丈夫だよ。うふふ、また二人っきりで遊べて、うれしい?」
「……そうでもない。それに……」
「ぷわっはっ♪ そうでもないんだ。今日は何しよっか、今度こそ神殿クリア?」
「だめ。今日からは宿題が先!」
ゲーム機を取り出す手を、少年が押しとどめる。
「あれ? そぞろ君が厳しい……おじいちゃんみたい」
壁に貼られた、真新しいポスター。
『来たれ、守護者よ!』なんて文字の下に『初心者歓迎! 新人研修でアナタもガーディアン!』。
それは、地獄のブートキャンプ写真の数々。
「ちょ、縁起でも無いこと言わないで」
顔面蒼白な少年の胸中は、やはり外からうかがい知ることは出来ない。
「でも、命がけで説得した甲斐はあったかな~♪」
少女が得意げに広げたのは、大きな模造紙。
『○年○組/小唄歌論
一週間で本職のセキュリティサービスから一本取る方法』
徒手空拳に始まって、丸めた新聞紙、ボール、手製のトラップ。
書きかけてるのは『シュノーケリングで待ち伏せ――』。
ソレ、ひょっとして自由研究?
少年の声にならない声。
よく見れば肘とか肩に絆創膏が貼ってある。
まるで褒めて欲しそうに、少女がにじり寄った瞬間。
バカン♪
勢いよく開かれた扉。
侵入者はいそいそと二人の間にクッションを押し込む。
「曽揃くん、この子、だ・あ・れ?」
顔面蒼白な少女の胸中は、外からはうかがい知ることが出来ない。
「妹のヒユカ。お転婆……ゲーム好きのお姉さんが来るかもっていったら、もーはしゃいじゃって」
「お姉さん……モジモジ……ヒユカも一緒に冒険したい」
「なにこの、カワイイ生き物。しょうがないなー♪」
ゲーム機を取り出そうとする手を、再び止める少年。
「お兄ー、なんでー?」
小首をかしげる、カワイイ生き物。
「オマエは、お兄ちゃんをそんなに筋骨隆々にしたいのか?」
そして再び顔面蒼白になった少年の胸中は、やはり外からうかがい知ることは出来ないのであった。