ユニコーン3
私はフィロスに連れられて、夜中にまた動物園にやってきた。
動物園に行く前に、ユニコーンのお店で夕方、フィロスが買ったユニコーンを1頭、連れ出して。
変身魔術をかけているフィロス同様、私も変身魔術で金髪碧眼の女性に化けている。でも、顔をあまり見せるなと言われているので、顔をかくすベールがついた、小さな帽子をかぶって、顔が見えないようにした。
動物園の入り口に来れば、門が小さく開けてあって、そこに園長がにこにこ笑いながら、立っている。
「おお、侯爵、お待ちしておりました!」
「すまないね。夜中に。」
フィロスはユニコーンの檻の前に来ると、1万フォルの札束が100枚帯で留められているのを園長に渡す。
園長がひゅっと喉を鳴らして、そして、ちらりとユニコーンも見て満面の笑顔だ。
「いえいえ、とんでもございません!そちらが、奥方様ですな?どうぞどうぞ、好きなユニコーンを旦那様に教えて差し上げてくださいませ!ユニコーンどもは寝ていますし、人に危害を加えません。どうぞ、檻の中にお入りになって!」
フィロスと私は、園長が開けてくれたユニコーンの檻の中に入る。
園長はその間に、確かに100枚お札があるか数えることにしたようだ。地べたに座り込んで数え始めている。
聞き取れるか聞き取れないくらいの小さい声で、呼びかけてみる。
「カイザーさん?」
と、すぐにむくりと1頭のユニコーンが起き上がって、静かに歩いてきた。
『なぜ、檻の中に入っている?』
「連れ出す許可をもらったの。動物園から離れるまで、しゃべらないで、おとなしくしてくれる?」
カイザーが、驚いたような目をし、そして、うなずいた。
フィロスが連れてきたユニコーンの手綱をほどき、カイザーの首に付け直す。
「園長。妻がユニコーンを選んだようだ。連れ出して構わないかな?」
札束を数えていた園長が、びくっと飛び上がって、札束を取り落とし、あわてて拾い集め、おたおたと立ち上がる。
「もちろんですとも!おお、もう、手綱を付けられたのですね、良かったです。おとなしいユニコーンだったのですなあ。」
「園長のおかげで、妻が喜んでいます。ありがとう。このことは、くれぐれも内密にお願いしますよ?」
「もちろんですとも!ささ、誰かに見られないとも限らない。早く、ここから去られるが良いでしょう!」
「ありがとう、園長。」
私達がカイザーを連れて、動物園の入り口の門を出るが早いか、園長は入り口の門に鍵をかけ、私達を見送ろうともしないで、まっしぐらに走っていった。園長室かどこかで、お金を数え直すのだろう。
動物園が見えないところ、街のはずれまで黙って私達はユニコーンの手綱を持ったまま、静かに歩いていく。
街はずれまでくると、フィロスがユニコーンの手綱をほどいてくれた。
「カイザーさん、これで自由だと思います。ここから、1人で、帰れますか?」
『帰れる。ここから私が走れば、数時間で、私の家に帰れる。』
「良かった。カイザーさん。お父様のお友達を助けることができて、良かったです。どうか、お元気で。そして、2度と魔術師に捕まらないようにしてくださいね?」
『ソフィア・スナイドレー。お主には感謝しよう。そして、また会おう!』
カイザーが私からゆっくり離れ、私達に背を向ける。
そして、前脚を高く上げて跳躍すると、あっという間にその姿は遥かかなたに消えて見えなくなる。
「はやっ…。ユニコーンって、あんなに早いの?」
「そうだ。恐らく、この世で一番早い生き物だ。だから、専門の猟師がいて罠をしかけて捕まえるらしい。まともに追いかけても捕まえられないから。」
「そうなの。…フィロス、ありがとう。本当に。でも、100万フォルもかかっちゃったの?ごめんなさい。わたくしが出したいけど、今、そんなに持ってない…。」
「ソフィア。お金の心配は要らない。君の望みは何でも叶えると言った。その約束を守るのは当然だ。それに、君からは1ドールさえ、受け取るつもりはない。前にも言ったはずだ。スナイドレー公爵家の財をあなどるな。と。」
「フィロス…。あなた、わたくしに、甘すぎるわ?」
「いくらでも、甘やかそう。君が幸せになるためには、なんでもしよう。」
「もう…。…夜中の、こんなところで話すことじゃなかったわね。ごめんなさい。ホテルに連れ帰ってくださる?」
私はそっとフィロスの耳にささやく。二人きりになりたい、と。
彼が一番幸せそうな顔をするのは、二人きりの時だけ、だから。




