魔術師との共生
「おかえりなさい、フィロス。」
錬金鍋をかきまぜていた手をとめて、フィロスに駆け寄る。
「ただいま。…何を、調合しているんだ?」
「んっと、火の薬に反応して、光る、魔術具。」
「ほお。作れそうなのか?」
「硝石と硫黄の臭いに反応するようにしているの。たぶん、うまくいくと思うのだけど、まだ、実験段階。」
「そうか。私もしばらく屋敷にいられるから、手伝おう。」
「わあ。うれしい。あ、お疲れでしょう、お茶にしましょうね?」
フィロスから、火の薬についての顛末を聞く。
「…ねえ、フィロス?」
「うん?」
「わたくし、ね。今回、リュシュー先輩の理想…。魔術師の国を作る、というのが、一部だけど、正しい気がしてきたの。」
「…どういうことだ?」
「フィロスは覚えている?新婚旅行で、東方の砂漠の国サハラに行ったでしょう?そこの市場を見ながら歩いていた時、転んだ女の子のこと。膝を派手にすりむいて、わあわあ泣いていたから、が思わず、治癒魔術で治してしまったんだけれど、その子、ぶるぶる震えて逃げて行って、周りの人たちからも恐怖や忌避の目で見られたでしょう?その中には殺気を持ってにじり寄って来る者までいて、あなたに急ぎ、その場から連れ出されたわね?」
フィロスの顔が、しかめられる。
「ああ、そういうことも、あったな。」
「火の薬は魔術師に対抗するために作ったと教皇が言ったのよね?…わたくし、この、火の薬をずっと毎日、研究していて、そのことを思い出したの。この国ランドールは、魔術師と共に生きているから、魔術師を怖れても、忌避はされない。でも、他国は。…魔術師を怖れ、忌避している。…おそらく、どの国も、きっと、魔術師を倒すための研究をしている。…近い将来、火の薬はもちろん魔術に対抗できる兵器が必ず、生み出される。」
「ソフィア?」
「ううん。このランドールでも、これからはそうなっていくのかもしれない。魔術師は便利な存在。それ以上でも、それ以下でも、無い。自分たちの役に立てば、それで、良い。でも、我々とは違うモノ。」
「ソフィア?」
目尻に浮かんだ涙を、ぬぐう。
「フィロス。あなたが魔術庁長官になったので、わたくしも、魔術師達を管理している書類を整理させてもらっているわよね?…それで、気になったことがあって。」
「なんだ?」
「…魔力を持つ子供の数が、どんどん減っていること。しかも、強い魔力を持つ子が減ってきていること。そして、その子供を産む夫婦の年齢が高くなっていること。…わたくしね、気になって、出産年齢と生まれてきた子供の魔力の強さを調べてみたの。」
「…いつの間に。」
「結果は、明らか、だったわ。母親が60歳までに生まれた子供は魔力が強いの。でも、120歳を過ぎてから生まれた子供は魔力が無いの。そして、今は120歳過ぎてから、やっと出産できる母親が増えているの。」
「…。」
「わたくし達、魔術師はこれから、ゆっくりと、絶滅していく運命、のかも、しれない。」
ふいに涙を抑えきれなくなり、両手で顔を覆う。
フィロスが抱きしめてくれるその胸の中で泣き続けた。
ようやく、落ち着いた時、すでに窓の外は真っ暗になっていた。
「フィロス。サピエンツィアは隔絶された町、よね?」
「ああ。」
「ランドールの一部をサピエンツィアの町と同じように隔絶して、そこに魔術師だけが住むことはできないの?」
「ソフィア?なぜ?」
「魔術師はたぶん、これからの、人間の世界には、要らない人種だから。」
「…。」
「でも、わたくしは、それが運命だとしても、認めたくない。…わたくしは、これから、生まれてきてくれるだろう、わたくし達の子供の未来を護りたい。そして、魔術師には居なくなってほしくない。だって、魔術は無限の可能性を持っているんだもの。」
「…ソフィアは、精霊族の伝説を、信じる?」
「精霊族?はるか昔、ドラコ王の時代に、ドラコ王と共に戦った、精霊たちの一族のこと?」
「ああ。…そんな者は、いなかった、というのが、歴史上の通説だ。おとぎ話だ、と。ソフィアは、どう思う?」
「…わたくしは、信じるわ。だって、治癒の効果の高い薬草は、何か、話しかけてくれてているような感じが、時々、するもの。だから、きっと、精霊も、まだ、どこかにいる、と思うわ。」
「私も、精霊は、どこかにいると、思っている。…話をしたことが無かったと思うけれど、5歳の時、一度、領地の山の中で迷子になって、魔獣に襲われて、死にかけたことがある。どうにか、魔獣から逃げられたものの、山の中で行き倒れた。そのまま、死んでいてもおかしくなかったけれど、気付いたら、村の農園の中で倒れていて、村人が、屋敷に、知らせてくれていた。…でもね、その時、私の耳の中には、不思議な声が残っていた。
『かわいそうに、まだこんな小さいのに』『ああ、綺麗な魔力だね、もったいない。』『そうだね、送ってやろう、人里まで』」
「フィロス、それって?」
「ああ、精霊だったのだろう、と思っている。誰が農園まで運んでくれたのか、祖父が調べさせたようだけれど、誰も見なかった、というのだから。」
「それで?フィロス?なぜ、精霊の話を?」
「うん。精霊も、もしかしたら、今の、私達と同じなのかと、思ったんだ。」
「え?」
「ドラコ王が、国々を征服していった日々、きっと、精霊族は、王に味方をしたんだろう。でも、ランドールができたあと、精霊たちは、どうしただろうね?たぶん、魔力を持たない人間に気味悪がられたと、思うんだ。」
「…魔力を持たない民は、精霊を見られない、から?」
「そう。」
「…。」
「たぶんね。だから、彼らはランドールを去った。でも、彼らの国はどこかにきっと、まだ、ある。…我々も、もしかしたら、精霊族と同じなのかもしれない、と、思った。」
「…そうね。」
「ソフィア、君の気持ちは、よくわかった。…私も火の薬を見た以上、君の考えを頭から否定するつもりは無い。…だが、すぐに、魔術師だけの国を作ることができないのは、君も、わかるだろう?」
私は、うなずく。
「魔術庁と、魔術師師団、8家会議に、魔術庁長官として、提案しよう。仮に、魔術師だけが住む国を作るとしても、大規模な魔術が必要で、すぐには作れない。長い時間をかけて作っていくしかない。…でも、もしも作るなら、本当に今かもしれないね。魔術師が絶滅する恐れが本当になってから作ろうとしても間に合わないだろうから。」
*****
首都ランズの、とある屋敷の中。
「魔術師が白く輝く杖を振ると、炎の玉が、天上から悪い国の兵士の上に降り注ぎました。兵士たちは逃げまどいます。でも、逃げられず、悪い国の兵士達は炎に焼かれて、いなくなりました。そして、お姫様の国には平和がおとずれました…とさ。
…ほら、絵本、読み終わったから、寝なさい。」
「ええー、もっと読んでよー。」
「だーめ。もう、ママも眠いんだから。また、明日。」
「つまんなーい。」
もそもそと毛布を肩までかけなおした女の子が、母親に甘えるように、身体を寄せる。
「ねえ、ママ?」
「なーに?」
「魔術師、って、本当に、いたのかなあ?天から炎を降らしたり、あっという間に転移したり。」
「どうかしらねえ?」
「私はいたと思うな!いたら会いたいなあ。そして、私も魔術師にしてもらうの!」
「ふふふ、そうね、寝なさい。明り、消すわよ?」
「はーい。」
明りを消して、我が子の頭に軽くキスをしながら、ふと、母親は考える。
「魔術師、ねえ。おとぎ話の中にしか、いるわけないわ。天からの炎、って、大砲のことじゃないかしらね。」




