魔術師の国5
私達の、魔術師の国の首都ウトピアは、学園都市サピエンツイアから、山を越えた大平原に作られた。
何もなかった緑の平原は測量魔術を使えば、数日たたないうちに、区画が整理され、道路も、ハッカレー学院長が作った魔道具によって、1年とたたずに美しく整備された。
8家の屋敷がまず転移し、それを見た他の魔術師達から、今、自分が住んでいる屋敷をそのまま転移させてほしいと申し出が殺到した。
そのため、屋敷を1つずつ転移するのではなく、通り全体を一画ずつ転移するという大胆なやり方が取られた。
そのための魔石は、元々、8家の庭に埋まっていた2000年前の魔石をもとに、ヴェリタス・マジェントレーが中心になって、新しいものを作り出した。
古代の魔術陣に精通していたヴェリタス。そして、何よりも、古代魔術を良く知っていた私の侍女のグレイスの知識が合わさり、古代の大魔術の一環が現在に甦ったのだ。。
そのため、ウトピアの街は数年たたずに整備され、魔術師の国を造るという宣言が出てから10年しないうちに、ほとんどの魔術師がここに住んでいる。
まだ、ランドールで仕事をしている者が大半のため、毎日、ウトピアから首都ランズへ炎の円環での出入りがとても多い。
引継ぎには混乱を避けるため、とても時間をかけている。
フィロスもほぼ毎日、ランズに出かけている。
ウトピアから炎の円環までは転移陣が常設されているので、行き来に不便はないけれど。
彼らが転移した後のランドールの空き地には、サピエンツィアに住んでいた魔力を持たない民達を建物ごと移転させた。
もちろん、サピエンツィアは魔術学院と共にあった町なので、魔術師の国に住みたい、という人も多かった。
どうしても残りたいと言った人に関しては、残ることを許可したけれど、ほとんどの住民はどこにもいけないサピエンツィアよりも広い世界にあこがれを持っている人が多かったので、出られると聞いて嬉々として移動していった。
ウトピアは魔力があることを前提に作られている。
それの最たるものが、転移陣で移動し、馬車はほとんど使わないということだろう。
首都ランズでは、乗合馬車の停留所が街の中のいたるところにあったけれど、その停留所の代わりに転移陣が置かれ、どこ行きかがわかるポールが立っている。
転移陣を乗り継いでいけば、どこにでも行ける。
たとえば、今、最も使われている炎の円環や、サピエンツィアに転移できる転移陣は、宮殿前の広場に設置されている。
自宅からそこに行きたかったら、まず自宅から最も近いところにある宮殿前広場に行く転移陣を使い、宮殿前広場に出たら、炎の円環行き、またはサピエンツィア行きの、転移陣に乗り換えるのだ。
ちなみに、宮殿といっても、この魔術師の国に、王はいない。
8家の当主と魔力が強い魔術師8人で構成される円卓会議で、国の大事なことが決められていく仕組みになっている。
魔力が強い8人の魔術師の中には、エリザベスの夫ライアム・オークレー公爵も居た。ランドールの宰相として辣腕をふるっていた彼は、魔術師の国も、うまく運用してくれている。
もちろん、実際に国を運用する仕事をするのは、ランドールと同じ各役所で勤めていた魔術師達にやってもらっているけれど。
役所に勤めたかったら、求人があった時に、応募すれば、良い。
魔術師の国は、ウトピアを中心に、四方に街が拡がり、南方と東方には、農地や、牧草地が広がっている。
北方は山々があり、鉱石の採掘や魔獣が住む地域。その山を越えれば、学院都市サピエンツィア。
西方は今のところ何もない。広大な緑の大地が広がっている。
そこには私達と一緒に移ってきたユニコーンの王族達が優雅に駆け回る姿を見ることができる。
カイザーはまだユニコーンの王として現役だ。
農地や牧草地では、園芸魔術に長けている魔術師達が、日々、種子と植物や、家畜の改良に励み、育てたり、収穫するための魔道具の開発に余念がない。
こちらには、ジェニファーとその夫のマーク・ケンドルが暮らしている。
魔術師師団は、ウトピアでも騎士を務めてくれている。
北方の魔獣を狩り、魔石を入手することと、街中の警察機能の両方を受け持っている。
ランドールに居た時よりも、多忙だ、と、リチャード・モントレーが言っていた。
特に、警察としての取り締まりが大変らしい。
今までと違って、相手が魔術師のため、逮捕するにしても、戦闘魔術で戦わなければならないので、命がけが増えたとか。
私はリチャードが怪我をするたび、学生時代に約束したとおり、治癒魔術をかけてあげている。
魔術師師団にも、治癒魔術を使える魔術師はいるけれど、リチャードは、怪我を口実に、私に会いに来るのが、楽しみみたいだ。
私は、ウトピアに屋敷が転移してから、ランドールにはほとんど行っていない。ウトピアでやることが、あまりに多かったからだ。
魔術師の国を造っていくためには、たくさんの魔術具と魔力が必要で、私もそれにかかりきりにならざるをえなかった。
何よりも、私は、ランドールで暮らした思い出がほとんどなく、故郷はサピエンツィアと言っても良かったから、戻ってきた、とむしろ、思っていたかもしれない。
フィロスと結婚して、20年。
執事のフィデリウスと、メイド長のマーシアは、鬼籍に入って、もういない。
彼らの代わりに、新しい人、当然、魔力を持つ者、が、我が家で働いてくれている。
魔術師の国、といっても、すべての者が、強い魔力を持っているわけではない。
魔力が強い魔術師は一握りで、大半は魔力が少ない。
魔力が少ない者は、魔術を使えば、すぐに魔力が枯渇してしまうので、日常生活では、あまり魔力を使うことがない。火をつける、水を出すなどの、生活魔術くらいだ。
だから、ランドールに居た時同様、彼らの職業も多岐にわたる。
魔力を持たない人間と同じような、仕事や生活をしている者が、大半なのだ。
魔術の研究や、魔術を日常、何にでも使えるような魔術師は、本当に、今は少ない。
私は、フィロスとの間に、3人の子供を授かった。
12歳になる双子の男の子、ルークと、ルーカス。
3歳になったばかりの女の子、エルフィ。
私はまだ若いので、きっと、家族はもっと増えるだろう。
ありがたいことに、子供たちは3人とも魔力が非常に多い。
それでも、私は、この子たちの可能性を広げるために、私が父から教わった魔力を練る訓練を3人の子供たちと、毎日、やっている。魔力が高いと、やりたいことの、幅が広がるのだ。
この訓練は、ハッカレー学院長が公表したので、自分の子供にさせている親が増えてきていると聞く。
エリザベスも頑張って、自分の子供にやらせているそうだ。
エリザベスはまだ子供がひとり。その子は彼女にそっくりな女の子で、エルフィと同い年。きっと、良い友達になってくれるだろう。私とエリザベスのように。
そして、彼ら子供達は、きっと私達以上の魔術師になれるだろう。
この子たちの世代で、魔術の可能性が大きく広がることを、私は、祈る。
*****
プケバロスとランドールの間で開戦してから、3カ月後。
ランドールは、勝った。
魔術師団の力をまったく借りずに。火の薬の応酬で。
そして、終戦から1年後、すべての魔術師はランドールから去り、私達の、魔術師の国は、ランドールと唯一行き来ができた真紅と青白の炎の門を、永遠に閉ざす。
…いつか、また、魔術師と共に生きたいと言ってくれる人達が現れるまで。
ソフィアの物語はこれで終わりです。
長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。
たまに、短編集の方にも時々、投稿させていただきます。
そして、全く別の物語も、投稿予定です。現在、執筆中。




