領地の館
「おかえりなさいませ。公爵。そして、奥方様!」
領地の館に到着すれば、執事のフィデリウスとメイド長のマーシアを先頭にずらりと使用人が並んで、私達を出迎えてくれる。
「頼んでおいたものはすべて、終わっているか?」
「もちろんでございます。主寝室の改装も、家具の入れ替えも、すべて終わっております。」
屋敷に足を踏み入れれば、カーペットも新しいものに変えられ、いたるところに今までは無かった花が生けられた花瓶や観葉植物の鉢が増えていて、パッと明るく、華やいだ雰囲気に変わっている。
私が花を大好きだと知っているフィロスが、私のために、屋敷内を大きく変えてくれたようだ。
学生時代に使っていた元、私の母リディアナの部屋は、すっかり私のためにまた模様替えされ、この部屋にも花があちこちに飾られて、明るい部屋になっている。
そして、全ての家具に、公爵家の家紋が彫り込まれ、公爵夫人の部屋だと一目でわかる。
寝室には、今までは無かった扉ができていた。
主寝室へつながる扉。
塗りつぶされ、存在を忘れられていた扉。
グレイスに聞いた通り、寝室の壁紙をはがし下地を取れば、べっとりと扉の周りが、セメントで塗り固められていた。
そのセメントをていねいにはがし、壁と扉を修復してくれたのだ。
新しい扉を開けると、フィロスの寝室。
ベッドも、ベッドの横のタペストリーも新しくなっている。
タペストリーをめくれば、隠し扉。
魔力を流して扉を開け、グレイスとも再会する。
グレイスにもたくさんのお土産を渡して、今日からこの屋敷で過ごすので毎日会えると伝えれば、グレイスがうれしそうにする。
グレイスはこの隠された夫人部屋から屋敷の中に出られるようになった。
だからこれからは、マーシアと一緒に私の侍女として、日常、世話をしてくれる。
魔術学院6年生の1年間、私はグレイスの身体に刻まれた魔術陣の中から、部屋に彼女を縛り付ける部分を探し出し、その魔術陣を、魔術陣の講師だったオバレー副学院長と一緒に屋敷内に行動範囲を広げるよう、改良した。
魔術具や魔道具の動ける範囲を指定する魔術陣はもともと昔から存在していたため、屋敷内にその範囲を広げるのは、オバレー副学院長の指導を受ければ、それほど難しくはなかった。
でも、残念ながら、屋敷の外にまで行動範囲を広げることは、できなかった。
グレイスは屋敷の防衛機能のひとつなので、他にも複雑な魔術陣がたくさん刻まれている。これらは古代の高度な魔術陣なので、門外不出、オバレー副学院長に知らせることもできない部分で、フィロスからそれらの魔術陣に影響が出るので、今は無理だ、と言われたのだ。
いずれは、せめて、庭くらいは歩けるようにしてあげたいけれど、グレイスは屋敷内を歩けるだけでも世界が広がってうれしい、と喜んでいた。
とはいえ、まだまだ改善しなければならないこともあって、例えば、グレイスが動くための魔力は隠された夫人部屋にいれば自然と供給されていたけれど、屋敷内だと供給されず、私が直接、魔力を注ぐか、あるいは隠された部屋で休むかする必要がある。
当然、私達が屋敷にいなければ動作を停止し、眠りにつくところも変わっていない。
「ソフィア?」
フィロスの呼ぶ声に、隠し扉から主寝室に急ぎ、出ていく。
「そこにいたのか。」
「グレイスに帰宅の挨拶をしてました。あと、お土産も渡して。」
「そうか。自室はどうだ?気に入らないところがあったら言いなさい。変えさせるから。」
「全部気に入ったから、大丈夫!ありがとう、フィロス。この屋敷がもっと好きになるわ?」
フィロスが、うれしそうに微笑む。
「ねえ、フィロス。カイザーたちはどこに住むの?」
「明日、結界を張りに行く予定だから、君も連れて行こう。」




