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魔術師の国1



 8家会議は久しぶりに議論が白熱していた。

今日は、8家以外にハッカレー学院長が特別に呼ばれて参加している。


「ランドールを2つに分け、魔力を持つ者だけが住む国を作り、魔力を持たない者と惜別する、だと?」

ドン!と、モントレー公爵が、円卓をたたく。

「魔力を持たないランドールの民が、他国に蹂躙されるのが、目に見えている!」


フィロスが辛抱強く、言葉を選ぶ。

「数年で切り捨てるわけではない。少しずつ、魔術師を表舞台から退場させていく。数十年単位で、だ。数十年あれば、魔力を持たない民は世代も交代している。魔術師に頼らず、自分たちでやっていく術を身につけるはずだ。」


ハッカレー学院長が言葉を添える。

「賛成じゃ。魔力を持つ者と持たない者の間に、すでに溝ができつつあることを、わしも、感じておる。」

「それは、なぜです?伺いましょう。」

「火の薬を、先ほど、皆さんに見ていただきましたな?」

「確かに、あれの威力はすごい。しかし、我ら魔術師は知ってしまえば、いかようにでも、対策が取れる。脅威だと思ってはいないのだが、それが、何か?」

ハッカレー学院長が、じろりと皆を見回す。

「本当に、脅威ではないと、信じておられるか?」

「…。」


「たとえば、火の薬が数個であれば、十分、わしらで対応できるだろう。しかし、火の薬が何百個もあったら?また、もっと威力がある武器に転用されたら?貴公達にも、十分、知っているはずだ。昨今、魔力を持たない者たちが、魔術師だけが使えたようなやり方を、自分たちでも使えないか、研究していることを。」

「うっ…。」


フィロスが、ためいきをつく。

「もちろん、我々とて、魔力を持たない者が発明したものを利用していくことは構わない。我々も、便利になるわけだから。しかし、今、私が危惧しているのは、その発明に対する彼らの熱意が、我々魔術師をいつまでものさばらせてはならない。という方向から、来ていることだ。」


マジェントレー公爵となったワイアット元王子も困った顔をしながら、うなずく。

「スナイドレー公爵の言うことは、よくわかる。最近、王宮の中でも、魔術師とそうでない者の対立が増えてきていて、父の国王も頭を抱える事態が増えている。そして、圧倒的多数を占める魔力を持たない者の意見を採用せざるをえなくなっているのが、現状だ。」


ドメスレー公爵が、うめく。

「それは確かだ。私も政治に携わっているからな。何度、両者の対立にイライラさせられておることか。」


ハッカレー学院長が、悲しそうに言う。

「昔、魔術師は、畏怖の目で見られていた。魔力を持たない人間は魔術師に逆らうことを、全く、考えもしなかった。そして、彼らの生活を助けてくれる存在として、崇拝してくれていた。…しかし、今はそうではない。力を持つ者への嫉妬と、恐れ。そして、それを解消するために、彼らは彼らなりに研究をするようになった。強大な魔術師がいなくなったことも、一因だろう。彼らは、我らをもはや恐れてはいない。我らを便利な道具として使うことしか、考えていない。」


フィロスが、書類を配る。

「これを見てくれ。…過去300年間の、魔術師の出生数のグラフだ。」


皆、ざわざわと、しだす。


「300年の間に、出生率が、三分の一以下?」

「そうだ。300年前は、年間300から400名の魔力持ちが生まれていた。それが、今は、100名以下だ。」

「…。」

「しかも、年々、弱い魔力持ちが増えている。」

ハッカレー学院長が引き取る。

「それは確かじゃ。昔は、最終学年であっても、数十人がAクラスに在席していたが、今、数人に減っている。逆に、CクラスとDクラスが圧倒的多数になっておる。」

フィロスが、うなずく。

「それが何を意味しているか、わかるだろう?魔力を持たない民は、もはや、魔術師を脅威とはみなさない。そして、我ら魔術師は、魔術師の血を守るために何らかの策を講じなければ、消えていく存在かもしれない、ということだ。」


モントレー公爵が、フィロスをまっすぐ見つめる。

「つまり、貴公が言わんとしているのは、我らが守るべき民は、もはやいない、いや。彼らを守る力も無くなっていく。ということだな?」

「…そうだ。」


ハッカレー学院長が言う。

「魔力は遺伝する。貴公ら、8家はそれをよくわかっているはずだ。まずは、魔力を持つ者を大事にせねばならん。将来、魔力を持つ者を絶やしたくないのであれば。…そして、それを実行するとしたら、平民の中に魔力持ちは誰一人いない、ということになる。…ドラコ王の時代であれば、それも良かろう。強力な魔術師に逆らう民はいなかったから。支配するものと支配される者が明確に線引されていたから。…だが、今は、そうではない。我々は早いうちに、我々の未来をどうするか、を真剣に考えねばならない時期に来ているのだ。」


「…。」


「このままいけば、魔術師は確実に衰退していき、魔力を持つ者はいなくなるだろう。それも選択肢の一つだ。だが、魔力を持つ者を残したいのであれば、もう、動かなければ、間に合わない。」


エイズレー女侯爵が、つぶやく。

「魔術師がいなくなるの?わたくし、それは、嫌だわ。」


それは、8家の者、全員の思いだったのだろう。皆、うなだれる。


フィロスが、咳払いする。

「どうだろうか。まずは、魔術師しか入れない隔絶された場所を作ることを急ぎたい。そこに住むかどうかの判断は魔力を持つ者に任せる。そして、数十年かけて、魔術師は表舞台から降りる。そののち、しかるべき時が来たら、その門を閉ざし、我らは我らのみで、生きる。どうだろう?評決したいが?」


ドメスレー公爵が、顔をあげて、問う。

「私は魔術師のみで暮らす案に賛成だ。しかし、その隔絶した場所をどうやって作るのかね?」


ハッカレー学院長が、答える。

「一から作る術は、残念ながら、我々には、ない。したがって、サピエンツィアをその地としようと、考えておる。」

「サピエンツイアを?」

「あの地は、今でも魔力を持たない者が入れない。入り口も知らない。あの地には、魔力を持たない市民が住んでいるが、数十年かけて、首都ランズとその近辺に移していけば、良い。」

「なるほど…。しかし、サピエンツィアは、狭くないか?」


「狭いどころか、ランドール国に匹敵するくらい、大きいわ。」

突然、会議室の扉の方から、8家当主以外の声が聞こえ、全員、一斉に立ち上がる。

「誰だ!」

扉にもたれるようにして、立つ者。

長い白髪を後ろに束ね、青い瞳の眼光が鋭い。病上がりのようで、少しやつれた感じが残っているが、もともとはしっかりと体幹が鍛え上げられているようで、姿勢が良い。


「まさか、ヴェリタス・マジェントレーか?」

ハッカレー学院長が、よろりと彼の方に足を進める。


「グラディス!」

2人の声が重なり、扉の前に立つ老人に、フィロスとモントレー公爵の剣が突き付けられる。


「やれやれ、攻撃の意思はないよ。逃げも隠れもせん。剣をひっこめてもらえんかね。お若いの。」

前マジェントレー公爵が両手を軽く上げて、戦意がないことを示す。


「…どうやって、ここに入ってきた?」

「普通に、転移できたよ。わしが死んだと思って、わしの権限を抹消しておらんかったのだろう。」


はっとしたように、フィロスがドメスレー公爵を見る。

ドメスレー公爵が苦笑いした。

「そういえば、ワイアット王子をマジェントレー公爵として登録した際、お主の権限を消すのを忘れていたわい。…スナイドレー公爵、モントレー公爵、剣をひいてくれ。確かに、奴には戦意などは無い。長いつきあいだ。わかる。」


渋々、2人が剣を消す。

ハッカレー学院長が、前マジェントレー公爵に苦々し気に問う。

「で、何をしに来た?ヴェリタス。また、今まで、どこにいた?何をたくらんでいる?」

「そんな、いっぺんに答えられんよ。アイザック。」


ヴェリタス・マジェントレーは、持ち込まれた補助の椅子に座って、話し始める。

「最初から話せばいいのかな?…スナイドレー公爵家で爆散の魔術を使うと同時に、わしは国境近くに転移した。さすがに、重傷をおったが、事前に部下を配置しておったのでな、彼らがわしを予定通り、フォルティス国のわしの隠れ家に運んでくれた。そこで、命をとりとめ、療養して、まあ、今、ここに居る。というところじゃな。」

「…探索に、なぜ、ひっかからなかった?」

「ふん。スナイドレー公爵。お主よりも、わしの方が魔術の使い方はまだまだ上よ。そもそも、爆散の魔術と同時に転移していることすら、お主、気付かなかったであろう?」

ぐっと、フィロスは、詰まる。

「…転移の、痕跡は、無かった。」

「ふん。未熟者め。だから、わしの方が上だと言うておろうが。」


くやしそうに、フィロスは唇を噛む。

反論したくとも、彼が言うとおり、1年の探索で彼を捕まえられなかったのだ。

彼の方が実力が上。認めざるをえない。


ハッカレー学院長が、まあまあ、となだめに入る。

「それで。フォルティスに潜伏していたお主が、なぜ、今、ここにおるのじゃ?いくら、ここで実力が一番上としても、8家の当主が一堂に会している。8人全員がお主を拘束しようと思えば、いかなお主でも手こずるだろうに。」

「お主たちが、動いたからよ。」

「何?」

「魔術師の国を造る、という気になってくれたからよ。」

「…。」


ヴェリタス・マジェントレーは、ずいと、前に乗り出す。


「そもそも、わしがプケバロスを巻き込んだ最終的な目標は、魔術師の国を造ることじゃった。今、お主たちが話をしている魔力を持たない民との決別ではなく、魔力も持たぬ民は奴隷階級に落とすという、やり方は違ったがの。」

「…。」

「全員が魔術師だけの国を造る。わしは、それには頭が回らなかった。話を聞いていて、わしはやり方を間違えたことに、ようやく気付いた。そして、もし、それを実現するなら。わしの、今までの、魔術の研究が絶対に、役に立つ。特に、サピエンツイアを使うのなら、だ。だから、わしは姿を現すことにしたのだ。」


ヴェリタス・マジェントレーの青い瞳が、8家の当主1人1人を、じっと見つめる。


ハッカレー学院長が肩をすくめた。

「魔術師の国を造る、というのは、たしかに、ヴェリタス、お前の悲願、だったな。…その一点に関しては、お前が言っていることは信用できる。だが、わしらに敵対しないというのは、どうやって信用すれば、良い?」


ヴェリタス・マジェントレーが、苦い笑いを浮かべる。


「今のわしに、お主らに敵対する理由は無い。それに、わしはもう8家当主ではなく、魔術庁長官でもない。ただの1人の魔術師だ。そして、ただの魔術師だが、まだ、お主らよりも、はるかに魔術に精通しておる。サピエンツイアに国を造るにあたっては、わしの知恵が大いに役にたつはずだ。わしの今の夢は、その魔術師だけの国を造ることと、魔術の研究。もともと、わしはそれがやりたかった。…魔術師の国を造る、という話がなければ、お主たちの前に2度と現れず、研究三昧の日々を過ごしていたろうよ。一人で、な。」


ハッカレー学院長の厳しい顔が、やわらぐ。

「なるほど。…ヴェリタス、お主らしい。今のお主には、わしらへの敵意は無い。言っていることも矛盾していない。…わしとしては、お主に助けてもらえるなら、非常にありがたい。」


ドメスレー公爵もうなずく。

「ハッカレー公爵に、同意だ。私もヴェリタスと付き合いが長い。今の彼には、王家の転覆など、どうでもいいだろう。魔術師の国さえ、作れるなら。そして、研究三昧できるのなら。もともと、ヴェリタスは根っからの研究者だ。権力の座は向いていなかった。…問題は、プケバロスに戦をそそのかした罪をどうするか、だな。だが、公式には、王家は、ヴェリタス・マジェントレーは死んだ、と認定している。その認定をくつがえすことはありえない。王家が間違うことはあってはならないのだから。」


「スナイドレー公爵。お主は、魔術庁長官だ。ヴェリタスの新しい戸籍を捏造することは、可能だな?」

ハッカレー学院長のことばに、フィロスは苦々し気に吐き捨てる。

「捏造しなくたって、普通に登録情報の修正をすればよい。しかし、本当に奴をこちらに引き込むのか?本当に信用できるのか?奴はソフィアを殺そうとしたんだぞ。」


ハッカレー学院長が答える前に、ヴェリタス・マジェントレーの声が響く。

「信用しろ、とは言わんよ。スナイドレー公爵。だが、今のわしは、ソフィアへの殺意も、憎しみも、もう、ありやせん。…そもそも、この魔術師だけの国を造りたい、と言い出したのは、スナイドレー、お主でなく、ソフィアだろう?…としたら、わしはソフィアに敵対する理由がない。」

「なぜ、ソフィアの案、だと…。」

ヴェリタス・マジェントレーが、からからと、笑う。

「お主が、ソフィア以外の者を気にかけるわけがないからだ。お主は、ソフィアさえいれば、魔術師がいなくなろうが、ランドールが滅びようが、気にしない。違うかね?」

ぐっと、フィロスは詰まる。その通りだ。


「その点、わしは魔術師をみな、愛しておる。魔術師が大事だ。魔術師とともに生きたい。魔術師だけの国を造りたい。お主よりはるかにこの仕事にふさわしいと思うておるが、どうかね?」


ハッカレー学院長が、ヴェリタスを制した。

「フィロスをからかうのは、そこまでにしておけ、ヴェルタス。…・ドメスレー公爵、8家の皆に、魔術師の国を造るのか?造るなら、サピエンツイアで良いのか、?ヴェリタスの申し出を受けるのか?評決を取ってくれ。」


8家会議は、すべての案を賛同した。…満場一致で。


「では、サピエンツイアを魔術師の国に造り替えていく。責任者は、ハッカレー学院長。補佐に、ヴェルタス。」


「王宮で勤めている魔術師達の引退の計画と実行は、ワイアット殿とわしドメスレーがやろう。」


「モントレー公爵とアークレー侯爵は、軍部を頼む。」


「エイズレー女侯爵とドットレー侯爵は、魔術師達の職業の振り分けを頼む。今まで、魔力を持たない者にやらせていた、例えば、農業、畜産業などを、これからどうするか、考えねばなるまい。」


「全体のとりまとめは、スナイドレー公爵。言っとくが、断ることは許さん。魔術庁長官は魔術師全体のとりまとめのトップなのだから。…何より、言い出しっぺだし。」




魔術師達には、密かにこれらの計画が伝えられ、彼らが自分たちの人生を選ぶようにと、通達が行く。

魔力を持たない民と生きていく道か。

それとも、魔力を持つ者だけで生きていく道か。

前者を選べば、ゆっくりと、魔力を持たない者に、同化していく。

後者を選べば、今までに前例のない、魔術師だけの世界に慣れていかなければならない。

ところが、意外と、悩むものは少なかった。

ほとんど大半の者が魔力を持つ者だけで生きていく道を、選択した。

それは、当然の流れだったのかもしれない。

魔術を使える者と使えない者は根柢の常識から違うのだから…。


8家の者にとって想定外だったのは、魔力を持つ者だけで生きていく道を選択した者達が数十年かけて表舞台から消えていくことを拒否したことだった。

すぐに今の仕事をやめ、魔術師だけの町に引っ越したいという希望者が殺到したのだ。

でも、まずはサピエンツイアを整備しなければならない。

それが終わるまでは耐えてくれ、と8家は頭を下げなければならなかった。



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