ユニコーン騒動2
カイザーと別れてフィロスの元に戻り、カイザーから聞いた話をそのまま伝えれば、フィロスも頭を抱えてしまった。
「もっと増える?増えすぎて、困る。だと?そうなる前に、狩れと?」
「…ユニコーンの角の値段が確実に暴落するわよね?」
「フォルティス国が財政難で倒れそうだ。…まいったな、いきなり、国家がらみの大問題に発展するとは。…宰相のオークレー公爵に話しをしてくる。一緒に来るか?」
「リズに会えるかしら。行きたいわ。」
*****
「ソフィ!」
「リズ!久しぶり!変わりなくて?」
「もちろんよ。首都ランズになかなか出てこないのだもの。会えなくて、寂しかったわ。」
宰相夫人となったエリザベスも多忙だから、なかなか時間が合わないけれど、久しぶりに、首都ランズに出てきた私は運良く、リズと会うことができた。
ちなみに、エリザベスのところにもまだ、子供がいない。
「ジェニとは最近、会った?」
「ええ、ソフィ。ジェニはランズにいるから、時々、会えているわ。でも、今は子育てで手いっぱいで、なかなか、ゆっくりとは話ができないわね。」
「わあ、ジェニのお嬢さん。今、何歳だっけ?」
「2歳よ。自分で動けるようになっているから目が離せなくて、大変みたい。」
「いいなあ。わたくしも子供、はやく欲しいのに。」
「ほんとうね、わたくしもよ。」
エリザベスと私は顔を見合わせてため息をつく。
「そういえば、リチャード・モントレーは、まだ結婚しないのだけれど、ソフィ、何か聞いてまして?」
「さあ?聞いたこと、ないけれど。」
「相変わらず、リチャードとは親交があるのでしょう?」
「ええ。魔術師団の副団長になってから、厄介な魔獣を専門に討伐しているでしょう?怪我すると、スナイドレー公爵領に必ず、帰り、寄り道して治癒魔術をかけろ!と言ってくるわ。」
「あら、まあ。学生時代、たかが2年間、戦闘魔術の練習につきあってもらっただけで、10年も?もうそろそろ、約束は時効ではありません?」
「うふふ。そうね。フィロスと同じこと言ってる。…リチャードと話をするのが楽しいから、いいのよ。…でも、女性の話は一度も聞いたことがないわ。」
お茶を飲み、軽く一息つく。
エリザベスが、急に真剣な顔になった。宰相夫人の顔だ。
「それにしても、ユニコーンが我が国で繁殖しだすなんて。フォルティス国が何と言ってくることか。絶対に、フォルティス国から密輸して繁殖させた、と難癖をつけてきますわ。」
「ええ、そうでしょうね。…ところで、ユニコーンの王の話は公開するの?」
「いいえ。いたしません。8家と一部の魔術師には情報を提供しますが、それ以外には、ユニコーンの王がこのランドールに居ることを伏せることになっています。」
「やっぱり、そうなりますよね…。」
「そういえば、ユニコーンの王の一族の群れを別の場所に移す話ですけれど、サピエンツィアが候補になっているようですわ。学院の森が第一候補。」
「サピエンツィアだったら、魔術師しか入れないから、良いのかもしれないわね?でも、学院の森って、狭くないのかしら?」
「ハッカレー学院長が、ユニコーン用に森を広げるそうよ。学院の敷地って、学院長の望むままに広がるんですって。不思議ですわよね。」
「そういえば、学院は本当に不思議だったわね。塔の寮室なんて、外から見た塔の大きさからして、絶対にありえない広さだったし。」
「本当ですわね。学院自体が大きな魔術具らしいのだけれど、想像もつきませんわ。」
*****
オークレー宰相は目の前で真っ赤な顔をしてどなるフォルティス国の大使の言葉に辛抱強く、耳を傾けていた。
隣には、目をぎゅっとつぶってイライラを耐えているスナイドレー公爵がいる。
スナイドレー公爵と野生のユニコーンについて相談していたら、噂をすればなんとやら、フォルティス国の大使が至急の面会を要求してきた。
おそらく、ユニコーンに関することだろうと予想をして、嫌がるスナイドレー公爵を引きずるようにして面会してみれば、案の定だった。
「我がフォルティス国の国獣たるユニコーンは、フォルティス国以外での繁殖を認めてはおらん!当然、国外に持ち出すことも禁止しているっ!それなのに、なぜ貴国に、ユニコーンが現れたのだ!?魔術師が、魔術でユニコーンを隠し密輸したのだろう!?我がフォルティス国は、その魔術師を厳罰に処すことを要求するっ!ついでに、密輸で増えたユニコーンは全て捕らえ、我がフォルティス国に送還することも、要求するっ!!!」
怒鳴り疲れて、テーブルに置かれたお茶を一気にぐびぐび飲み、お替りを要求しているフォルティス国の大使を無視して、フィロスはオークレー宰相にだけ聞こえる声でつぶやく。
「この愚か者を、消してもよいか?」
オークレー宰相は苦笑いして、黙って首を横に振る。
自分でもそうしたいのはやまやまだが、さすがに、大国フォルティスの大使に何かあっては戦争だ。
「ああ、大使殿。言いたいことはよくわかりました。ですが、密輸をしたという証拠はどこにあるのですかな?こちらとしては、フォルティス国の野生のユニコーンが我が領土に勝手に入り込んだ、という認識なのですがね?」
「ふ、ふ、ふざけるな!野生のユニコーンが勝手に入り込んだ証拠こそ、あるのか?」
「ありますよ。」
平然として、オークレー宰相は言う。
「ねえ、大使。あなたもご存じのように、我がランドールはいろいろな魔道具があります。そのうちの一つに、映像を記録する魔道具がありましてね。密輸業者をとりしまるため、国境沿いに極秘で設置されています。その中のひとつにね、森の中を移動する、ユニコーンが映っている記録があるのですよ。…今回の騒動で調べさせたら、発覚したのですけれどね?」
「ば、馬鹿な、そんなことが、あるはずが、ないっ!そんな映像があるなら、見せてみろ!」
「よろしいですよ。…ああ、君。例の映像が入った魔道具を保管庫からもらってきてくれ。」
そして、フォルティス国大使は壁に映し出された映像を見て愕然とする。
深夜なのだろう、暗いが、月と星の光で、森の中を何頭かの群れがフォルティスからランドールに歩いていくのがしっかりと映し出されている。馬などではない証拠に、頭から角が生えているのが、シルエットからもよくわかる。
さらに、人間らしい姿はどこにも見えない。
それに、左右を自ら警戒しながら、ユニコーンの群れは移動していた。
人間がいてユニコーンを先導しているのなら、左右を警戒することは絶対にない。ユニコーンの習性では。
「そ、そんな、馬鹿な?」
「ねえ、大使。残念ながら、ユニコーンが映った映像はそれだけです。今、見つかっているのはね?でも、国境沿いの森林は広大だ。同じところを他のユニコーンが通るとは限らない。違いますか?理由はわからないけれど、ユニコーンは、フォルティス国を出て我がランドールに集まってきている。そう、見えませんか?」
フィロスはオークレー宰相とフォルティス国大使を冷たい目で見ている。
オークレーは明らかに闇の魔術を使っている。精神操作だ。
…ふん。狸め。
「た、確かに…。」
がっくりと、フォルティス国大使がうなだれる。
「帰国して、国王陛下に報告しなければ…。」
来た時の勢いはどこへやら、フォルティス国大使は肩を落としてよろよろと退出していった。
*****
「それにしても、ユニコーンの王族の移動中の映像が残っているとはな。」
「ええ、私も、10年前に移動してきたと聞いたとき、まあ、残っていないだろうなとは思ったのですけれどね。あまり期待しないで探させたので、見つけたと報告されたときは、びっくりしましたよ。残っていて幸いでした。」
「フォルティスではすでにユニコーンが子供を産まなくなって、10年経つそうだな。」
「そうみたいですね。あの国は今、相当、焦っていますよ。まあ、映像が残っているし、動物には生存本能がありますからね。フォルティスに居たら繁殖できないと危機感を持って、他国に逃げ出しているのでは?と、押し通しますよ。」
「あとはどうやって、ユニコーンを間引くかと、角の代金の暴落をどうするか。」
「全く。それにしても、ユニコーンを狩り尽くしても、また生まれるとか?信じられない話ですね。」
「ああ。私もカイザー達と会っていなければ、信じられなかっただろうが…。」
「ユニコーンは素早いから罠でないと捕らえられないのでしたっけ?罠を使うのだったら、一般人の猟師に報奨金を払うことにすれば、なんとかなりそうですね。」
「そうだな。角の代金の暴落は、どうする?」
「とりあえず、角はすべて国家が管理して計画的に市場に出すようにしますよ。毎年、少しずつ値段を下げるしかないでしょう。いきなり下げたら、混乱が大きすぎる。」
「了解した。…あとは任せた。ソフィアを連れて、領地に戻る。」
くすっと、オークレー公爵が笑う。
「相変わらずの、愛妻家、ですね。…たまには、夫人を一人でランズに出してあげる気持ちはないのですか?エリザベスが、彼女にたまには会いたいとこぼすのですけれど?」
「ない。彼女がランズに来るときは、私が一緒の時だけだ。エリザベス夫人がソフィアに会いたいなら、スナイドレー公爵領に来い、と伝えろ。」
「宰相夫人が首都から離れられるわけないでしょうに…。」
「私の知ったことではない。では、失礼する。」
オークレー公爵は苦笑いする。
本当に、スナイドレー公爵は。
何年経っても、夫人への執着を隠そうとしない。




