火の薬2
「フィロスっ!?」
私は悲鳴をあげた。
魔術による攻撃はすべて相手に返す魔術具をつけている彼に、魔術師からの攻撃は効かない。そして、魔力を持たない人間が相手なら、フィロスは何百人居ようと叩き潰せる力を持っている。
だから、フォルティス国が何かおかしいと国境付近を調査に行った彼をあまり心配していなかった。
魔力を持たない相手だから、と安心していたのに、今、目の前で、王国騎士団の騎士に担ぎ込まれた彼は、洋服がボロボロに裂け、全身、血まみれで、瀕死の重傷だ。意識も無い。
「彼を、こちらへ!」
玄関ホールから最も近い客室のベッドへ、彼を寝かせてもらう。
「最高の完全なる癒しを!!」
真っ白な光が、フィロスの全身を包む。
傷がふさがれば、注ぐ魔力が押し返される。それがなかなか来なくて、泣きそうだ。
魔力がもう少しで尽きそうというところで、押し返される感触。
ほっとして、注いでいた魔力を少しずつ収めていけば、光もやわらぎ、フィロスの全身が見えるようになる。
「うっ…。」
フィロスの口元が、動く。
「フィロス!」
そばにいたグレイスに調薬室の棚から救急用の箱を持ってくるように命じる。
何があってもすぐ対応できるよう、救急用の薬を一式収めた箱が、我が家には常備されている。
グレイスからその箱を受け取り、フィロスに口移しで治癒用のポーション、造血剤、などを、飲ませていく。
「…ソフィア。」
「フィロス!ああ、意識が戻った!良かった。…どこか、痛いところはない?」
フィロスが起き上がろうとする。背中を支えた。
「…大丈夫そうだ。また、助けてくれたのだな?ありがとう。」
「そんなことより、いったいなぜこんな怪我を!守りの魔術具が発動しなかったの?」
「相手は、魔術師ではない。」
「は?」
「フォルティス人だ。」
「はああ?」
混乱する。
魔術師が相手ではないのなら、あの怪我は?
どう考えても、、インフェルノか、エールプティスといった、爆発系の火属性の魔術攻撃を受けた、傷だ。
魔力を持たない兵士からの傷なら、剣や槍、弓などの傷で、火属性の魔術攻撃と同様の怪我をするとは考えにくい。
「フォルティスの、新しい、兵器だ。」
「新しい、兵器?」
「黒い塊…。両方の手のひらにのるくらいか?それに火がついた、と思ったら、爆発した。…それを、食らった。威力は、マジェントレーが最後に使った、|フレイム・フランギトゥル《爆散》に、近い。」
真っ青になった。
「そんな威力の攻撃を受けて、よく、ご無事で…。」
「運が良かった。嫌な予感がして、とっさに、転移しようとして、その転移の途中だったから。直撃は免れた、というところか。」
その時、あわただしく、アークレー王国騎士団長が入ってくる。
「断りもなく入ってきて、すまない。ああ。スナイドレー、無事か。」
「アークレー。なんとか。妻が助けてくれた。」
「それは、良かった。…まだ、本調子ではないと思うが、頼みがある。あの現場から、フォルティスの教会兵が持っていた、黒い塊を1個、押収した。調査を頼めるか?」
「手に入ったのか!?」
「ああ。こっそり逃げていく集団を捕まえたら持っていた。奴らは、火の薬、と言っていた。」
「それは、助かる。すぐに、分析しよう。」
「よくわからんが、火には、気をつけろ。こいつが爆発するとき、必ず、火を使っていた。」
「確かに、そうだな。…ハッカレー学院長に連絡して、学院の研究室を使わせてもらう。あそこなら、爆発しても、安心だからな。」
「頼む。フォルティスがこいつを使って我が国に攻め込んできたら、我が国の兵士達は為すすべもない。魔術師師団とて、厳しいだろう。」
「わかっている。急ぎ、分析する。…ソフィア、悪いが、手伝ってくれるか?」
「硝石が75パーセント、硫黄が10パーセント、木炭が15パーセント、といったところか?」
「うむ。間違いない。」
「ソフィア、どうだ?」
「うん。たぶん、再現できたわ。」
火の薬の分析結果をもとに、錬金鍋で同じものを作り上げた。
「よし。実験してみよう。同じものができたか、どうか。」
フィロスとハッカレー学院長、私は国立魔術学院の裏手の、ハッカレー学院長が作った結界の中に移動する。
広い空き地の真ん中に1メートル四方の石が置いてある。通常の魔術攻撃ではなかなか壊れない、錬金鍋で作り上げられるオリハルコンだ。この世界でもっとも硬いとされている。その石の上に、私の作った火の薬が置かれる。
オリハルコンが手のひらに乗るくらい小さく見える位置まで、私達は下がる。
ハッカレー学院長が、軽く、火の薬に向けて火を放つ。
「イグニス。」
学院長の手から、放たれた火が火の薬に着火すると同時に、大音響を上げてオリハルコンが爆散した。
「すごいのお…。」
真っ青だ。
こんな威力のある武器を使われたのに、フィロスが生きて帰ってきてくれたことに安堵しつつも、へなへなと崩れ落ちる。
だけれど、ハッカレー学院長とフィロスは冷静だ。
「なるほど。確かに、すごい威力だ。これを戦で使うようになったら、戦い方が変わるだろう。」
「そうじゃな。魔術師がいない国なら、これを持たない国は、あっという間に征服されるじゃろう。」
「ま、魔術師相手だって、魔術師の数が少ないもの!勝てるわけないんじゃないの!?」 私は、少々、パニックだ。
「落ち着け、ソフィア。」
「そうそう、我が国はこれの正体がわかった以上、負けはせんよ。魔術師の騎士がそうさな、10名もいれば、問題なかろうて。」
「その通りだ。ソフィア。」
私は、その自信がどこから来るかわからない。
泣きそうになっている私に、フィロスが丁寧に説明してくれる。
「この火の薬は点火することで爆発する。であれば、火の薬が、わが軍に届かない距離から、火の薬のあるところめがけて、火の魔術を放てば、火の薬は敵軍の中で爆発する。それか、飛んできたときに、風の魔術で押し返し、敵陣で爆発させる。あるいは、水の魔術で火の薬を濡らしてしまえば、爆発しない。だから、魔術師相手に、敵軍がこれを使おうと思ったら、投てきが難しいから、あらかじめ、地面に埋めておくとか、進軍する途中の建物にあらかじめ仕掛けて置く、といった使い方しか、できないだろう。」
ようやく、落ち着いて、自分でも考えることができるようになった。
「でも、それは、魔術師がいる我が国だから、で、他の国は?」
「難しいだろうな。」
ハッカレー学院長が険しい顔をして、考え込んでいる。
「フィロス。これが見つかったのは、フォルティスの国境沿いの教会だと言ったな?」
「ああ、もともと、国境沿いを警備していた王国騎士団が、小さな爆発音を聞いた。魔術師はいないはずなのでおかしい、と魔術師団に連絡があったんだ。それで、私が調査に赴いた。そうしたら、教会の一部が、地下から明らかに爆発で崩れていた。どう考えても、爆発系の火属性の攻撃を受けたように見えたから、魔術師がフォルティスで何かをしていたのかと思った。」
「なるほどな。その調査に行って、火の薬を見つけたわけか。」
「そうだ。我々、魔術師を見て、教会兵がパニックになって、そのうちの一人が投げつけてきた。足元に転がってきたとき、嫌な予感がしたので、とっさに、転移をかけたのが、良かった。」
「そうか。…しかし、フォルティスの王宮に潜り込んでいるスパイからは、火の薬のような新兵器についての情報が、一切、上がってきていない。」
「調査に行った時、村人を口止めしろ、と騒いでいる声は聞こえた。」
「…もしかしたら、教会が独自に動いているのかもしれぬな?」
「その可能性は、ある。」
「よし、教皇の周りに何人か潜り込ませよう。…フィロス、悪いが、お主も動いてくれ。この兵器はまだ、この世界にあってはならない兵器だと、思う。徹底的に破壊し、作り方も、作った者も、これに関わった者すべてを抹消せよ。」
「了解。」
「ソフィア。」
「はい。なんでしょう、学院長?」
「取り急ぎ、火の薬を30個くらい作ってほしいが、頼めるか?」
「30個…。そうですね。2日あれば作れますが、どうされるのですか?」
「王国騎士団の上層部と、魔術師団の全員に見せる。彼らには、どう使うと効果的なのか、また使われた場合の対応を考えてもらわねばならぬのでな。爆発を見せるのは、数個あれば、足りるじゃろう。残りは、万一、フォルティスがこれを使って攻めてきたとき、こちらにもあるぞ、という威嚇に使う。」
「わかりました。では、明日の夕方には納品できるようにします。」
「頼む。あと、30個作り終えたあとは、この武器を安全に運ぶ方法と仕掛けられたことがわかる魔術具と、無効化する魔術具の研究にとりかかってくれるか?」
「そうですね。確かに。仕掛けられたことがわかる魔術具が一番、優先度が高いでしょう。こちらから、取り掛かります。」
「頼む。」




