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火の薬3

 フォルティスとランドールの国境付近の教会では、大司教が青い顔をして神官と教会兵に指示を出していた。

「爆発事故や、魔術師が来たことは、大神殿には絶対に知られるな!失敗したことがわかったら、我らは皆殺しにされる。」

 大司教に負けず劣らぬ青い顔をした神官や、教会兵たちが、うなずく。

「幸い、大神殿には火の薬を予定通り納められる。こちらが余計なことを話さない限り、知られるはずはない。」


 大司教たちは、クピドゥス・プラエフクトウス教皇を恐れている。

彼を怒らせたら、確実に、殺される。彼は自分の息子とその妻、また、孫も殺している。人間じゃない、あいつは。

冷酷な、怪物だ。


 背後にぞくっと悪寒が走った。

眠れ(レクイエス)

 大司教は崩れ落ちる。意識を手放す直前、自分の周囲の者も皆、崩れ落ちていくのが、見えた。


「全員、眠らせたな?極秘で魔術師団の地下牢に、送れ。」

「はっ。」


 あらかじめ、用意させておいた馬車に全員が放り込まれると、馬車につながれたペガサスが羽を広げ、首都ランズの方角に向けて空へと舞いあがっていく。


「彼らに自白剤を使えば、洗いざらい、吐いてもらえそうだな。…さて、この教会のどこで、火の薬を作っているのか。」


 フィロスは数人の魔術師団騎士を後ろに従え、教会の中の捜索を開始する。


「教会の地下に、秘密部屋か。…臭いが、きついな。」

「作られた火の薬は、全部で100個。すべて、神具を入れるはずの金属製の箱に入れられて持ち出せるようになっていますね。…作っていた職人は全員、始末しました。」

「持ち出す先は大聖堂、か。すべて、偽物と入れ替えて、運び込ませる。…いつ、誰に、どのように渡すことになっていたのか、捕らえた奴らに吐かせてから、動こう。…ウルラ。」

 使い魔のフクロウを腕に止まらせ、依頼を吹き込むと、ランズの方角に向けてフクロウを放つ。


「この教会は焼き払うぞ。魔術の痕跡は残すな。近隣の者には失火と見せかけよ。また、闇の魔術を使え、村人たちが教会が焼けたことを気にしないように。いつ、焼けたかも、気づかないように。」

「承知しました。」




 クピドゥス・プラエフクトウス教皇は、大聖堂の地下の隠し部屋に置かれた10箱の神具を入れる金属製の箱を前に、ニタリと笑う。

10箱、すべて、蓋が開かれて、中身が見えている。

黒い塊。火の薬。1箱に、10個、衝撃を与えないよう、木屑の中に埋まっている。

うむ。100個、確かに揃った。


「投石器もできておるのだな?」

「はい。弓矢よりも、はるか遠方に飛びます。また、小型化したので、持ち運びも容易です。」

「うむ。…では、国王に、火の玉を見せて、ランドールへの侵略を、奏上してみることにしよう。」

「動くでしょうか?」

「動く。国王は、ランドールを欲しがっている。あの国は、大地に魔力が満ちているせいか、豊かな国だからな。」


 まあ、動かなくても、構わん。こちらで、勝手に動くからな。

軍など無くても、魔術師どもをおびき寄せて、火の薬をそこに放りこめばよい。

時間が戦争よりちょっとばかりかかるだけだ。


「!誰だ?」


 クピドゥスは、仕込み杖をとっさに抜き、背後を振り返る。

黒づくめの1人の男性。その後ろに従っているのは。


「ランドール魔術師団の、騎士服?」


 クピドゥスの眉間に、皺が刻み込まれる。


「なぜ、魔術師団の騎士共が、わが大聖堂に、入り込んでおるのだ?」

「おとなしく我らとともに来ていただきましょうか。クピドゥス・プラエフクトウス教皇閣下?」

「わしを知っておるのか。誰だ?」

「フィロス・スナイドレー。ランドールの魔術庁長官だ。」


 はっとしたように、クピドゥスの目が見開かれる。


「ソフィアを、娶った者だな?」


 フィロスが、目を瞬く。

「ソフィアを、なぜ、知っている?」


 それには答えずに、クピドゥスがじっとフィロスを見る。その目には、澱のような、にごった光。


「貴様のせいで、わしは、アクシアスを失った。」

「何?」

「貴様が、リディアナ嬢とさっさと婚約を破棄してアクシアスとの仲を認めておれば、わしは、アクシアスを失うことは、無かった!」

「…。」

「アクシアスはのう、わしの跡を継いで、教皇になるはずだった!この国の、教会の最高の位に!国王と並ぶ、権力者に!戒律を破ることさえなければ、わしは、アクシアスを、追放せずに済んだのだ!その、戒律を破らせたのは、貴様だ!!」

「…追放したのは、貴様だ。そして、戒律を破ったのも、アクシアスの意志。」

「うるさい!うるさい!うるさい!!」


クピドゥスは、がっと、火の薬を1個つかみ、長く伸びた導火線の端を壁の灯火で火をつける。フィロスの立つ扉に投げつけると同時に、扉の反対側、部屋の奥に自分の身体を投げだし、小さく丸くなり、耳をふさぐ。

大爆発がするはず、だった。


 …何の音もしない?


おそるおそる、目をあけて見上げれば、火の薬がそっくり魔術騎士の手にある。導火線の火も消えているようだ。

おかしい。火の薬は初見のはず、だ。わしが何をしたか、わからなかったはず?


「教皇。火の薬が何か、我々はとっくに知っている。無駄だ。おとなしく諦めて、我々とともに来い。」

「知っている?」


 クピドゥスは、つぶやく。はっとしたように、声を荒げる。


「あの教会で、誰かが裏切ったということか!」

「裏切ったわけではない。が、彼らもすでに拘束されている。貴様の計画は実現しない。」


クピドゥスはうめいた。まさか、こんなに早く、ランドールに勘付かれるとは。油断した。


「わしは、行かん。」


クピドゥスは、がっと、手に火傷を負うのも気にせず、壁にかかっている灯火を取り、火の薬が入っている箱に投げつけた。自分も爆発で死ぬだろうが、憎い、フィロス・スナイドレーを道連れにできるなら、構わん。


「何?」


灯火は、火の薬の上で油をこぼし、ただただ、そこで燃えているだけだ。

爆発する兆しすら、無い。


「がっ!」


手刀を当てられ、意識を刈り取られる。


「…連れて行け。この国の者に絶対に気取られるな。私はここを調査し、痕跡を消してから、戻る。」


魔術師騎士がうなずいて、クピドゥス・プラエフクトウス教皇を抱えて、連れ出す。


「さて、火の薬に関するもの、すべての隠滅だな。厄介な仕事を押し付けてくれるものだ。」


 ちらりと黒い塊が入った金属の箱を見る。すべて偽物にすりかえられ、本物はとっくに魔術師師団に送ってある。とはいえ、これが何か怪しまれてはならない。偽物も残すべきではない。


砕けよ(クラッシュ)塵にかえれ(プリウィス)。」


すべての、偽物の火の薬が、さらさらとした砂となり、フィロスの起こした風で、空中に霧散する。

残っているのは、空っぽの金属の箱のみ。


 フィロスは、大聖堂の地下の秘密の施設をすべて見回り、研究内容が記録されたものはは火の薬に限らず、全てを回収し、試作品は何もかも灰燼とする。

多くの神官研究者はすでに捕らえて、魔術師団に送っていたが、最後まで残って抵抗してきた神官研究者は全員、亡きものとし、遺体さえも残さずに大地に還らせる。


「ふん。後は、何も残っていないな?」


何もない、ただの空き部屋が続く、地下空間。

人が居た痕跡も、何かがあった痕跡も、そこには、何も、無い。

それでも、念を入れる。


埋まれ(レプランダム)。」


大聖堂の地下に作られた全ての部屋が天井まで土で埋まっていく。元から、それらの部屋があったことさえ、わからないように。


最後に、大聖堂の地下への入り口の扉を壁に変える。仮に、ここには扉があったはずだ、と壁を破壊しても、地下へ降りる階段や地下の部屋はすべて、土と岩で完全に埋まってしまっている。長い年月かけて掘り返しても、そこには何も残っていない。


教皇の部屋は、とっくに、調査済みだ。

クピドゥス・プラエフクトウスは用心深く、決して、自室に怪しまれるようなものを残していなかった。隠し部屋も無い。

しいて言えば、避難用に隠れる部屋と外への隠し通路はあったが、そこは長年使われていないようで、何も無かった。

魔力感知を使えば、建物の構造など、すぐに調べられる。

魔術封じの札や認識阻害の魔術具を使っていても、フィロスにとっては、丁寧に見ていけば違和感を感じるので見逃すことは無い。


大聖堂と、国境沿いの教会以外には、火の薬については知られていないことは、捕らえた者の口から確認済みだ。

そして、それを知っている者はすべて死んだか、魔術師団の牢に入っている。

念には念を入れて、継続調査をさせるが、とりあえず、火の薬を使う計画は頓挫させた、と考えて良さそうだ。


「後を、頼む。」


黙ってうなずく男性は、クピドゥス・プラエフクトウスと、瓜二つ。

今日から変身魔術を使ってクピドゥス・プラエフクトウスそっくりに化けた魔術師が、クピドゥス・プラエフクトウス教皇として、生活する。

ただし、1か月後に、彼は病気で死ぬだろう。そのように擬態することになっている。

1か月様子を見るのは、念には念を入れての、情報収集。

クピドゥス・プラエフクトウスの世話をしている従僕たちは数人を残して、すべて、すり替わっている。残された数人は、闇の魔術で操っている。

…現時点、魔術師に対抗できる人間は、いない。…そう、今は。



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