サハラ入国
「熱い…。」
「大丈夫か、ソフィア。熱中症になる前に、涼しいところで休もう?」
「まだ、大丈夫、フィロス。この市場、もう少し見ていきたいわ。我が国には無い薬草や食べ物などがありそうなのだもの。」
私ソフィアは今、砂漠の国サハラに来ている。
新婚旅行で、サハラ、フォルティスの2国を回ることにしていて、サハラは最初の旅行先。
この国の首都トルクの市場はとても大きく、賑やかで、品ぞろえも多い。見たことが無いものばかりで、私の興味が尽きない。
原色の花や食品が多いので、色彩の洪水で目がチカチカしているけれど。
それにしても、熱い。
この国の女性が頭から足先まですっぽりベールで覆っている、その理由がわかる。
私も入国すると同時に、ベールを買って頭からかぶっているから、日差しからだいぶ守られているけど、それが無かったらとっくに熱中症で倒れていそうだ。
フィロスは私と違って、ほとんど、汗もかいていない。あちこち、若いころから諜報活動で出歩いていたためか、暑さにも寒さにも強いと言っていた。
この国の人は、肌の色が褐色で、目の色が茶色、黒髪。
私達は肌の色が白い。だから、市場を歩いていると、外国人だと、すぐわかってしまい、観光客相手のぼったくり値段をふっかけられたりする。フィロスが慣れていて、ぼったくられないように、むしろ、値切ってくれている。
ただし、肌の色が白いのは、我がランドールだけでなく、フォルティス国やプケバロス国もなので、髪の色や、瞳の色を見なければ、どの国かわからない。
だから、私は、藍色の髪と金色の目なのでフォルティス人と思われて、フォルティス国の言葉で呼びかけられるし、フィロスは黒髪黒目なので、ランドール人と思われてランドール語で、客引きされている。
サハラは観光に力を入れているとはいえ、市場の売り子たちが各国の言葉で、たどたどしいながらも呼びかけてくるのは、凄いとしか言いようがない。
ちなみに、プケバロスの人は、赤い髪、黒い瞳をしているので、さすがに間違われない。
「ねえ。フィロス、やっぱりいったん、ホテルに戻ってもいいかしら?暑さに慣れそうにないから、このベールに、氷の魔術陣を書きたいのだけれど?」
「そうしてくれると、私は安心だな。」
フィロスに連れられて歩いて、ホテルに戻る。市場は人が多すぎて馬車が入れないのだ。
ホテルに入れば、建物の風通しが良く、外よりは、だいぶ、涼しい。
部屋に戻り、シャワーを浴びてから、私はベールに氷の魔術陣を書き始めた。
「よく、覚えているな。普通は、魔術陣の本を手本として横に置いて、写すのに。」
フィロスが感心したように、唸る。
実をいえば、私はランドール国立魔術学院に入学したときから、ずっと、授業で学んだことは、その場で、そっくり頭に入っていた。本も何度か読めば、覚えてしまう。だから、魔術陣も数回書けば、覚えられたのだ。
それを、親友のエリザベスとジェニファーに話したら、信じられない物を見る目で見られ、「規格外」「人間じゃない」とレッテルを張られたので、それから、そのことを誰にも話さないようになった。
とにかく、人より優れた記憶力をもっているらしい私は、シンプルな魔術陣、今回のように、氷属性を布にまとわせるみたいなものは、全部、頭の中に入っている。
「こんなもの、かしら?」
ベールの裏地に、氷の魔術陣を書きあげ、ふわっと頭からかぶってみれば、ひんやりと、気持ちが良い。
「フィロス?あなたの頭布とマントもちょうだい?」
フィロスの頭布とマントの裏地にも、同じように、氷の魔術陣を書きあげる。
「どう?」
「ああ、涼しいな。…ずっと着ていたら、寒くなりそうなくらい、効果が高い。魔力を籠めすぎじゃないか?」
「やりすぎたかしら?」
「問題ない。寒くなったら、君にあたためてもらう。」
フィロスが、私を背中から抱きしめる。
「もう…。」
「今日は、疲れただろう?少し、顔色が悪い。今日はもうのんびりして、市場は明日にしないか?」
確かにその通りだ。外は暑いを通り越して、熱かった。気付かなかったけれど、思ったよりも、疲れていたようだ。
「そうね。」
フィロスの肩に頭を預けて、目をつぶる。