ユニコーン騒動1
フィロスと結婚して早くも10年が経ち、私は28歳になった。
それでも、容姿は18歳の頃とほとんど変わらない。
それなのに親しくしている領民たちは子供が大人に。大人は老人になっていって、私だけ置いて行かれたような寂しい気持ちも初めて味わった。
魔術師と魔力を持たない民の寿命は違う。
わかっていても、実際に経験すると辛いものだ。
執事のフィデリウスも昨年、現役を引退し、代わりに魔術師が後釜に入った。
魔術庁長官であるフィロスは非常に多忙で、執事も魔術師でなければ対応できないことが増えたためだ。
新しく来た魔術師はウンブラといい、魔術庁の秘書室にいたそうだ。魔力がそれほど高くないかわり事務仕事が優秀だったので、フィロスが引き抜いたらしい。
フィロスの屋敷に初めて来た時から、私をかいがいしく世話してくれたマーシアは先日、永遠の眠りについた。
買い物に出かけて雨に降られ熱を出したと思ったら、肺炎になってあっさりと逝ってしまった。
私とフィロスの子供を抱くまでこのお屋敷を辞めません、と言っていたのに、その約束を守らずに。
私の侍女はグレイスが勤めてくれているので不自由はなかったし、あまりにも悲しかったので、マーシアの後釜は今、雇い入れていない。
…とはいえ、公爵夫人として外出するときに付き添う侍女がいないのも問題がある。
今は、フィロスが私の気持ちを尊重して、新しい侍女を探さないでいてくれるけれど、いずれは、新しい侍女を選ばなければならないだろう。その時が来たら、私より若い魔術師に来てもらおう、と思っている。
魔力を持たない人だったら、また置いていかれて、悲しい思いをするから。
「ソフィア、今、良いか?」
「フィロス、ええ、何か?」
「ユニコーンの目撃がランドールのあちこちで、相次いでいる。カイザー達から何か聞いていないか?」
「いいえ、何も。カイザー達がこちらに来てから、やっと10年よね?フォルティス国にもまだユニコーンが残っているはずだけれど、ランドールにそんなに増えたの?予想より早いわ。カイザーに何か知らないか聞いてきましょうか?」
「頼んでもいいだろうか?一緒に行きたいが、書類の山をどうにかしないと、もう限界でな…。」
「…ここずっと、あまりお休みになれていませんし。人を増やせないのですか?」
「考えよう。誰か優秀な奴を魔術庁によこせ、とドメスレー公爵か、オークレー公爵に頼んでみよう。でなければ、君との時間が減る一方だ。耐えられない。」
相変わらず、フィロスは私を溺愛している。なんでも、私基準だ。
転移陣を通って、ユニコーンの王族が住まう草原に転移する。
10年の間に、カイザーの一族はかなりの数を増やし、こちらに来た時、9頭だったユニコーンが100頭近くに増えている。おかげで、草原も3年くらい前に拡張してあげなければならなかった。
これ以上増えて、さらに草原を広げるとなると、他人に隠し通すことが難しくなる。
だから、何年かあと狭くなってきたら、別の領地にユニコーンの群れを分けることを検討しなければ、とカイザー達とも話し合ったばかり。
『ソフィア、来たのか。』
カイザーが金色の角を日の光にきらめかせて、走ってくる。
「こんにちは、カイザー。みんな、変わりは無くて?」
『もちろん。今年、生まれた仔たちも皆、元気だ。会うか?』
「ふふ。あとで、その子たちが遊んでいるところを見させてもらうわ。ところで、カイザー。あなたに聞きたいことがあって。」
『なんだ?』
「このランドールに、野生のユニコーンがあちこちに増えているようなの。目撃証言が多いので、相当、多いと思う。これについて何かご存じなら、教えて?わたくしはフォルティス国のユニコーンが絶滅したら、こちらに生まれるのかと思っていたので、予想より早い気がするのだけれど。」
『何も不思議なことは無い。…野生のユニコーンは、我らの力が強ければ強いほど、多く繁殖する。我らの持つ精気が大地に染み込んで生まれるのが野生のユニコーンだから。我らはランドールで最も魔力が満ちている大地に暮らしている。我らは今まで感じたことが無いほどの精気をこの身に宿しているのだ。これから、もっとユニコーンは増えるだろう。増えすぎて、困るほどに。』
頭を抱えてしまった。
「増えすぎて、困るほどに?」
『ああ。増えすぎる前に、どんどん狩ることを勧める。仮に狩り尽くしても、我々がこの地にある限り、無限に生まれてくるのだから。』
「高価なユニコーンの角が大暴落するわ…。いえ、良いことなのかしら?薬効が高い薬の値段が下げられるから?」
こめかみを、こぶしでぐりぐり押しなでながら、つぶやく。
『おお、角か。また、持っていくか?』
慌てて、ぶんぶんと、首を振る。
「お気遣いありがとう。でも、まだあるので、しばらくは大丈夫。」
そう、ユニコーンの数が増え、ここ10年、毎年、何十本もの角を持って行けと押しつけられており、私が一生かかっても使いきれないだろう量が貯まっているのだ。しかも、金色の角だから、他の人に譲ることもできなくて!
というより、年々、薬効が上がっていって、とんでもない効能をもっているらしく、うかつに使うことさえできなくなっている!
いつもと変わらないごく普通のポーションを作ったのに、それを大怪我したフィロスの部下に与えたところ、効能が高すぎて、傷を治しただけでなく長年苦しんでいた持病まで治ってしまって、さらに数日の間、ハイテンションでじっとしていられず睡眠もとらずに街中を全力で走り回るという副作用を起こした魔術師だっていたのだ。
おかげで、金の角を使った薬は当分、使う相手を魔術庁で指定する、と厳しく言いつけられている。
まあ、ずっと作りたいと思っていた万能薬にぐっと近づいてきているから、研究のし甲斐はあるのだけれど。




