魔術師の国2
サピエンツイアの町はずれに、ペガサスに乗った8家の当主とその家族が飛んでいる。
先頭に立って案内しているのは、ヴェリタス・マジェントレー。
魔術庁長官であるフィロスは、死亡による除籍となっていた書類を書き換え、元に戻した。マジェントレーを当主の座から引退した者として。
ただし、国王には、彼が生きていたことを報告していない。
新しい国についての情報は国王へ報告不要だからだ。
魔術師の国を造ることが決まってから、魔術師達と国王の間には以前からあった見えない溝が、明確に、深く、刻まれた。
…国王は、魔術師だけの国には、移動しない。
国王一家はドラコ王の直系だから移動させるべきだという意見が一般の魔術師達には多かったが、8家は、「ランドールを魔術師達が見捨てたわけではない証として、残す。」と、黙らせた。
それは、半分は真実。もう半分は、違う。
国王家は8家よりもドラコ王の血が薄いのだ。
しかも、ランドールの血も薄い。
各国とのつながりを保つため、王妃の多くは外国から迎えている。
だから、魔力を持つ血も、ランドール人の血も、どんどん薄れて、今の国王は魔力を持っていない。2人の王子は魔力を持っているけれど、その魔力は強くない。
だからだろうか。
国王は魔術師だけの国に住むことを、激しく拒否した。
それは、恐怖。自分より強い魔術師ばかりが住む世界への。
そして、国王は、魔術師が全員、自分の治めるランドールから決別して出ていくことを喜んだ。彼らだけで世界を完結し、こちらの世界に干渉しないという約束に。
だから、その時が来るまで、国民には話さないとも約束した。
唯一の懸念は、国防の力がそがれること。
でも、それも、火の薬を見た途端、霧散した。火の薬があれば、全く問題ない。
今の魔術師師団の騎士は100名ほどしかいない。その100名を、火の薬は1個あれば、吹き飛ばすことができるのだ。
平和な時代の魔術師師団は主に、魔獣を討伐してきた。
その魔獣も、火の薬があれば討伐は容易だろう。
何より魔術師がいなくなると、大地に満ちている魔力が薄れていくと言われている。
大地の魔力が無くなれば、魔獣は生まれなくなる。
良いことばかりだ。
魔術師など、要らぬのだ!
サピエンツイアの町はずれまで飛んでくると、雪をいだいた山々が見える。
山がサピエンツイアの行き止まりだと言われていたから、山を越したことがある者は、誰も、いない。
「ヴェリタス。山脈まで来たが、このあと、どうするのじゃ。」
ハッカレー学院長が、不思議そうに、声をかける。
「決まっておろう。山を越えるのよ。」
ヴェリタス・マジェントレーが、楽しそうに、笑う。
「山を、越える?」
私はフィロスのペガサスに同乗させてもらって一緒に飛んでいたけれど、山がサピエンツィアの果てと思っていたので、首をかしげる。
「そうじゃ、スナイドレー夫人。山はサピエンツイアの果て、行き止まりではないのだよ。…信じられないなら、このまま、山脈の頂を、越えなさい。わしと一緒に。そして、自分の目で、見るが良い!」
ヴェリタス・マジェントレーの乗るペガサスが速度を上げて山脈の頂にむけて羽ばたきを強くする。
フィロスが自分のマントで私をくるむようにする。寒くないように、気を使ってくれているのだ。
「大丈夫よ、フィロス。寒くないわ。…行きましょう。」
優しい夫に微笑む。
ペガサスの群れが山脈の雪の頂を越えていく。
そして、眼下に広がるのは、どこまでも続く、大草原。
大きな川が流れている。地平線までずっと、いくつかに枝分かれして。
その地平線まではあまりに遠く、行きつける気がしない。
地平線の向こうがかすんで、何も見えないから。
大きな、笑い声が響いた。
「どうじゃ、皆。サピエンツイアがランドール国より広いというわしの話が、これで信じられるだろう?」
私達は降り立った。広大な草原に。
見渡す限り平地で、緑一色。
飛び越えてきた山の方をふりかえれば、木々がうっそうと茂り、大森林がそこにあることがわかる。
「すごいのお。ヴェリタス。お主はいつから、ここを知っておったのじゃ?」
「学生時代からよ。」
「何?」
「わしは自分の目で確かめたものしか信じないことを、お主も知っておろう。わしは山の向こうに何があるか、学生時代に、飛んでみたのよ。
山が行き止まり?誰が見てきたんだ?と思っての。
見にきてみれば、この通り、何もない、平原が広がっておるだけだ。ある意味、何もない。だから、わしは一度見に来て、それからはほとんど、こっちには来ていない。それだけだ。」
「なるほどのう。わしは山を越えてみようとは思わなんだ。」
「ふん。お主は、意外と頭が固いからの。…どうだ。ここなら、新しい魔術師の国を造るのに十分な広さだろう?しかも、平地が広がっている。区画整理も容易だろう。」
「確かにの。今ある、学院都市は、学院都市として、残そう。学生はこちらの新しい都市の自分の家から転移陣で学院へ来ても、寮に入っても、どちらでも、かまわんことにしよう。」
「それはかまわないけど、ここの区画整理は、これから、わたくし達で決めるとして、建物はどうするの?住む人が自分で建てるの?職人は?」
エイズレー女侯爵が、問う。
「わしら8家は領地の館を、ここに、今すぐにでも、そっくり、転移できる。それ以外の屋敷は、転移を望んだら、転移陣で、移す。新しく建てたいものは、自分で建てさせよう。魔術庁の建築部門が建築を請け負う。」
「ヴェリタス?意味がわからないのだけど。領地の館をそっくり、転移できる?どういうこと?」
エイズレー女侯爵が、眉をひそめる。
「エイズレー女侯爵。8家の領地の館は、どれも、古い。2000年前に作られたことを、知っておろう?そのすべての館は、館自体が魔術具だ。館には、四方に石が埋まっている。これは、結界を張る時に使うから、お主たちも知っておろう。だが、四方だけでなく、館の正面にも石が埋まっている。それを知っている者はいないだろう?」
皆が驚いた顔をする。
「館の正面に埋まっている石を掘り出し、移動したい場所に埋めると、館がそっくり、その石の場所に転移する魔術具になっておる。家具など中身もそっくりだ。ただし、四方に埋まっている石で囲まれた部分だけなので、囲みの外の庭園までは持ってこれないのが、残念だが。」
「ヴェリタス。お主、なぜ、それを知っているのじゃ。」
「自分の館を改装しようとしたからよ。…お主たちも知っている通り、館はちょっとした改装なら可能だが、大きく変えようとしても、変えられん。わしはそのことに気付いて、おかしいと思うて、調べた。そして、わしは、館が魔術具であり、2000年の間、何度も転居していることもわかった。そこからは、転居の方法を調べるのは容易じゃった。…アイザック。お主、覚えておらぬか?かつて昔、首都ランズのわしの館に来た時に、領地の屋敷と全く同じ作りにしたんだな。と言ったことを。」
あっと、ハッカレー学院長が、声を上げる。
「覚えておる。…ランズの館は新しく作ったのではなく、領地から転移させておったのか。」
「その通りよ。」
ため息が知らずにこぼれた。
いったい、2000年前の、いや、それよりはるか前の、ドラコ王の時代の魔術師達の、力の大きさに。行使する魔術のすばらしさに。
私達にはそれほどの魔力も、魔術の知識も無い。
でも、いつか、私達は魔術師の国で、そういった大きな素晴らしい力を手に入れ、魔術師の世界を作っていくことができるだろう。そう、信じたい。
…魔術には、無限の可能性があるのだから。




